第18話 人間は道具

今話含め、以降定期的に残酷・グロ・胸糞表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。


◇◇◇◇◇


 仰向けになって倒れた女の死体、その両目には細長い肉の棒が突き立てられている。

 その近くの地面に座り込んで、メニューの画面を黙々と見ていた。


「減ってる……。減少値が2から5になったってことは、3回分何かをしたってこと……」


 【禁忌】にある数字のうち、1番上の項目が残り5まで減っていた。

 この数字の意味としてまず考えられたのは、たった今3減ったことからして「人を殺した数」。だが今まで殺したのは4人、つまり1足りないことになる。


「知らぬ間に1人殺してたのか、そもそも殺した数では無いのか……」


 もし人を殺すときにはその都度確認しておこうと思いながら、東京タワーを目指して歩いた。

 途中で下道に戻るための階段とそれに繋がる扉を見つけ、遠回りにならないうちに降りておく。


「人もエンティティも……いないかな」


 周りを確認しながら雑居ビルの並ぶ路地を進む。

 渋谷の時より高層ビルの数が少なく、看板やビルのなどの名前を見る限りこの辺りは六本木らしい。


 渋谷はよく見聞きするけど六本木はあんまりイメージ無いなぁ。強いて言えば六本木ヒルズなら聞いたことあるけど……どこにあるかは暗くてよく分かんないな。

 昼なら見えるんだろうけど、どのビルも照明ついてないし。


 ライトアップされてよく見える東京タワーといえども遮られれば見えないので、大通りを目指してしばらく歩いていると開けた場所に出た。


「さて、東京タワーはどっち……に…………」


 片側二車線の広い道路に出たことで、左側の道の先に東京タワーが見えた。

 だが、その目線を遮るように道路の真ん中で大きな何かが跳ねている。


「あれって、木? いや、というよりは……」


 1つの幹のようなものの上には、車道の端から端まで葉のような何かが広がっており、そこには蓑虫のようなものがいくつもぶら下がっているように見えた。

 しかし目を凝らすと、木というよりはあるというのが正しかった。


「……クラゲだ。それもあのカタツムリと同じ肉製の」


 葉のように見えるのは肉か血でできた薄い傘と、そこから垂れる人の腸を伸ばしたような触手だった。中央の幹に関してはよく分からないが、その先端にある巨大な眼球を使ってバウンドしているということは見て取れた。


 カタツムリのときも思ったけど、何でどれもこれも肉とか血とかで出来てるのやら。

 カタツムリと同化して操れるようになったところからして、あの肉って人肉だったり……するかも。あのカミサマも1枚噛んでたりしそうだし。


「触らぬ神に祟りなしとも言うし、ここは離れて……いや」


 肉クラゲはその場で跳んでいるだけで、気付かれてはいないようだった。

 だが、腸のような触手にぶら下がる蓑虫……それが触手で首を絞められて吊るされた人間だというなら話は別だ。


 少なくとも50mメートル以上離れている現状はスキルの範囲外らしく、路地に入って回り込んで近付く。

 物陰に隠れながら傘の下の死体に意識を向けると、感覚を掴んだのか直接見ずとも数くらいは分かるようになっていた。


「3つ……見た目では4つだったけど、気のせいだったかな。まぁ、いいか」


 肉クラゲが跳ぶと、吊られている死体は物理法則に従ってふわりと浮くせいで地味に操りにくい。

 それでも、飛ぶ高さが2階の高さくらいなこと、間隔がほぼ1秒おきなこと。この2つが分かればタイミングは計れる。


「まずは3つの首を……ねじ切る」


 上に跳んで浮いた時――肉クラゲが死体に力を加えていないタイミングに合わせて、ネジのように死体の首を回す。

 すると、拘束された頭はそのままに胴体が地面へと落ちていく。


「っと、この2つで……」


 3つのうちの適当な2つに意識を向けて浮遊させる。

 肉をこねるように1つの大きな塊にして、後は段々と縦に細長くしていく。


「ふぅ……ひとまず良し」


 浮遊する赤黒い肉の棒は、地面にポロポロと骨を落としながら、中に服を巻き込ませた状態で肉クラゲを宙に引っ掛けていた。

 ゆっくりと近付いていくと、幹の一番下にある眼球と目が合う。だが宙ぶらりんのままで動く気配は見られなかった。


「跳ねてるだけだからまさかと思ったけど、空中で何かに引っ掛けさせれば何も出来ない……? とはいえどうするかだけど……」


 考えた結果、ナイフでひたすら切り裂き、そこからカタツムリ同様、取り込もうとした所で操肉を使うという策に出た。

 その後の十数分、触手に巻き込まれないように屈みながら幹と眼球を切ってそこから手を突っ込むという奇行……作業に臨んだ。

 その途中、意識の一部を肉の棒を浮かせることに回すのはコスパが悪いことに気付き、四角錐型の塔――東京タワーのように自立する形で接地させた。スキルを解除しても肉はそのままの形を保たれる仕様が存分に生かされた。


「お、動いた……?」


 ズブズブと奥に突っ込んだ左手が溶けるような感覚に襲われる。

 ほぼ同時に操肉を使うと、何かが感覚が来た。


「左手は完全に埋もれてるけど……上手くはいったかな?」


 奥に突っ込む都合上四肢のどれかは必要であり、右手は利き手で両足は移動に必要なので、消去法的に左手が選ばれた。

 おかげで現在、左腕の先から肉クラゲが生えているような状態だ。正確に言えば幹の根元から伸びた触手と腕がくっついている。


「白目剥いてるし、もう大丈夫か。それに、このタイプのエンティティは他のも同じ感じでどうにでも出来るのかもね」


 そんなことを呟きながら試しに触手を動かしてみる。

 クラゲ自体は意識せずとも風船のように浮いているが、触手は操肉が必要なので少しずつしか動かせなかった。

 すると、先程ねじ切った死体の頭側がボトボトと落ちてくる。一部はうっ血して紫色になっているが、概ね何か言うところも無い死人の頭だった。


「うぉぁあああっ!?」


 気にするようなものは無いと思ったその時、叫び声と共に私と同年齢くらいの見知らぬ青年が降ってきた。

 どこから出てきたのか分からなかったが、傘の上の方にいた上で脚を折り畳んででもいたのかもしれない、と勝手に理解しておいた。


「えっ……ちょっ、と、えぇ?」


 1人困惑していると、青年は周りに転がっていた頭に駆け寄る。


「アズハっ……! それに、サンに、シルフィも……!」


 どうやら彼らは知り合い同士だったらしい。生気のない、うち2人は胴体すらない仲間の死を悔やんでいるのか、片膝をついてしばらく黙っていた。

 すると、いきなりスっと立ちあがりこちらに向き直る。


「アンタは…………何だ、なんなんだ?」


 自分の仲間の仇である異形を腕と融合させている私が何をしたいのか理解できないような様子だった。


「まず、私は彼らを殺しても、をけしかけた訳でもありません。ここまではお分かりですね?」


「あ、あぁ。こんな生き物を操れる人がいるとも思ってないし、3人が死んだのは……俺が目の前で見てるからな」


「たまたま通りかかった私はとかが欲しかったので、手を出しただけです。ご理解頂けましたか?」


 そう言うと、青年は苦虫を噛み潰したような顔をしながら死体に目をやる。それから少しの沈黙の後、口を開いた。


「その欲求のために、をこんな冒涜的な扱い方をしても何も気にしていないと?」


「……? 冒涜的って、何がですか?」


「は……?」


 首を傾げながら、誤解をしているのであろう点について素直に話す。


「私からすれば、その3つは全部同じなんですよ。ですので、そもそも冒涜的なんて形容するのは前提から間違ってるんですよ」


「同じ人間なんだぞ……? ほ、ほら……このシルフィを見て何も思わないのか?」


 青年はシルフィという少女の頭を、首の無い胴体の本来あるべき場所に沿えて話す。


「……そういえば既視感があるかと思えば、一度見たことのある顔ですね」


 『告知』のある少し前、執拗に追いかけてきたのでエリアに入って撒いたときの明るい声の少女だ。


「確かエリアに入ろうとした時に呼び止めようとした……」


「……! あぁ、その時もアンタのことを考えて優しさから声をかけたんだろう。誰にだって優しかったんだからな……。それで、そんな彼女が今こんなになってしまってるんだ。彼女の身体を見て何か思うことは、本当に無いのか?!」


「んん……。えっと……服のサイズが同じくらいみたいなので、頂きたいくらいですかね。もう必要無いでしょうし」


 その言葉を聞いた青年は、何も言わず一歩後ずさる。

 胸元に抱えていたシルフィの死体を抱き上げてあたまが落ちないように押さえると、こちらを一瞥した後足早に立ち去っていった。


「もうすぐ消えるものを持ってった所で何するんだろう……。分かんないものはいくら考えても分かんないか」


 結局何を言いたかったのか、真意はよく分からなかった。


 一方、立ち去った青年は、心の中で1つのことを思っていた。


 ――これ以上シルフィを穢さないでくれ。


 そう思いながら、理解し難い存在から出来るだけ離れようと、無心で歩き続けた。


◇◇◇◇◇


メリアの死生観はこんな感じの思想から来るものです。同意や共感はせずとも理解は出来ますと幸いです。

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