第2話 やればできる男
「あははっ。『噛みちぎる』ってそれは殺意が高いなあ」
「……」
白銀色の髪を揺らし、ルビー色の目で睨むクレアローナは、怒り半分、戸惑い半分の気持ちを抱いていた。
一言で表すならば、『一体なんなの……』である。
「そもそも一体誰なのですか、あなたは。勝手にドアを開けるような真似までして。礼儀がなっていませんよ」
「え? サプライズ的な感じだったんだけど、世話役をどうのこうのって話……聞いてない?」
「この容姿のわたしがお聞きしていると思いますか」
「ぷっ、ああーそれは可哀想に。そんなに煙たがらなくてもいいのにな、本当」
「……」
今の返事で悟ったのか、噴き出すように笑い、デリカシーの
この人からは『怯え』の感情が全く伝わってこない。皆と違って。
またしても思う。『本当になんなの』と。
「まあ、俺はそこら辺のこと気にしないから安心してくれ」
「……あの、失礼を承知で言いますが、本当にわたしの御付きを任されているのですか? あなたからはなにも品性を感じませんので」
「ああ、それは————もちろんでございます。クレアローナお嬢様」
「っ!」
途端だった。
彼の声色と表情、さらには姿勢が変わる。……が、一瞬でヘラッと変わる。
「とまあ、こんな感じに取り繕うことはできるけど、あんたの前では楽にしていいってさ。旦那様
洗練されたような切り替えようを見せられ、呆気に取られるクレアローナだが、すぐに頭が働く。
「……そうですか。その代わり、他貴族がお見えになった場合には取り繕うように、と」
「まあそんな感じだったな。無礼にならないようにって」
「理解しました」
この内容でわかる。家族からは“他貴族よりも”優先順位が低く、大事にされていない自分であることを。
現実を突きつけられるが、『悔しい』や『悲しい』なんて感情はない。
これはもう悟っていることなのだから。
「まあこっちの方があんたも楽なんじゃないか? 取り繕ってると接しづらいだろうし」
「いえ、勝手が悪いですよ。一応は丁寧に扱われていましたので」
「ははっ、じゃあ慣れてくれ。俺はこっちの方が楽なんだ」
「……」
言いたいこと反論したいことはあるが、両親の方針ならば従う以外にない。
『この場に及んでなぜ御付きを?』とも思うが、『血を吸われるかどうか』なんて検証したいのだろうとクレアローナは結論づける。
「それにしても、あんたは大変だなあ。俺みたいな適当な人間に世話役を充てられて。あ、椅子座っていい?」
「勝手にしてください」
「どうも」
初対面とは思えないほどにガツガツと踏み込んでくる。
今まで避けられていただけに新鮮と言えば新鮮なことだが、疲れてくる。
「今すぐにチェンジをしたい気持ちです。本当に適当な方だとお見受けするので」
「お、結構言うねえ」
「はあ……」
皮肉が簡単に流される。むしろ楽しそうな顔を浮かべている。
今回の件は、今までにないほどに憂鬱な気持ちだった。一人で過ごす方が楽なのだから。
「それで、あなたはいつまでこのお部屋にいるのですか。ご挨拶が済んだのなら、もういいでしょう。加えてわたしは外出することもしませんから」
「え、そうなの?」
「少しは考えてください……。この容姿ですよ。周りからどう見られるのかは予想するまでもありません」
こんな容姿じゃなければ、今頃は部屋に引きこもっていない。毎日楽しい日々を過ごせていたはずだ。
「馬鹿だよなぁ、みんな。空想上の怪物よりも人間の方が怖いに決まってる」
「その言い分で言えば、わたしはどの道『怖い』ということになりますね」
「あんたが気にしてるヤツよりは怖くないぞ? てか、そんな鉄仮面貫いてないで少しくらい笑ったらどうだ? 明るくなれるから」
「……もういいです」
気遣ってくれることは嬉しいが、笑うわけにはいかないのだ。
口角を上げれば、尖った歯が見えてしまうのだから。
「久しぶりにお話したので疲れました」
「あらら」
「すみません。紅茶を淹れてきてください」
「種類は?」
「ほどよい渋みがあると好ましいです。お砂糖はいりません」
「はーい」
特に文句を言うこともなく、嫌な顔もせずに椅子から立ち上がる男。
「……適当な割には素直に言うことを聞いてくれるのですね」
「いやいや、立場上やらないといけないことはやるぞ? お金もらってるんだから」
「飲めるような紅茶を期待していますよ」
紅茶はとても繊細なもの。淹れ方一つで味が変わる。
適当な人間が淹れたのなら、それはもう当然のものができてしまう。
「さっきからチクチクしてくるけど、俺のことそんなに嫌いなの?」
「嫌いですよ。デリカシーがないですから」
「ははっ、仲良くなりたくて」
「……」
悪口を言われているのに、また楽しそうに笑う彼はこの部屋から出ていった。
その後ろ姿を最後まで眺めるクレアローナは、積読していた書物を手に取った。
「わたしのような人間と仲良くなっても無意味なことですよ」
ボソリと呟きながら。
そうして、一人で過ごすこと10分。
コンコンと部屋をノックして、ティーポットにティーカップが乗った台車を押しながら彼が中に入ってくる。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます。……思ったより形にはなっていますね。色も匂いも」
「一応多めに作ってるから、おかわりする時はまた注ぐよ」
「随分自信があるようですね」
そのような人に限って、あまり美味しくないというのは定石。
紅茶は飲み慣れているクレアローナは、特に期待もせずにティーカップに口をつける。
「……っ」
一口。味わって、二口目。そして、三口目。
「どう? 案外
「……美味しいと言いたくありません。そんな表情を浮かべているので」
「はははっ。それは残念。おかわりは用意しとくよ?」
「いただきます……」
まだ彼と出会って少ししか経っていない。
心地よいと感じたのは気のせいだろう。
疲れのせいで錯覚している。そう思うクレアローナだった。
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