第3話 デリカシーのない男

「で、いつまでこのお部屋にいるつもりですか」

「まあまあそんなけむたがらずに。あんたの生活サイクルを知っておく必要があるわけで」

「……もっともらしいことを言って、サボりたいだけではないですか。今こうして会話している中も、ずっと書物に目を向けているほどですし」

「ははっ、バレたか」

 椅子に座り、足を組み。

 本棚にあった書物を拝借してのんびりと読書をしていた世話役の男は、同じく読書をするクレアローナから当然のツッコミを入れられていた。


「この部屋から出たら、家のこと手伝わないといけなくてなぁ……」

「楽な商売をしていますね。早く出ていってください」

「あんたの生活サイクルを知る必要があるのは事実だ」

「……はあ」

 ものは言いようである。

『家族から距離を置かれている』ばかりに、報告という手段が取れないのはなんとも残念なことだろう。


「ああそうだ。一応メモは取ってるぞ? どこかの誰かさんが引きこもってるから、全然変わり映えしない内容になってるけど。ほら」

 片手に本を持ちながら、紙を見せてくる。

 紅茶の好みと、紅茶を出した時間を。

 冗談や軽口を言っているわけではく、本当に記していた。

 当たり前のことをしていると言われたらその通りだが、だらしない姿を見続けているせいで、偉いと思えてしまう。


「……変なところは真面目ですよね、あなたは」

「効率よく働くのは大事だからなぁ」

「空き時間を作って楽をするためですか」

「あとは手っ取り早く評価も稼げるってのもある」

ずる賢い方は嫌いです」

「それわかる。俺も嫌いだ」

 読書に気を取られているからか、適当に返される。

 いや、この男の場合は素でそう言っている可能性もある。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

 会話が止まれば、ページを捲る音だけが室内に響く。

 この時、クレアローナは一つ学んだ。

 読書をしている時だけは、この騒がしい男が静かになってくれるということを。

 そして、吸血鬼だと信じきられていた事実があるのに、無防備な背中を見せている。

 こんな光景を見たのはいつぶりだろうか。


「……あなたは本当に恐ろしくないのですね。わたしが」

「ははっ、そりゃそうだろ。仮に襲われたとしても、俺には負ける要素がない」

「そうですか」

 化 物ヴァンパイアではなく、人間として見ているからこその発言だろう。

 ほんの少しだけ嬉しくなってしまう。


「あ、それはそうと、あんたはちゃんと飯食ってるのか? 見るからに体が細いが」

「食欲はありません」

「いつも一日何食食べてるんだ?」

「一食ですが」

「はー。んなことだろうと思った。じゃあ明日は一日二食にするか」

「先ほどのお話を聞いていましたか? 食欲がないと言っているではないですか」

「じゃあちょっとくらい頑張れ。食えば元気が出るから」

「無理して食べたくありません」

「じゃあ胸大きくするために食え。大人になってもぺちゃぺちゃは嫌だろ?」

「っ!」

 瞬間、主張の小さい胸部を細い腕で隠すクレアローナ。

 雪のように白い顔が朱色に色づく。


「本当に、本当にあなたはデリカシーがありませんよね。不快です」

「あんたが吸血鬼だったら、こんなことは言われてなかっただろうな」

「……」

「久しぶりに人間扱いされた気分は?」

「聞いていましたか。不快です。最悪ですよ」

「……あら、それはなんかすまん」

 謝罪の気持ちすら感じない男だが、考えすぎかもしれないが、意図があったようにも感じる。


「癪ですが、少し気持ちが楽になりましたよ」

 ——人間扱いされたことは。


「ん、そうか」

「言っておきますが、あなたのことは嫌いではなく、大嫌いになりましたから」

「あははっ、それは手厳しいねえ」

 読書をしながら笑い声を上げる男。

 この時ばかりは読書をしている時よりも楽しそうである。


「ちなみに、あんたは今日どこで飯を食うんだ?」

「このお部屋ですが」

「そうか。じゃあ俺も一緒にここでお」

「ちゃんとした場所で食べてくださいよ。あなたにはその場所があるでしょう」

 雇われている者同士、交流ができる食事場に参加しないというのは、輪に入るキッカケを自ら蹴るようなもの。


「いや、そんな場所はない」

「わたしのことは気にしないでください。もう慣れてますので、寂しいというような感情はありませんので」

「誰かと食うと飯は美味いぞ?」

「その言葉は当てはまりませんよ。大嫌いな相手とお食事することになるので」

「はは、そこまで言われたら不味くさせてやるしかないな」

「はあ……。もう勝手にしてください」

「はいはい」

 そして、再び会話が途切れる。

 この室内に響くのは、ページを捲る音だけ。


 少し時間が経ち、クレアローナがチラッと赤の瞳を動かせば……どこか優しく目を細めている男がいた。


 微笑ましい描写があったのか、それともまた別のものか、それは判断のつかないことだった。



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