第13話 血の杭

「なるほどねぇ……そういうことか」


 路地裏にいたメリアは、モニターこそ無かったためカミサマの顔は見ていなかったが、告知自体は聞いていた。

 そして第3の条件の『禁断の果実』というのが、さっきかじった黒いリンゴであることはすぐに理解できた。


「色々思うところはあるけど……」


 このゲームが妙に性格が悪い理由は大体理解できた。

 あれカミサマのせいだ。あの人をおちょくるような話し方に、プレイヤーを惑わすような3つの条件。それだけで性格の悪さがありありと伝わってくる。


「ともかく、私が条件3の対象なのはほぼ間違いない」


 神話における禁断の果実といえばリンゴだ。しかもそれで手に入ったスキルの名前は『禁忌』。

 おまけに、カミサマは対象をことと断言しており、スキルを消去することは考慮していない。禁忌はスキルを消去できない仕様もあるので、この点でも確証づけられる。


「さぞかし全プレイヤーから命を狙われるのに値するスキルなんだろうね?」


 本題の【禁忌】について確認するためにメニューを開く。その内容を見て、思わず顔がひきつる。


▢▢▢

【禁忌】

・第壱門・??

条件を満たしていません(残り10/10)

・第弐門・??

条件を満たしていません(残り200/200)

・第参門・??

条件を満たしていません(残り4000/4000)

▢▢▢


「何も無しに殺されるリスクだけ背負ってるんだけど」


 【血肉操作】もそうだったけど、すぐ使えないのはちょっと困るよ? せめて残りの数字が何か単位くらいは教えて貰えないものかな?


「……ふぅ」


 一度深呼吸して頭を整理する。


 逆に考えよう。何一つ使えないのであれば私が【禁忌】を持っていることもバレないということ。別に焦ることもないか。


「とりあえず条件が何か分かるまで探してみるか……。後は、少し前に掲示板で見た【禁忌】を取ったらしいあの口の悪い人。その人についても分かれば直接聞く手もあるかな」


 手がかりを求め、渋谷の街を歩き回る。

 気が付くと、さっきまでいた場所から線路を挟んだ反対側にいた。


「ここは……ホテル?」


 周りの建物とは違い、モダンな外観であちこちに植物で緑があしらわれている、5階建ての現代風なホテルだった。

 足を踏み入れると、受付などが出来るロビーが見える。外と同じくお洒落な内装をしたロビーのカウンターには3つの人の姿がある。


「エンティティ……こんな所にもいるのね」


 前にショッピングモールのエリアで見た、唇が浮いた首無しの女性風エンティティだった。服装に関してはホテルのスタッフらしいフォーマルな格好になっている。

 3体のうち近くにいた1体はこちらに気付いた素振りを見せると、姿勢を保ったまま高く飛び上がりカウンターを乗り越える。


「新しく増えた硬質化、試してみるかな」


 ナイフを取り出して左腕の肘の内側に刃を水平に触れさせる。服の上から触れさせた刃によって、血がじんわりと滲みだす。


「いづっ!? ふぅっ……」


 痛みは増幅しているとはいえ、痛点が少ない場所を選んだからか思っていたよりは痛みを感じなかった。


「それじゃあ、これをこうして……」


 服に滲む血液を操血で手元に浮遊させ、槍のような用途をイメージして円錐型に整える。手で握りしめられそうな大きさの円錐は、表面が波打っており形も不安定だった。だが念じることで硬質化させると、見たところは滑らかになり形も整えられた。


「これを……撃つっ!」


 愛想笑いのような声をあげるエンティティの胸めがけて、操血で出せる最高速度で円錐を飛ばす。

 カタパルトで発射されたように飛んだ円錐は、メリメリと音を立てながら胸を貫き、エンティティの背後に抜ける。

 円錐は砕けるか溶けるかして消滅すると思っていたが、背後で浮遊したまま停止していた。


「そっか、まだ操れるのか。なら……」


 指をクイッと動かし、円錐の先端を怯んだエンティティの背中からもう一度貫通させる。

 円錐は一気に先程と同等の最高速度に達し、そのまま手元に戻ってくる。


「おぉう、加速度どうなってんの……これ」


 エンティティに開けられた2つの穴からは白いキラキラとした光が溢れ、足元がおぼつかないようにみえる。

 2発でこれほどとは、流石に予想外だった。


「痛みと血液で使えて遠隔操作出来る武器って感じか」


 なら刃みたいにも出来るかな……?

 薄く平たくして、イメージはギロチンのヤイバみたいに……


 血液の硬質化を一度解除し、長方形型に薄く広げて刃状にする。

 それをヨタヨタと歩いてくるエンティティの足の付け根を狙って飛ばす。


「ん、んん……?」


 速度自体は出たが、足の付け根に当たってからはビクともしなかった。動きは押さえられても刺さりはしないらしい。

 血を手元に戻して、エンティティをエーテルストライクで吹き飛ばしておく。実際に手で触れてみたところ何が問題かが分かる。


「あぁなるほど、鋭利さが全くない」


 例えるならば、プラスチック製の下敷きの端と同じような丸みがあった。これではいくら押し付けてもどうしようもない。

 円錐型の時に貫通できたのは圧力が一点に集中できていたおかげらしい。


「つまりはこれが最良ってことか」


 先程吹き飛ばしたことで床に倒れ伏しているエンティティの上に、円錐状にした血液を構える。

 今度は真下に向けて、つららが落ちるように叩きつける。勢いよく落ちた円錐はエンティティを貫き、床と衝突してカァンと大きな音を立てる。


「今回の戦闘で、48経験値、210ECを獲得しました」


「これでよし……っと、危ない忘れてた」


 最初に切った左腕の傷口から血が流れ続けていた。アドレナリンでも出ていたのか、戦闘の最中は痛みも感じなかった。

 少し前にやったように、操肉で切った部分の肉や皮膚を圧縮して傷口を塞ぐ。


「付いてる血液は操血で取れるけど……」


 今使った分と戦闘の間に出た血液、これらの処理を考える。建物の中なので捨てられるような場所も見当たらない。


「いや、捨てる必要なんて無いか。ログアウトする訳でも無いし……今はそもそも出来ないけど」


 操血を使うのに何か消費する訳でも無いし、周りに漂わせておけばいいんだ。

 本当になにも意識しないと重力に従って落ちるけど、多少意識しておけば自由に操れる。


 大きめのコップ1杯分の血液を球状にして、周りに漂わせる。

 そうして、カウンターの奥にいる2体のエンティティの方に歩き出した。

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