第9話 禁断の果実
「……珍しく昨日は来なかったな」
10月24日の日曜日の朝、窓から差し込む光で目覚めた。起き上がって周りを見ると、シーツが乱れたり身体が汚れていたりはしていなかった。どうやら何も無いまま一夜が経過したらしい。
「もう9時か……色々面倒だし『EDEN』始めちゃおうかな」
休日のはずなのになんか身体も気分も重い……。
服は……上下とも下着1枚ずつだけだけど、これも薄着ではあるし着替えなくてもいいか。
◆ ◆ ◆
ログインすると昨日ログアウトした場所であるハチ公前に出る。
しかし、その場所自体は同じなはずだが、何やら周りの雰囲気が違う。妙に人が集まっている上、ソワソワしているように見えるのだ。
「また面倒な……。昨日までは人の姿自体見るの稀だったって言うのに」
スクランブル交差点の方を見るだけで、視界にはざっと10人近く人が入ってくる。
絡まれるのも億劫なので、すぐさまその場から立ち去ることにした。
「おーい! そこの破れた服の人ー! ちょっと待ってぇ!!」
だが渋谷駅と反対の方向へ歩き出してすぐ、後ろから女子の明るい声で呼び止められる。
はぁぁ……遅かった、破れた服の人なんてこの場に私しかいないし、これはどう考えても私に言ってる。
しょうがない、走るか。走れば向こうも諦めるでしょ。
そう思って視界から外れる場所に向かって走り出した。しかし、どういう訳か向こうも執拗に走って追いかけてくる。
「お願いー! ちょっとでいいから話聞いてー!!」
横道に入って撒こうとしてもその声は止まず、追うのを止めようとする素振りは見えない。
走り続けたことで段々と息があがり、体力が尽きかけてくる。そんな中、1つ路地に入ると都合のいいものが目に入る。
「これって、もしかしなくても『エリア』の入口? ……ちょうどいいや、ここ入ろう」
前に見たものと同じような、別の空間に繋がる穴へと足を伸ばす。
「待って……! 今は入っちゃ――」
向こうも路地に入ってきて、こちらと目が合った。
私がエリアに足を踏み出したのを見て、何やら切羽詰まったような顔をしながら叫ぶ。だが、従う義理も理由も無い私は、無視して『エリア』へと入る。
「っと。ここは……?」
エリアの中は、学校の体育館くらいの広さをした浮島だった。空を見ても下を見ても、空は一面目に眩しい赤紫色をしていた。
「上はともかく下も空って呼ぶのはどうなんだろう。……というか、本当になんだろうここ」
浮島は一面芝生のように草が生えており、中央にリンゴの木が生えている。そして、端にあるのは別空間への穴――エリアからの出口だった。
一通り島の全容を把握したところで、適当なところで腰を下ろす。
「あるのはリンゴの木と出口だけ……。エンティティは見当たらないしプレイヤーも勿論いない」
もしかして、ここならずっと時間を潰せていられるんじゃ――。
そう思っていたのも束の間、目線の先の空に巨大な懐中時計が現れた。時計はカチカチという音を立てて、ローマ字の「12」の位置を指していた長い針を動かし始める。
「はぁ……何? 制限時間とでも?」
ここにずっと居ようと思っていた私に対して、そうはさせないと言わんばかりの制限時間に思わずため息をつく。
ゲームを始めた時に「ひとりでいられれば」って言ったから、その環境を用意して――でも後出しでそれは制限付きですぐ終わり……って。誰が考えたのか知らないけど性格悪いね?
「時計の動きからしてあと59分? じゃあもう出ていいか、その程度誤差でしょ」
立ち上がり、最後にリンゴの木だけ確認して立ち去ることにする。
木の下に近付くと、目線の高さの木の幹にノイズのようなものが発生し、その部分が丸々無くなった。代わりにその場所に現れたのは――
「黒い……リンゴ?」
全ての光を吸収してしまいそうなほど真っ黒なリンゴだった。
躊躇うことなく手を伸ばしたその瞬間、目の前にメッセージウィンドウが現れた。
▢▢▢
【禁忌】が習得可能です。実行する場合は『この実を
▢▢▢
「またスキル? 確か習得出来るのは2つまでで、今は1つ分空いてる状態だけど……。ってまだ何かある」
▢▢▢
【禁忌】は習得するとそれ以降スキルを消去することができなくなります。
【禁忌】を習得すると代償としてあなたの■■■■■ます。
▢▢▢
禁忌という名前からしてよろしくないものだとは分かるし、内容も分からないデメリットもある。さて、どうしようか。
今の【血肉操作】がほとんど役に立たない以上、スキル自体は欲しい。だけどデメリットに加えて、名前からどういうスキルか想像出来ないのも困る。
解決策が無いか考えた結果、至極単純な結果に行き着いた。
「調べればいいんだ。ゲーム内の掲示板になら多少なりとも情報がありそうだし」
早速メニューを開いて掲示板を開く。この掲示板は『EDEN』のゲーム内からのみ投稿ができ、閲覧は内外問わずできる。様々なジャンルのスレッドが立っており、特定のワードを入れて検索することも出来る。
それから20分程、『禁忌』や『黒いリンゴ』、『浮島』などで検索をかけたり、スキル関連のスレッドを探し回った。その結果――
「うん、情報が少ない」
この紫色の空の浮島に関しては、各所で話題が出ていた。だが、出口とリンゴの木があるのみで何の変哲もないエリアと言われていた。とある1人を除いて。
「この1人は黒いリンゴのスクショもあげてる」
名前も性別も年齢も分からないけど、黒いリンゴを手に入れて、【禁忌】の習得までしたという人が1人いる。
しかも書き込みの中で、それについての情報をいくらか出している。
……だが、他の人からは相手にされていない。それどころか通報多数で掲示板への投稿を停止させられているようだった。
「いや、ほんとに口わっるいなこの人」
【禁忌】を習得したこの人は、実際に能力は強化されたらしい。だが、それで自分は他人より優れていると驕って他人を見下す、典型的な残念人間だった。お陰で他の人からヘイトと通報が集まって、出された情報が中途半端な所で止まっている。
「でもこういうタイプの人は嘘はつくこと少ないと思うし、何より私という証人がいる。だから現状信じる価値はある……はず」
とりあえず分かったことをまとめると、【禁忌】はこれとはもう片方のスキルを強化するもの。強化には常時的なものと限定的なものがあって、普通のスキルと同じで段階的に解放する。
そしてデメリットとして、これのスキルは消せないことと、代償として何かを負うという。
「というか、こういうタイプの人って……話すべきじゃないことまでペラペラ話すよねぇ。アホなのかな」
流石のこの人も自分のスキルと代償については話してないか。でも、こんな人でも代償を「悪質」だとか「性格が悪い」だとか言ってるのはちょっと心配点かな。
「ところで、一旦エリアの外に持ち出して考えるとか出来ないものかな。流石に厳しいか……?」
ふと第三の選択肢として保留出来ないか思い付く。だが『禁忌』とまで言われるもの、それを持ち出すなんで流石に出来ないだろう。と思っていた。
「……いや出来ちゃうんだ」
それは流石に予想外。って『消失まで残り2時間59分59秒』、制限時間付きではあるのね。
なら時間一杯考えておこう。こんな厄ネタ、必ず使わないといけないってことでもないしね。
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