刻音と美暮
僕と、刻音は幼馴染だった。小中高、一緒だった。腐れ縁ってやつ。親同士が高校の同級生だったのもある。でも、僕らのタイプは全然違っていて。クラスの中心にいる刻音と、自分を守るために笑い続ける僕。学年が上がるにつれて僕らは話さなくなった。隣のクラスの刻音が、教科書を忘れたとき僕に借りてくれなくなった。廊下ですれ違うとき目を合わせてくれなくなった。刻音は無意識だったのかもしれないけど、僕にはそれが寂しかった。刻音は僕のことを忘れてしまったと思っていた。だから、昨日も見なかったことにしようかなんて思った訳で。でも、刻音のことは嫌いじゃないし、逆に、見なかったことにしたら、僕と刻音はただの幼馴染で終わってしまう気がして。昨日は久しぶりに話しかけたのだ。
「ねえ、美暮。最期は海に行こうぜ。いつまでも変わらない海を見て、腹ペコになった俺らは暖かい砂の上で永遠に眠る。どう完璧じゃない?」
「あぁ、そうしよう」
自然とはかけ離れた瓦礫の山の上で二匹の猫が夢を歌っている。きっとこの星も生まれたときの姿には戻れない。
まるで僕らのようだった。
僕らは持ち物の確認をした。僕のカバンには、500mlの水が二つと個包装の飴玉が二粒。刻音のカバンには、1Lのスポーツ飲料が入っていた。人は水を飲まないと一週間も持たないうちに死んでしまうらしいが、水さえあれば長くて一か月は生きられるらしい。ただ、それは一日に必要な水分を十分に摂取したときの話で、実際これだけの量でどこまで生きられるのかは分からない。だから、僕らは二週間を目標にした。金曜日が後二回来たら、本当に人類は終わる。
約束の金曜日まで僕らはいろいろな話をした。離れていた時間を取り戻すように。
「美暮。本当に終わっちゃったんだよな」
「うん。信じられないよな……。あ! 待って! 思い出した!」
「ん? 急にどうした?」
「来月推しのライブに行く予定だったんだ! チケットやっと当たったのに……」
「あぁ、そうなのか。それはどうしようもないな……。あ! でも推しにももうすぐ会えるじゃん。あの世ってやつで」
「いや笑えないフォロー辞めて。不謹慎だわ。リアコだったのよ。隕石くんタイミング悪いよ……」
刻音はくすくす笑っている。ライブに行けなくなったことは悲しかったけれど、彼の笑顔を見ると、ここで彼が笑ってくれるならもういいと思った。
「刻音はやり残したことある?」
「あ! 駅前のパン屋さんのカヌレ、一回食べたかったな。」
「あぁ! あれ僕食べたよ。開店前から並ばないと買えないんでしょ。親戚に貰ったんだよね」
「はあ? 俺、あのカヌレすごく食べたかったのに! いや、一回うちにも買ってきてあったんだけど食べ損なってさ」
「それは残念だったね、めちゃめちゃ美味しかったよ」
「だよなあ、みんなそう言うんだよ」
「他にはないの? やり残したこと」
「海外に行ってみたかった」
「どこの国?」
「韓国」
「今から泳いでいけば? もうパスポートもいらないよ」
「いや、死ぬわ。まあいずれ死ぬんだけど」
そう語る彼はなんだか寂しそうだった。死を望んでいた彼が、初めて死に対して悲しみを見せた。何か言うべきか考えたけど、考えている間にも時間は過ぎていて、今更、何かを言うのは、気を使っていると思わせるような気がして、僕らはそのまま街を眺めた。
アスファルトに押さえつけられた雑草。土に帰ることはない人工物。死を待つ僕ら。人間は後片付けもせずに、この星を去ってしまった。
「美暮。俺もうひとつやり残したことがあるよ」
「なに?」
明らかにトーンの違う、寂しさを隠せない彼の声。
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