第14話 死の重み
2体のエンティティ――『愛疎笑』はこちらに気付き、カウンターを乗り越えて歩幅の小さい奇妙な歩き方で近付いてくる。
それに合わせ、血液の球体を2つに分けて両方を円錐型にする。
「多少小さくなってるけど……そのぶん細くすれば問題ないか」
2本の円錐を構え、それぞれのエンティティに向けて発射した。
力を込めずともすぐに最高速度に達した円錐は、1つは胸のあたり、もうひとつは左の下腹部にそれぞれ貫通する。
大きさはこの程度でも大丈夫ってことね、操作の方は……2つ同時でもいけるかな?
左手と右手でそれぞれ1つずつ、円錐に意識を向けて引っ張るように指を引く。
先程と同じように、円錐はエンティティを貫通して手元に帰ってくる。
「動きが単純なら問題は無いと……ちょっと試すか」
今度は2本の円錐をエンティティたちの外側の位置――それぞれ別の方向に動かす。
両手を軽く広げ、指先に意識を集中させる。右の円錐は左に、左の円錐は右に飛ぶように、両手を対応する向きに振る。
エンティティの肩から腕を狙った円錐は、ゴリゴリと内部を抉るような音を立てて反対側から飛び出した。
「へぇ、これでも大丈夫なんだ」
手1つに物体1つを対応させれば、それぞれ自在に動かせることが新たに分かる。
ならば早速ということで、2つの円錐を操作してエンティティを何度も何度も貫く。
楽団か何かの指揮者のような動きで操られた円錐によってボロボロになっていたエンティティに、最後に一発エーテルバーストを撃ち込んで倒す。
「ふぅ……。締めはこっちの方が楽かな、円錐じゃ一向に倒れる気配が無かったし」
「今回の戦闘で、96経験値、435ECを獲得しました」
アナウンスを聞きながら血液の硬質化を解除して1つの球体にまとめる。
すると、後方の離れたところから人の声が聞こえた。
「お、もう人いるのか」
「そりゃいるでしょうよ、渋谷ですよここ?」
振り向くとそこには、大学生と30代くらいの男性2人組がロビーに入ってきていた。
その2人が入口のそばにいる以上、顔を合わせないなら奥に行くしかないと思い、階段の方に向かおうとする。
だが若い方の男が先んじてこちらに声をかけてきた。
「すみませんそこの――」
「何の用ですか?」
声をかぶせるようにし、その上で語気を強めて返事をする。
こちらの意図がある程度伝わったのか、男は足を止めて話しかけてくる。
「あぁすみません……僕らは怪しいものじゃないんです。夜にエンティティを避けるための場所を探してて、夜を越すならホテルだろうと思ったんですけど……。もしかして他にも先客いらっしゃいますか?」
「私も今来たばかりなので知りませんよ。あと、ロビーに既にエンティティはいましたから、客室にもいるかもしれませんね?」
そう言うと2人は驚いたのか顔をひきつらせる。そんな2人を余所にホテルから出ようとすると、今度はもう1人の方の男性に話しかけられる。
「き、君! 1人だと危ないこともあるだろうし、良ければ私たちと一緒に来ないか? それに君もその赤い……何だ、液体で戦えるんだろう?」
「はい? 誰が好んで男2人に着いていくとでも?」
「なっ!? こっちが親切で言ってるというのに、その口の利き方は――」
「親切心からなのであれば、どういう点に親切心があるのか教えて頂けます? それに、私目線メリットも無く
この男性と同じような目をした人は過去に見たことがあった。
――私を引き取ろうと躍起になっていた時の、下心丸出しの叔父の目だ。
若い方の男は仲裁に入ろうにも入れないようで、気まずそうにオロオロとしている。
そもそもこの2人はどういう経緯で一緒に行動しているんだろうか。――なんてことを考えていると、よそ見をしていたことが気に障ったのか腕を強く掴まれ、耳元で怒鳴ってくる。
「さっきから何だ君の態度は! 私が着いてこいと言ってるんだから着いてこればいいだろう! そもそもこんな貧相な体で何が出来ると言うんだ――」
「いつっ……うるっさ――」
鼓膜に響く声と腕を引っ張られる痛みから、無意識に指を動かして浮かせていた血液の塊をこの男の口元へ運んだ。
「な、何するつも――おぼっ!?」
血液に気泡がボコボコと浮くのと同時に、掴まれていた手から開放される。
男は空気を求めて、顔の下半分を覆う血液を振りほどこうともがいていた。だがその動きは段々と鈍り、顔色が青くなり始める。
……エンティティしか相手してなかったから気付かなかった。人間だったら、鼻と口を塞いだら呼吸出来なくなるじゃん。しかも、この状態で保つのも結構簡単だし。
どこか他人事のようにそんなことを考えていると、さっきまで傍観していた若い方の男が話しかけてくる。
「あ、あの……流石にこれはまずいですよ……」
「突然何です? さっきまで我関せずって感じだったじゃないですか」
「そ、それはすみません……。ですけど、あの告知聞かなかったんですか! 死ぬのが本当なら殺人になりますよ?!」
「知ってますよ? その上でです。この人が何をしてたか見てましたよね?」
成人済みの男が未成年の女の腕を掴んでどこかに連れていこうとする。その時点でどう見ても事案である。
とはいえ、それだけが理由では無い。
「それに、この人私の言葉を聞く気無かったじゃないですか」
「た、確かに僕が言ったことも聞こうとしない人ですけど……」
「だから自分の身の安全を守るためにこうしてるんですよ。それに『止めろ』とは言わない辺り、この人と大した関係性ではないんでしょう。……あ、動かなくなりましたね」
「同じ会社の上司だからって、自分が戦えないから僕を代わりに戦わせようとする人ですよ。たまたま出会った時、即会社での権力を振りかざす人です。だからこの人が死ぬことに関しては別に良いんです。でも――」
そういうと、気絶した男から私の方に目線を移して訴えかけるように言う。
「貴女が殺人犯になるのはダメです! 今ならまだ間に合いますから、蘇生させましょう――!」
「何をもってダメだと? 仮に殺人犯になったとて、現状より下に行くことは無いので貴方がどうこう言う必要はありませんよ?」
するとこちらの意思を理解したのか、どこか悔しそうな目線をこちらに向けて呟いた。
「……そうでしたか、分かりました。僕がどうこう言えることでは無さそうですね。上司がご迷惑おかけしてすみません」
軽く頭を下げながらそう言うと、ホテルの外に歩き出していった。そのまま外に出ていくのかと思ったが、自動ドアのすぐ手前で一度足を止めて振り向く。
「こんなこと言うのは良くないと思うんですけど……面倒な人を片付けて頂いて、ありがとうございます」
哀愁漂う笑みを浮かべて呟くと、返答を待つことも無くに前を向き直って立ち去った。
「結局どうして欲しかったんだろ。……ひとりにしてくれるんなら良いか」
白目を向いて青白い顔になっていたさっきの男が、死亡して消失したのを見届けた所で、ホテルの奥の方へと足を踏み入れた。
人が死んだことに対して、達成感も、罪悪感も――何一つ感情は湧かなかった。
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