第11話 禁忌
「やっぱり食べるべきか……」
明らかに戦闘能力が足りない。スキルを解放するにしても出来ることが少ない。
それに、今のところ死んだ後再ログイン出来ないのなら、近付いてき次第殺せばいいんだ。そうすれば、いずれ近付いて来る人がいなくなるんだから。きっと。
「さて、それじゃあ早速……」
黒いリンゴを取り出して手に取り、口に持っていく。砂利を水で固めた塊を食べているような何とも言えない不快感があったが、気にせずに歯をゆっくりと通していく。
リンゴを噛み切り、ゆっくりと飲み込んだ。喉の奥で砂のようにホロホロと崩れ、身体に浸透していくような不思議な感覚と共に、リンゴが通る感覚が無くなった。
「条件を遂行したことにより、【禁忌】を習得してしまいました。第2スロットに【禁忌】が追加されました。おめでとうございます」
「『おめでとうございます』?」
前の時と同じようなAIのアナウンスだったが、その奇妙な言い回しに何かが引っかかる。
そこに意識が向いていると、手に持っていた食べかけのリンゴが砂のようにサラサラと崩れ去っていた。
「ちょっ……なにこれ」
黒い砂は羽虫の群れのように統率の取れた動きをとり、私の周りを飛び回る。
手で払うようにしてもすり抜けて手応えが無い。諦めて放置すると、何周かした所で首の周りに定着するようにして消え去った。
「代償が決定致しました」
「そっか、代償。一体何されるんだろうね」
せめて目的を妨げるものでないことを祈って、ただその場に立って待つ。
「代償、あなたの痛覚が増幅しました」
「はぁ。なんだ、その程度か」
それなら心配する必要もなかったね。さっさと食べれば良かったよ。
「とりあえず確認を……って、まーたエンティティ?」
メニューを開こうとしたところで、首無しのサラリーマン――『社隷』が1人こちらに近付いている。
「ま、いっか。そろそろレベルも上げたいし」
内容の確認は後回しにすることにした。
ナイフを手に持ち、エンティティの方へと歩みを進める。
◆ ◆ ◆
間もなく12時になろうかという頃、3体目のエンティティを倒す。
「レベルが2に上がりました」
「ふぅ、やっとか。普通のエンティティ相手なら多少は戦えてるかな」
白い結晶が砕けるように粉々になって消失していくエンティティを見ながら呟く。
「HP上限が4%増加しました。エーテル上限が10増加しました。SPを20入手しました」
レベルが上がればSPが手に入るという保証は無かったけど、ちゃんと手に入ったようでよかった。
ならやることは1つ、メニューからスキルを開く。SPがちょうど足りることも確認して――
「【血肉操作】の形態変化・硬質化を解放しました」
「よし。これで多少は実用性が上がるはず」
さて、どこかにちょうどいい相手は……
そんなことを考えていると、空一面にスピーカーを覆ったかのような大音量の声が耳に入った。
「『EDEN』をプレイしている皆様〜。どうも初めまして〜。私はこの世界のカミサマで〜す、どうぞよろしくお願いしま〜す」
女性のような高い機械音声で、気の抜ける喋り方をする
◇ ◇ ◇
『告知』が始まる少し前、大きなモニターがある渋谷スクランブル交差点には続々と人が集まっていた。
「ノーア、君もここに来てたのか」
「あっ会長! お疲れ様です!」
「前に会ったときも言ったが、私を会長と呼ぶのは止めてくれ……。そもそも君、生徒会に入ったことは一度も無いだろう」
「あっ、すみませんっ! いつも会長は『生徒会長の人』って認識してたのでつい……」
ノーアとリサ、同じ高校に通っている2人は偶然にも『EDEN』ゲーム内で何度か顔を合わせていた。ノーアの方が一方的に知っていただけだったが、今は顔見知り程度にはなっている。
2人が話しているところに、1人の女性がリサに背後からもたれかかり話に割って入る。
「リサぁ、この子だぁれ? 知り合い?」
「あー……、端的に言うとリアルの知り合いだ」
「あらそう、ならそこは深掘りしないでおくわね。私はカンナ、リサとはリアルで何の関わりも無いけど友達よ。よろしくね」
「俺はノーアって名前でやってます! よろしくお願いします!」
リサの背によりかかるカンナにノーアが自己紹介する。それにカンナはヒラヒラと手を振りながら返し、3人の話題はこの後あると思われる運営からの告知についてに移った。
「――やっぱり何か起きるんじゃないかと思うんすよ、ログアウトも出来ないって色々よくないっすもん」
「そうよねぇ……。私は昨日の夜から通しでやってるから、そろそろログアウトしないと現実の身体が心配なのよね」
「健康状態ならメニューのリアルバイタルから見れませんでした?」
「最低限のものしか載ってないでしょうあれ。ずっと横になってるとお肌の乾燥にむくみ、肩こりとか腰痛に繋がったりもするし……」
「俺そういうことあんま気にしたこと無かったです……」
「……2人とも。話が盛り上がってるところ悪いけど、ずっと私を間に挟んでること忘れてないかな? あとカンナ、血圧の心配もいいけど私の背中に当たってる圧の方も気にしてくれ」
「わざと当ててんのよ。というか、いつもなら胸の小さい自分への当てつけだの何だの可愛い反応してくれるのに、当ててる甲斐無いじゃない」
「ノーアの前だから遠回しに言ってるんだ……。ノーアも反応に困るだろう」
突然胸の話題に移り気まずくなっていたノーアは、2人から目を逸らして「……っす」としか言えなかった。
「ノーア君、いいこと教えてあげる。……実はリサって普段はこんなだけど、結構ウブなのよ。だから今度こういう話題振ってみて? きっと可愛い反応が返ってくるから」
「カンナ、ノーアに余計なことを吹き込むのはやめてくれないかな。ノーアだって――」
「カンナさん、それはちょっと違うんじゃないですかね……」
「ああ。ノーア、君からも言ってくれ。カンナは初対面のときからずっとこうで……」
「普段を見てる俺だから言えますけど、会長は可愛いより格好良いって感じの人ですよ!!」
「……ん?」
話が予想外の方向に飛んで、リサの頭に疑問符が浮かぶ。
「人の前に立って皆を導く姿を見たことないから言えるんです。それに顔立ちもキリッとしていて凛々しいじゃないですか!」
「確かにリサの学校での姿は知らないわ。でも、だからこそ照れてる顔が可愛いのよ! それに――」
何故かリサの褒め合い合戦が始まり、当の本人は盛り上がる2人に置いていかれていた。
今回は割って入る隙も無く2人の言い合いは続き、一段落した所でリサがボソッと呟く。
「ふ、ふたりとも……せめて私の居ないところでやってくれないか。……恥ずかしくなってくる」
手で顔を隠してそういうリサを見て、ノーアは一言納得したように「なるほど……」と呟き、静かにカンナと握手を交わした。
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