第16話 夜に降る

軽度のグロ描写が含まれます。ご注意ください。

◇◇◇◇◇


 空の異変も気になってはいたが、ひとまず洗面所でうがいと洗顔を済ませて汚れを落とす。

 服に関しては、改めて見ると汚れと穴で着れたものでは無かったので床に放置する。

 替えの服なんてものは持っていなかったので、薄い白のキャミソールの上から置いてあったバスタオルを羽織っておいた。


「それにしても、本当に何なんだろうこれ……」


 今度は窓の外のバルコニーに出て、夜に染まっていく空を見る。

 雨のような、流星のような黒い点は段々と地面に近付く。そのうちの1つがホテル近くの道路に降り立ち、その大きさと正体が分かった。

 黒い点は直径が建物の2階に届きそうな大きさの球だった。


「っ……?! 何なの、あれ……」


 道路の真ん中に浮遊したまましばらく静止していた黒い球、それが突然霧散し、中身が電灯に照らされて中身が露わになる。

 そこに居たのは、軽トラックくらいの大きさをした実在の生き物を象っただった。


「カタ、ツムリ……?」


 は、カタツムリのような軟体、大きな殻、2本のツノを持っている。

 だが、体は肉のようにブヨブヨとしていて赤黒く、殻は黄色がかった白色で人の頭蓋骨のような形をしている。さらに、ツノの先の目玉は人間のそれを数倍大きくして中にいくつもの瞳を持っているものだった。

 その見た目の気持ち悪さと放つ気配の異様さがあまりに気味悪く、思わず数歩後ずさる。


「と、とりあえず引っ込んで隠れとこう……」


 室内に戻り、すぐに動けるようにこの部屋の扉を背にして座り込む。

 一息ついて落ち着いたところで、現状について考える。


 多分これは昼にカミサマが告知で言っていたやつだ。悪天候と夜はエンティティの数が増えて強さも増すっていう。

 あんなのが降ってきた点――球の数だけいると考えると、外に出ていた人は大変なことになりそうだ。


「あれと戦うとか……想像もしたくないな」


 全体に人間の要素が垣間見えるという不気味さを差し引いても、軽トラックサイズのカタツムリというだけで相見えることは避けたい。

 ともかく、夜の間に外に出るのはやめておいた方がいいだろう。そう結論づけた。


 あの見た目が何度もよぎる中、扉の前でひたすら時間が過ぎるのを待っている。ここなら何も起きない、そう考えて。


「……ん?」


 気が緩み、眠気が再びやってきていたその時、背後から何かの音がした。

 一瞬で眠気が吹き飛び、思わず立ち上がって扉の方を見る。


「こ、この音……」


 扉の奥から、ぬめぬめとした物体がうごめいているような音が聞こえる。

 奥にいるのが何か想像がついてしまったが、それが違うことを願って扉の覗き穴から向こう側を見る。


「ぁ……」


 声にならない音が口から漏れ出た。

 覗き穴の向こう側、明かりが照っている廊下には10を超える瞳を持つ眼球があった。その全ての瞳と目が合ってしまった。


「や……、ばっ…………」


 震える足で後ずさり、扉から離れる。

 その瞬間、金属製の扉の付け根が外れて手前に倒れる。ドゴンと重い音を立てて倒れた扉の向こう側には、あの肉製カタツムリがいた。

 ――反射的に後ろを向いて駆け出した。この部屋にあの扉以外出入口はない。それでも、目の前の存在から離れたいがために足を動かす。


「えっ…………ぁ?」


 だが、たった2歩進んだところで足が止まった。どうしてか足が動かなかったのだ。

 ゆっくりと首を下に向けた時、その理由が分かった。カタツムリから伸びる角材程の太さをした肉製の杭が、下腹部辺りから飛び出ていた。


「あ、っ…………」


 それを理解した瞬間、全身が激しい痛みに襲われ、声も出せずに倒れ込む。

 心臓が激しく脈打ち、浅い呼吸しか出来ない中、カタツムリは杭のようなものを引き始める。


 このまま引きずり込まれたらどうなるんだろう。食べられるように死ぬのか、あるいは同化して肉塊の一部になるのか……。


 引き摺られながら、薄れる意識でそんなことを考えていた。

 その時、カタツムリの肉の杭が段々と体内に侵食してくる感覚があった。それに対し、半ば無意識的にをした。


「とま……った?」


 倒された扉の上――カタツムリのすぐそばまで引っ張られたところで、動きが止まる。しかも、体全部を襲っていた痛みがすっと収まった。


 カタツムリの伸ばす杭は、先程までと同様に赤黒い肉のままだった。根元から目線を移して先へと辿っていくと、やはり下腹部に完全に刺さっている。

 よく見ると、カタツムリはピクリとも動かなくなり、目玉からは瞳が無くなって白目を剥いている。


「グロいからお腹は見ないようにするとして……こっちには触っても何ともないか……。はっ、もしかして――」


 この現状に1つの可能性を見出した。

 スキル【血肉操作】は自分の血と肉を自由に操れるものだ。そのスキルを肉塊と化したカタツムリに向けて使った。


「動かせる……嘘でしょ?」


 カタツムリの身体の表面がうねうねと波打ち、動かせるようになっていた。


「な、なら――!」


 腹に突き抜けている杭を切り落とすようにして分離させる。

 すると、痛みも感覚も無くスパッと切り落とすことが出来た。しかも、切り離した状態でも動かせる。

 断面も皮が補完されたことで、見た目は元に戻る。これに関しては前に操肉を使った時と同じ状態だった。


 どうやらカタツムリが私と同化しようとしたからか、操肉の対象として操れるようになってしまったらしい。


◆ ◆ ◆


 大量出血をしたからか、尋常ではない痛みを受けたからかで、興奮状態になっていたことを自覚した私は、時間をかけて冷静になるまで待つ。

 そうした後、1つの結論を導き出した。


「つまり、このカタツムリが私の一部って判定になってるってことだ」


 そうなった経緯は、あくまで推測だけれど向こうが同化しようとしたけどその途中で意識の主導権を奪ってしまったとか…………流石に暴論かな?

 まあいいか。ともかく操血の場合と同様、分離していてもこの肉は操れる。ただし浮遊はさせられるのは、大体人1.5人分位と。


「とはいえ、こんなサイズあっても持て余すし操りきれないか」


 頭のリソースが足りないのか、それとも許容量を超えたのか、このカタツムリを全て動かすことは出来なかった。その上、肉を操ろうとした際の気力の消費が血液の時とは比にならないほど大きい。


「じゃあ、倒す方にシフトした方がいいか」


 利用するにも出来ないと判断し、操肉をカタツムリに向かって使う。ただし、操るのではなく圧縮するために。


 圧縮は力が方向が一点に集中するからか、移動させるよりも幾分楽だった。

 どんどん収縮していくにつれ、殻の頭蓋骨と目玉にある眼球がポロリと落ちる。そして、軽トラックサイズの肉塊が腕で抱えられる程に小さくなったその時――


 肉塊がパァンと爆音を出して破裂した。

 あまりの音の大きさに、思わず耳を塞ぎ目を閉じる。辺りに肉片が飛び散ると、その後間も無く消失していき、その場には赤黒い液体が付着した跡だけが残っていた。


「今回の戦闘で、1750経験値を獲得、エンティティ『器官なき軟体』がデータベースに記録されました」


 花火のような轟音と、肉片が壁や床に付着したペチャリという音の後、訪れた静寂の中アナウンスが始まった。


「レベルが5に上がりました。HP上限が12%増加しました。エーテル上限が30増加しました。SPを60入手しました」


 非常に強力なエンティティだったのか、レベルが一気に2から5まで上がる。


「強くなるのはいいんだけど、その度こんなになるのは勘弁して欲しいかな……」


 部屋の中は、これまでに出た色々なによって見るに堪えない惨状になっていた。それによる異臭が充満した部屋を抜け、バルコニーの方へ歩きながら呟く。

 外に出ると、麻痺していた嗅覚が澄んだ空気によって浄化されたような気分になる。


「人もだけど、エンティティにも邪魔されないような場所があれば……」


 人のほとんどいない夜の渋谷は、高層ビルに一切照明がついておらず中々見通しが悪い。

 だが、そんな中でも存在感を放つ明るい建物があった。


「……東京タワーだ」


 赤く細長い三角形の塔は、周りの建物比べても一際明るい。それに、ここから歩いて行くことも難しくなさそうだった。


「とりあえず、あそこ行ってみよう」


 ただ街中にいても、人もいればエンティティもいる。それなら、ひとりで平穏にいられるような場所を探さなければ。と、静かにそう願っていた。


 ――既に記憶から存在が抜け落ちていた、吹き飛ばされた体のを背に。


◇◇◇◇◇


ここまでお読み頂きありがとうございます!

これにて第1章は完結、次話より第2章『集う害悪、募る焦燥』となります。

「この先の展開が楽しみ!」「主人公の殺戮を見たい!」という方、是非フォロー(ブックマーク)をして、次回以降の更新をお待ちください!

そして最新話の下、もしくは目次の隣より星を付けて頂けると嬉しいです。執筆モチベーションアップにも繋がりますので、よろしくお願い致します。

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