3-6-2 ルージュとニンジャとサイボーグと騎士とギャル

「スウォームって何ですか?」


 紅世原瑠朱は訊ねた。


「スウォームとは、野良ナノマシンが暴走し、機械や生物に取り付いて自己増殖し、生物のようにふるまう現象だ。生体の修復や構成を行うナノマシンが、誤った対象へそういった行動を行うことで発生する」


「よくわかんない」ラン子は正直に感想を言った。


「わたしもわからないが、あれはとりあえず斬れるんだな」ガーラは確認する。


「何をベースにしているかに依る……否、ガーラの腕次第だろう」


「上等」ガーラはすでに全身を甲冑で覆い、誓剣を構えていた。


「あれと、会話はできますか?」


「できない。それにバグを抱えたナノマシンにはアクセスしないのが正しい。人間の体に悪影響を与えることがある」


 スウォームは野生の獣がごとくこちらをじっと見つめ動かない。


「近づいていいのですか?」


「原則は問題ない。最悪、誰かが感染しても一人くらいならわたしが処置する。とにかく、早く処分するのがいいだろう。そのあと、ベースになっている機械なら調査する価値がある。ルージュが欲しがっている『異常』についての情報もあるかもしれない」


「わかりました。倒しましょう」


「わかった。打って出る」ガーラは言った。


「任せる」アメノは答える。


 ガーラは真っすぐにスウォームへ向かっていった。距離にして五十メートルはあったが、それをあっと言う間に詰めて剣を一振り。勿論、四脚の怪物は大きく跳躍して剣をかわし、そして巨爪を振り上げてガーラを踏み潰さんとした。ガーラはそれを背中で堂々で受け、流し、斬る。足が一本宙を舞い、転がった。


「造作もないな」


 だが、そう言っている間も彼女は油断しない。魔物にしろ昨日の怪物にしろ、ただ足を切り飛ばして死んでくれるほど簡単ではないし、現にこの怪物も呻きすらしなかった。スウォームの場合はさらに、斬られた個所からたちどころに、新しい脚が生えてきた。


「アメノ殿、あれは」


「再生ぐらいすぐにできる。わたしのいた時代のものだ。しかし、わたしと同郷のものがくるとはな」


「連れてきたのではあるまいな」


「まさか。驚いている」アメノは表情一つ変えずにそういった。


「今のところ別の個体はいない。あれ一体だ。どこから湧いてきたかはわからないが」


「でもなんか、待ってたみたいに見えたけど」ラン子は自分の感想を素直に述べた。


「かもしれないな。案外、お前の仲間かもな」


「アメノ、あまり穿ったことは考えないで。サヤギさんがこんなことをする意味がわからないよ」


「わかっている。すまない」


 四人はスウォームを相手に立ち回るガーラを見守っている。ラン子や瑠朱は戦闘になれば役に立たない。もしも二体目が現れたとき、対応するのはサヤギかアメノである。そして、それに真っ先に気付けるのはアメノしかいない。


「一人でやれるな」アメノは声を張ってガーラに訊ねた。


「なめるなよ。剣道部は相手にならんのだ。たまには遊ばしてほしい」


「何が起こるかわからないから、時間はかけないでほしいんだけど」


「ルージュが言うならそうする」


 それからは一瞬であった。ギンッ、という不快な金属音を纏いにガーラは四人へ振り返り、横一文字に広げた剣先を静かに下した。


「さあ、アメノ。調べるのが好きなら早くやるといいぞ」


 そういってすたすたと歩いてくる。彼女の背後で、ワゴン車サイズのそれの体が真横にずれ、落ちた。水平方向に見事に斬られている。如何なる剣技か、たった一振りただの一瞬、振り返りざまに薙がれた剣で、刃渡りを超えて切断されている。どんな手品か想像もつかない。正真正銘、真っ二つであった。


「どうした? わたしの剣技に見とれたか?」


「そうじゃなくて! 後ろ!」さすがにラン子が叫んだ。


 そのとき、彼女の肩をがっしりと、黒い爪が掴んだ。


「ガーラさん!」


「騎士の目、そうそう外すことない」


 彼女の肩を掴んだ爪だったが、その甲冑の上をつるりと滑り落ち、ついに動かなくなる。


「すごいな。何の説明もなしにスウォームのゴールを斬ったのか」


 動かなくなった怪物を遠目に、アメノが言う。


「ほう、そういうのか。こいつがこそこそと守っていた部位だろう。面倒だから胴体ごと斬ったまでだが」


 否、待て、弱所があるなら先に聞きたかったのだが、とガーラが問うと、すまない、とアメノは謝った。


「だが、これだけでは死なないかもな」


 そういってアメノはスウォームに近づく。右腕のジャージの袖をまくると、彼女の前腕が横に裂ける、否、開くと、そこから伸びた一対の電極がまばゆく光り、ワゴン車サイズのスウォームの全身が青い電光に包まれた。


「これで大体のナノマシンは死んだだろう」


 辺りに嗅いだことのない不快な焦げ臭さが漂う。瑠朱はしかし、興味があるのかすたすたとそれに寄っていく。仕方ないのでサヤギとラン子も瑠朱についていき、ガーラは立ち止まって瑠朱を待ち、合流するとそのまま守るように彼女たちの前を歩いた。


「これ、結局何なの?」十メートルほどの距離で四人が立ち止まると、ラン子はサヤギの後ろから訊ねた。


「おそらく、極地運搬型のファクトリアンの体内にいたナノマシンがなんらかの事情で放出され、この機械に取り付いたんだろう。元々バグっていたのか、この機械のなかで増殖し、ファクトリアンとしての体を再生しようとした結果、こんなスウォームになってしまった」


 そういいながらアメノは残骸をのぞき込む。白かった体躯は黒ずんでいる。全身金属か何かだと思われたが、どうやらそういったものの上を、肉のようなものが覆っていたようだ。


「しかし、なんだろうな、この機械は。あまり見かけない見た目のようだが……」


 すると、突然それが震えた。思わずアメノが一歩後方へ飛び退り、ガーラとサヤギが構えを取った。


「生きているではないか!」ガーラはそういって瑠朱の前に出る。


「あの派手な光はまやかしにござるか」


「違う、死んでる。否、生きてる?」


 アメノは困惑しているようだった。覗き見ると、崩れた黒い肉の塊の隙間から、真っ白な装甲が見える。それが、がばり、と開いた。すると、反射的に瑠朱が飛び出していった。サヤギもガーラも間に合わなかった。


「大丈夫ですか?」


 アメノすら反応が間に合わなかった。まさかこれに寄ってくるとは思っていなかったことが見事に災いした。


 瑠朱はその開いた隙間に指を突っ込み、えいとこじ開けたのだ。その中に、人がいた。小学生ほどの身長の少女。小さなうめき声をあげ、彼女はごろりと地面に転がり出ると、目を開ける。栗毛色の髪に、大きな瞳がかわいらしい子供であった。そんな彼女が明らかに身の丈に合わぬ肩幅の衣装、軍服だろうか。詰襟に装飾もついたかなり豪奢な衣服を着ていた。


「どこか痛いところはありますか」瑠朱は彼女の体を支えながら訊ねた。


「いえ、ありません」随分と小柄な彼女は、なんとか立ち上がろうと地面に手を突っ張ったが、うまくいかないようだった。


「よかったです。名前は言えますか」


「わたしは、キリーカ。あなたは?」


「わたしは、紅世原瑠朱です。住所や連絡先などは言えますか」


 なんかもう、それ絶対無駄だよね、という項目をしかし、まるで機械のように瑠朱は訊く。


「わかりません。ですが、わたしは紅世原様のものです。好きにしてください」


「それは、どういうことですか」


「そういう命令を受けています」毅然としてキリーカは言った。


「とりあえず、こういう場合は警察に通報するのが普通だと思うでござる、ルージュ殿」


 絶対に通らないであろう提案を、一応サヤギは行った。


「普通はそうだけど、多分この子、そういうわけにはいかないでしょ」


「そう、でござるな」


 しぶしぶサヤギは了承した。どう見ても普通の迷子には見えないし、そういう人をかき集めてきたのが紅世原瑠朱である。


「とりあえず、公園は目立つ。とりあえず家に帰って詳細を訊こう。もしわたしの時代の人間なら、いろいろとわかることがあるかもしれない」


 アメノは言った。


「そうだね。いったん帰ろう。これ、持って帰れますか」


 ルージュは公園のど真ん中に横たわる機械を指差した。


「できなくもないが、目立つ。どこか人目につかないところに寄せておくから、先に四人、とその子は帰っていてほしい。今晩、人目に付きづらい時間に運搬を行おう。何かあったら……ガーラが対応してくれ」


 アメノはそういって、機械の破片に手をかけ、持ち上げる。


「わかった。先に帰ってる。キリーカさんは立てますか」


 そうって瑠朱は彼女の手を取り、立ち上がるように促した。彼女はゆっくりと身を起こし、立つ。


「できた。ですが、少し体がなまっているようです」


 じゃあ、と言って瑠朱はしゃがみ、彼女に向けて背を向ける。負ぶさるように促した。


「否、それは拙者がやろう」


 サヤギが名乗り出る。


「駄目。もしもあのスウォームがたくさん出てきたら、サヤギさんが戦えないとラン子さんを守れない」


「それは、そうかもしれないでござるが」


 サヤギが難色を示す中、キリーカは早々に瑠朱の背に乗ってしまった。


「紅世原様の指示に従います」


 そういいながら、瑠朱の背にべったりとほおを預ける姿は妙に三人の内心をざわつかせた。


「増えた」とは誰が言ったのか。幸い、さっさと立ち上がって前を歩き始めた瑠朱には聞こえなかった模様。

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