3-7 ルージュとニンジャとサイボーグと騎士とギャル

 紅世原瑠朱が帰宅すると、すでに父親である百合畑親房が帰っていたことは、彼女の気を大きく落とすことに貢献した。曰く、出先から直帰した、とのこと。


「ボランティア部の大蔵ラン子さん、こちらの新しい留学生のキリーカさんについて説明をお願いします」


 もはや生徒会スタイルでも何でもないサヤギは、ラン子へそう命令した。


「えっと、新しい留学生だからいいでしょ!」


 ラン子はスマホを真っすぐ翳し、投げやり気味に言った。


「そうですか。ご丁寧にありがとうございます。あと、川崎さん向けに荷物が届いていたので持って行ってください」といって親房はそそくさと家の奥へ消えていく。


 瑠朱はこの奇怪なやり取りに対し、頭を抱えたくなるのを抑え、


「では、『カワサキ』さん、荷物を持ってくれますか」


 と思わず口走る。ラン子が難しそうな顔をすると、


「他意はないです」とラン子のいる手前、瑠朱は適当に言葉を継ぎ、まだ廊下の向こうにいる父親を見やる。


「別に、気にしてないでござる」


 サヤギは小声でそういい、玄関の大きな段ボール箱をがっしと掴んだ。


「意外に軽いでござるな」


 そういって両腕で抱えて運搬する。


「きりちーはそろそろ降ろしていいんじゃない」


 ラン子の指摘に、瑠朱は降ろしていいかと尋ねる。キリーカは指示に従う、とだけ答えたのでとりあえず玄関に座らせた。そうしないと瑠朱自身も靴が脱げなかったからだ。


 キリーカ自身ももう体調に問題はないらしい。瑠朱の案内に従い、紅世原宅の大部屋へ移動する。


「なんか、こういうものを開けるときは少しワクワクするでござるな」


「っていうかさ! これ、勝手に開けていいの? 爆発したりとかしない?」


 大部屋のど真ん中でさっそく段ボール箱に手をかけるサヤギをラン子が制した。なにせこれ、差出人不明の郵便物である。瑠朱が箱に耳を当て、


「変な音はしないけど」とコメントした。


「専門ではないが、魔術の類が掛かっていれば気配でわかる。そういうものはないな」


「問題ありません。爆発物やそれに類する危険物はないでしょう」


 キリーカがあっさりとそう断じた。


「え、わかるの?」ラン子が訊ねた。


「わかります」キリーカは答えた。


「どうしてわかるんですか?」瑠朱が質問する。


「それは、わかるからです」無表情のままキリーカはそういった。


「アメノ殿がこういうのを察するのは得意でござろうが……」


 アメノはまだ帰ってきてはいなかった。勿論、待つという選択肢もある。


「なら、皆下がっているがいい。わたしが対処しようではないか」


 ガーラはそういって真理甲冑を纏い、ほか四名を下がらせる。ガーラは真理甲冑のほかに盾まで出し、完全防備な状態で段ボール箱に誓剣を突き立て、はてさて、正しい開け方がわからない、蓋がない、と思案したのち、上部の四辺を丁寧に切り取った。中には、紙が入っていた。否、これは包み紙であろう。


「服が入っているようだな」


 剣を消し、ガサゴソと箱を漁り、その中身を畳の上に広げた。


「危険物はない。安心しろ」


 ガーラがそういうと、四人はそろそろと箱へ詰め寄った。


「へー、まあまあじゃん? あんまりかわいいのないけど」とはさっそく近寄ったラン子評。


 特に特徴のないティーシャツに始まり、派手さのない薄手のブラウスやスカート、フリルシャツやらキャミワンピ、種々多様な服が出るわ出るわ。瑠朱はあまりにも取り揃えられたラインナップに素直に驚いた。


「下着もある」瑠朱はわざわざ別の袋に分けられていたそれを開封し思わず感心した。


「いや待って、さすがにいろいろとキモくない?」ラン子はぞっとして言った。


「まあ確かに、誰だかわからないとちょっとね」瑠朱は同意した。


「だがしかし、捨てるのももったいないかと思うでござる」


 服を広げながらサヤギが言った。


「というか、シチュエーション的にはこれ、多分拙者を誘導した人たちと一緒でござる」


「やっぱりそうですか」


 瑠朱はため息をついた。


「そうでござる。これを見るでござる」


 サヤギはガーラが切り取った段ボール上部をひっくり返した。伝票の張り付いた面の反対側には、大きく謎の記号が落書きされていた。


「つまり、ご親切にサヤギさん以外の服も送ってくださったというわけですね。意味を教えていただけますか?」


 瑠朱が訊ねると、わずか一瞬、サヤギは顔をしかめ、


「うーん、高いところを、指示しているようでござる。ただ、それ以上の具体的な指示はないでござる。あ、そんなことより、これを見るでござる」


 そういってサヤギは立ち上がる。その手に持っているブラウスなど、瑠朱やサヤギには大きすぎる。


「これは明らかにアメノ殿の物でござろう」


「そうだね」瑠朱はうなずいた。


「確かにこの服もわたしとサイズがあっている気がするな。サヤギの一味が関係しているにしても、我々の分まで用意してくれるとは妙な気配りだな」


 ガーラはそういいながらフレアスカートを興味深そうにめくっていた。


「あれ? 地味にブランドものも入ってるし……これじゃあんまり買うものないかもね」


 ラン子はぼそりとつぶやいた。買うもの、というのは週末に計画していた買い物のことを指しているのだろう。


「そうかもね」瑠朱は同意した。


「……ルージュ殿、拙者思うに、これはただの贈り物ではないと思うでござる」


「どういうこと?」


 サヤギの言葉に瑠朱は訊ねた。


「聞き耳を立てていたのは心苦しいでござるが、確か明日は皆々様方の服を買う予定でござったな」


「そうだけど」


「だけど、今、その必要ながないくらいの衣類が送り付けられてきたでござる」


「……」


「符丁を利用した連絡や、荷物の量で拙者をルージュ殿へ誘導しようとしたりした彼らのことでござる、この贈り物も彼らなりの意図があると思っていたでござる」


「それで?」


「ラン子殿の言葉でぴんと来たでござる。多分これは、休日、買い物に出るのはやめろ、ということではないかと思うのでござる」

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