第4話 憎まれ口と
時は過ぎ、夕暮れの時間。
「それにしてももったいないことするなあ。こんなに美味い飯が出るのに、一食しか食べないなんて」
「……」
「それにしても本当美味いな」
二人で読書をしていたこの部屋は、食欲をそそる匂いに包まれていた。
「お食事中ですよ。はしたないです」
「まーたそうやってチクチクチクチク」
「当たり前のことを言っているだけです。言われて当然ですよ」
口の中にあるものを食べ終えたクレアローナは、責める目を向けてくる。
白銀色の髪に、切れ長の大きな赤の瞳。そして、整った顔のパーツ。
本当に綺麗な容姿を持つ彼女に対し、なんの遠慮をすることもなく言い返す男である。
「そんなお堅い考えだから、食欲が出なくて細っそい体になるんだよ」
「関係ありません」
「ははっ、確かにそれはそうか」
「……今まで気のせいだと思っていましたが、確信しました。あなたわざとわたしから言葉を引き出そうとしていますよね」
「ん?」
「ですから、わたしからわざと言葉を引き出そうとしていますよね。このように会話をするために」
「別にそんなつもりはなかったけどな」
『確かにそれはそうか』と簡単に譲ったことから、なかなかに信じられないクレアローナ。
次の言葉を聞いて、もっと信じられなくなる。
「ただ、人間ってのは会話をしないとストレスが溜まる生き物なんだよな。その他にも孤独を感じたり、気分が重くなったり。黙っていてプラスになることの方が少ないもんさ」
「……随分とわかったような口を効きますね」
「そりゃそうさ。俺は子どもの頃に親から捨てられた人間だからな」
「っ!」
想像すらしていなかった内容で、衝撃的な言葉。
思わずフォークを離して目を丸くしてしまう。
「お、そんなに意外だったか?」
「は、はい。気持ちが悪いほどに明るい方ですから」
「あはは、そりゃどうも」
ご機嫌のままにパクリと魚料理を口に入れる男は、すぐに飲み込んでふっと苦笑いを浮かべる。
「そう思ってるなら想像はできないだろうが、当時はあんたよりも塞ぎ込んでた自信があるな、正直。本当に酷い日々だった」
「……」
「飯は毎日ありつけるもんじゃないし、喋る相手もいなければ、誰も信用できるような環境でもなかった。だからさっきの言葉は実体験のようなもんだな」
「……」
心なしか、声が沈んでいる男にかける言葉が見つからないクレアローナ。
しかし、同情をされるのが嫌なのは自分自身が一番知っていること。
「まあ、親切なご貴族様に拾われて今があるわけだがな」
「——道理でだらしないところはだらしないのですね」
過去を知った今でも、態度を言葉を変えることなく接するのだ。
「はは! あんたから見れば、下品に見えないわけがないわな」
「……どのような言葉に対しても笑っていられるのは、当時はそれ以上の酷い言葉を浴びせられていたというわけですか」
「それは俺の心が広いからに決まってるだろ? こんなことに慣れちゃいけない」
「……」
そう言われ、思わず口を閉ざすクレアローナである。
まるで、自分に言い聞かせるためのような言葉だったことで。
『今の環境に慣れちゃいけない』と。
「って、おいおい。まだほんの少ししか食ってないじゃないか。俺がせっかく運んできたんだから、全部食べてくれよ」
「そればかりは呑めません。いつも半分ほどしか食べられませんから」
「……じゃあ、いつもより3口多く食べてくれ。そのくらいはできるだろ?」
「嫌です」
「なら、俺と初めて会った記念日ってことで」
「もっと嫌です」
「ならもう、俺が『あーん』して無理やり食べさせてやるだけだな」
「はあ……。もうわかりましたよ」
「ん」
たったの一言だが、嬉しそうな声色だった。
今日が初対面の男だが、もう何時間も一緒の空間にいればわかってくることもある。
「失敗です」
「失敗?」
「『食べさせて』と言った方が、あなたを困らせることができたと思いまして」
「いつになったらクレアローナお嬢様から認められるようになるんだか」
「不可能でしょうね。私のここを見て『ぺちゃぺちゃ』なんて言う人ですから」
「ははっ、あんまり自虐を言うもんじゃないぞ」
「キッカケを作ったあなたがよくそれを言いますね」
今まで気にしていなかったことだが、異性から初めて指摘されたことで気にしてしまう。
睨むクレアローナに、あからさまに視線を逸らす男がいる。
「ほ、ほら。早く食え」
「都合が悪くなった途端にそんなことを言うのですから」
「いいから食え」
「言われなくてもそうします」
「はいはい」
誰かと一緒に食事をするのは、さらには食事をしながら会話をするのはいつぶりのことだろか。
普段は少ししか夕食を食べられないクレアローナだが、満足感からか……今日はいつもよりも5口多めに食べられていた。
このことはもちろん心に留める彼女でもある。
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