第2章 集う害悪、募る焦燥

第17話 行動原理

中度のグロ描写が含まれます。ご注意ください。

◇◇◇◇◇

 東京タワーを目指すことを決めた私は、夜も深まっている渋谷のとある道を歩いていた。


「首都高速3号渋谷線ってあったけど、首都高って意外と狭いんだなぁ……」


 上方に高速道路が通っていることに気付いた私は、インターチェンジから入って片側二車線の道路を歩いていた。下道よりは照明が多いものの、薄暗いことに変わりは無い。


「それにしても、何で貧血治ったんだろう」


 歩きながら頬をさすって考える。

 まとまった量の血液を出していたし、先程のカタツムリにも出血させられた。それなのに、カタツムリを倒す前は青白くなっていた顔色が今はすっかり回復している。

 考えられる理由は1つだ。


「中に入ってるのせいだろうけど……」


 今度はキャミソールに空いた穴を見ながら下腹部をさする。

 貫通した物体を両側から切り落とせば、当然中にはその物体が残る。だが、人間の構造上そうなって生きてるのはどう考えてもおかしい。

 骨があれば器官もある。特に、貫かれた場所からして脊椎も通っているはずだ。


「どうにも解せないけど、切り開いたら中身見れるもんかなぁ……?」


 加減を間違えて死ぬことは避けたいので、生きているならそれで良いということで保留しておく。

 次に、メニューからスキル一覧を開く。先程レベルが上がったことで、SPが60増えた。


「次はどこ解放すべきか……」


 リストを見ながら考える。解放できるのは1つか2つ、その中で今どれを選ぶべきか考えた結果――


「【血肉操作】の骸干渉を解放しました」


 選んだのは骸干渉――死体を操れるようにするものだった。

 他のものは実用性が思いつかないからリスクが大きいから、といった理由からの消去法だったが。


「残りSPは20か……って、これは……?」


 メニューのスキル一覧の下、【禁忌】の表示に変化があった。

 それは、解放に必要とされるのであろう何かの数字。それが全て2ずつ減っていたのである。


「残り8と198と3998……。2って何なんだろう、そんな急に言われても心当たりなんて……」


 考えながら歩みを進めていると、前方から女の人の叫び声らしきものが聞こえた。

 それに続いて3つの人の姿が見える。何やら1人が2人を追いかけているようだった。


「いやぁあっ! やっ……やだっ、お、お願いしますっ! 助けてぇっ!」


 追いかけられている方――大学生くらいの女性に震える声で助けを求められる。切羽詰まった様子で、服のあちこちに小さな穴が空いておりそこから血が滲んでいる。


「えっ、ちょっ……何?」


 女性はおぼつかない足取りで私の後ろに周り、うずくまって身を隠す。

 いまいち状況が掴めないでいると、いかにもガラの悪い男2人が詰め寄ってくる。


「なぁ、今、俺ら後ろにいるやつに用があるからさ。死にたくなけりゃちょっとどいてくんね?」


「ってか何その格好、痴女? んなら、ちょい付き合え」


 パーカーの男はズボンのポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。何をするのかと思えば、右手でコイントスをするように親指を弾く。それとほぼ同時に太ももあたりに何かが貫通したような痛みが襲う。


「いっ……」


 痛みが増幅されていることもあり、その場で傷口を押さえながら座り込む。


「んだよ、逃げようともしねぇとかつまんねぇな……」


 そう言って距離を詰めてくるが、別に諦めた訳でも何でもない。

 脚の裏から垂れてくる血液を、操血で集めた上で野球ボールくらいの球状に固形化する。


「んじゃ、とりあえず――」


 そう言って手を伸ばしてくる男の足の間にスっと球を入れて真上に射出する。


「おお゙ぁぁっ――!?」


 狙い通りに直撃し、男はうめき声を上げながらその場に倒れる。

 股間を抑えながらうずくまっているのを傍目に立ち上がり、もう1人のポロシャツの男に目をやる。


「ちっ……素人じゃねぇのかよ」


 めんどくさそうに舌打ちをすると、収納していたのであろう金属バットを取り出す。

 それと同時に、今度は顔に向かって血液を円錐形に射出する。


「らぁっ! あめぇんだよ」


 だが金属バットを振り上げて防がれ、円錐が割れて落ちる。

 とはいえ元は液体であるので、即座に1つに戻すことは出来る。今度は液体にして、顔に被さるように動かす。


「ちっ、めんどくせぇっ」


 液体だとバットでも弾けなかったようで、顔に血液を付着させる。


 ……このままじゃ窒息させるにも目眩しするにも面倒か。それなら……操血解除すべきかな。


 解除すると、ふよふよと浮く血の塊が重力に従ってパシャリと落ちる。


「っ……! なんっだこれっ」


 普通の血液に戻った、ということは即ち目や鼻から中へと入っていくということになる。

 それによって怯んだのを見計らって――


「お、ごっ……」


 ナイフを刺した。目と鼻と耳から血液が入り込んだことで、五感や平衡感覚を鈍らせることには成功したらしい。


「ふぅ、よし。後は……」


 背中にねじ込んだナイフを捻り、中身を掻き回す。

 刺しただけではまだ動けるようだったが、そこまでされて立ってはいられないようだった。


「あ、あのっ、ありがとうございますっ……!」


 追いかけられて後ろに隠れた女が声をかけてくる。

 だがその姿を視界には入れつつも返事をせず、刺したポロシャツの方の男を見る。


「どれどれ……お、動かせる」


 試しに頭に意識を向けてねじ切るように動かす。すると、中で骨が砕けるような音がして頭がちぎれる。


「ひっ!? いやぁぁぁっ!」


「ちょっと黙ってもらえませんか? というか、私の視界から出ていってもらえますか?」


 そう声をかけたが、頭と胴体の両方から血が垂れているグロテスクな光景を見たからか耳に入っていないようだった。


 ……とりあえず、この人が男2人とグルってことでは無いか。3人で私を狙おうとしたけど、2人がやられたのを見て寝返った、って感じはしない。

 で、頭の方だけど、死体を動かす時だと私の身体を操るのとはちょっと違うな。


 まず皮が表面になるように補正がされない。こねると皮が内側に入り込む。

 次に髪の毛――及び体毛はその辺を動かそうとすると抜け落ちる。骨も同様で肉の中で力を加えられると折れるが、外側に出すとポロッと落ちる。


「脳……というか臓器と肉が対象って感じかな。骨は弄る度ポロポロ落ちてくるし……」


 仕様を理解した所で、脂汗をかいてうずくまっていたパーカーの男を見る。

 こちらの方を見ていなかったので、元々頭だった肉を動かして顔をペチペチと叩く。


「はぁっ……ふぅっ……。な、なん――んだこれっ!?」


 首から上の無い仲間の男、その近くに落ちた髪の毛の骨の破片、近くに浮いている骨の破片が混じった肉の塊。

 この3つで状況を察したのか、起き上がると顔を青くして、すぐさま逃げようとする。


「待った」


 肉を棒状にして、逃げる男の首元に回すとぐるりと一周させる。すると首に衝撃が加わったのか、嗚咽のような声を漏らして止まる。


「これで首締められるかだけ……」


 輪っかになった肉を段々と小さくして、首が締まるように圧力を加える。

 初めは焦っているだけだった男も、段々と顔色に苦痛が浮き出てくる。


「っと、よし」


 顔が真っ青になって腕が垂れたのを確認し、操肉を解除して地面に落とす。

 男も重力に従って膝が崩れ落ち、顔から地面に衝突する。


「……何でまだ居るんです?」


 恐ろしいものを見ているような顔で、さっきの女はこっちを見ていた。

 すると腰でも抜けているのか、膝を地面に擦らせてこちらに近付いてくる。


「お、お願いしますっ……私と――」


「お断りします。誰かと何かすること自体願い下げですので」


「で、でもっ! お願いです……私も一緒に行動させてください。死にたく……死にたくないんです……」


 頭を地面につけて震える声で懇願する。

 だけれど、そんなことするつもりは毛頭ない。


「嫌です。今すぐ私の周りから立ち去ってください」


「どうして……なんでですかぁっ……!」


 顔を上げると、涙声でそう言いながら脚に縋りついてくる。

 それで、私の我慢の糸が切れた。


 パーカーの男の死体に意識を向け、肉を圧縮させてレンガくらいの形と大きさにする。

 その肉レンガを近くに持ってくると、足元に擦り寄る女の頭に向けて射出した。


「ゔぁっ……、えっ…………なん……、え……?」


 うめき声を上げて吹き飛ばされた女は、突然のことで音にならない声を漏らす。


「なん……私っ、何も……」


「はぁ……。どうして自覚すら無いんですかね」


 愚痴を漏らすように呟き、女に睨むような目線を向ける。

 血が垂れるこめかみの辺りを押さえ、理解ができないという顔をしていた。


「私はですね、ひとりでいたいんです。なのに貴女はそれを妨げた。何をしたのか理解できます?」


 中に骨だけが残されたパーカーと、断面から流れる血が止まりかけているポロシャツの男を見る。


「だから、私はこの男たちが敵で貴女は味方……なんて見方はしてないんです。だって、両方とも私の邪魔をする敵じゃないですか」


 それでようやく理解したのか、ガクガクと震える足で逃げるように走り出す。

 だが逃げられる前に、もう一度肉レンガをぶつけるとまた倒れて動かなくなる。


「なん、で……。離れたのにっ……逃げてるのにいっ……」


「これは私の経験則なんですけどね、人間の行動原理っていうのはいつまでも変わらないものだと思うんです。だから3回も私の言うことを無視した貴女は、次も同じようにするでしょう。私としては次があって欲しくないので――」


 そう言いながら、肉レンガを細長い2本の棒に変形させる。今度は顔の正面、2つの眼球に狙いを定める。


「今ここで殺させて頂きますね」


 射出された棒は眼球を貫き、その奥の脳天まで貫いた。

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