3-6 ルージュとニンジャとサイボーグと騎士とギャル

「ふむ、素手とはいえなかなかの腕前。異国の戦士とはいえ、お前が望めばブロキアの騎士に推薦するぞ」

 ガーラはひょいと肩に剣を担いでそういった。少し息が上がっているが、赤らんだ顔にはまだまだ余裕が見て取れる。

「条件次第だな。報酬の相談はお前相手でいいのか」

 アメノはすっと背筋を伸ばして返事をした。その姿勢に一切のブレはなく、まるで椅子から立ち上がった直後のよう。

「報酬か。それは……軍の仕事だな。将軍を紹介しよう」

 ガーラは一息入れると再び剣を両手持ちし、十メートルほどの距離を一跳びて詰めて振り下ろす。それをアメノは寸前でかわし、その勢いのままに打撃を放つ。

「楽しそうでござるなあ」

「混ぜてもらえばいいじゃないですか」

 紅世原瑠朱はサヤギの言葉に意見した。

「嫌でござる。拙者は正面切っての戦いには向いてないでござる。ではござるが、あの程度の実力であれば拙者の敵ではござらぬ。そこは間違いないよう」

 サヤギは誇るでもなく確信をもってそういった。瑠朱も大蔵ラン子も少し興味を持ってサヤギをちらと見た。遠く、剣を振り回しているガーラのように武器もなく、アメノのように体格もないサヤギがこうも自信たっぷりなのが少し不思議であった。

この時、紅世原宅に集った異邦の者たち、すなわち紅世原瑠朱以下四名は、夕方の十封中央公園にいた。警官の事件があったからか、不思議と人影のないそこで、ガーラとアメノが手合わせという名の、なんと形容したらよいのか、戦っていた。

野球にサッカー鬼ごっこ、普段ならばなんでもござれの広い芝生のエリアで、めったにお目にかかれない徒手対剣の異種試合が行われているのである。

「でさ、なんも起こらないじゃん」

 ラン子は少し不満気味にそういった。

「うーん、それは拙者の責任ではござらぬと思うが……人生うまくいかないでござるな」

 そして、彼女らがこうして十封中央公園にいるのはほかでもなくサヤギの提案によるものである。彼女が何かが起こるはずというから来てみたものの、何も起こる気配はなく、血の気の多いガーラはこうしてアメノとじゃれあっている次第であった。

 アメノが拳を打てばガーラはそれに刃先を向け、蹴りが向けば先んじてその切っ先でけん制する。アメノは寸前で拳も蹴りも止め、次の技につなげる。それすら先読みしたガーラが丁寧に刃を向けて防御して見せる。

「この剣は刃引きして有るぞ。どうせただの拳でもないだろうし、本気で当ててはどうだ。そういう技だってあるだろう」

「さあな。わたしは本調子ではない。お前が今の状態で本気というならもう少しこちらも考えるが」

「いうな、貴様」

 その瞬間、奇妙な感覚がアメノを襲った。ガーラは左から剣を鮮やかに薙ぎ、アメノはそれをわずかに後退して躱した。空いた二人の間をガーラはすでに大きく踏み込んだ右足で埋めており、彼女の右半身を覆うマントが美しく広がった。そして、

「なんだこれは。手品か」

 左側から再度薙がれた剣を、アメノはとっさに右手で抑えた。刃引きされた剣をがっしりと掴み、危なく己の頸を強打していた一振りを防いだのである。

「やはり動けるな。お前が王家への忠誠を誓えるなら王宮付に推薦しよう」

「上司次第になりそうだ。お前の下で働くのは少し不安だな」

 アメノは掴んだ剣をそのまま離さない。それどころか、左手も添えて剣ごとガーラを持ち上げようとしているではないか。慌ててガーラも剣の柄を両手で握って対抗する。

「前から思っていたのだが、お前の力、本調子ではないな」

「なんだと?」

「戦い方を見ていればわかる。休んでいる間に筋肉でも落ちたのか? 体が思うように動いていないだろう」

「そんなことは……」

「お前の剣術が努力とセンスの塊であることは認める。だが、それだって体ができているからこそだ。それが今のお前に欠けている。違うか?」

「それは!」

「すまない。これはガーラ自身の問題だ。言い過ぎた」

 そういってアメノはえいと剣を突き放した。しまった、と思ったが、ガーラはその勢いのままにどすん、と倒れこみ、彼女の両手から離れた剣は遠くへ飛んで行った。

「重ねて、すまない。まさか飛んでいくとは」

「いや。いい。ここにある」

 立ち上がった彼女の手にはすでに剣があった。思い返せばどこからともなく現れる剣である。今更手から離れた程度で騒ぐことはではなかった。

「便利だな」

 アメノはやや呆れてそう言った。彼女自身を支える科学技術が、きっとガーラや瑠朱にとって魔法に見えるかもしれないことを棚に上げても、本物の魔法のような出来事が起こると閉口してしまう。

「いや、じゃああれはなんでござるか」

「あれ、やばくね? ユーフォ―じゃね?」

 ばしゃしゃしゃしゃ、とスマートフォンの連射の音はともかくとして、ガーラの剣が飛んで行った方向、夕焼け空に輝く一番星、にしてはまばゆい何かが、近づいて、否、落ちてくるではないか。

「伏せてください!」

 瑠朱がラン子の頭を押さえ、サヤギの手を引いて無理矢理地面に押し付けると、アメノとガーラに走り寄る、が。

「その剣、頑丈だろう」

「馬鹿を言え、この剣はわたしの姫への忠誠心の証。もはや砕けることはおろか歪むことすらない世界の真理の具現だぞ」

「ならいい。少し貸してもらおう」

 そういってアメノはあっさりとガーラの手から剣を奪うと、

「ぶーと、つー、ぽいんと、ふぁいぶ」

 槍投げの要領、剣の真ん中をがっしと掴み、弾道計算。何かの推進装置があるわけではなく、純粋に落下してくる。五メートルほどの全長、重量にして三トン以上、何らかの意匠がある人工物。

「ちょっと待て、投げるのか」

「そうだ。時間がない。わかるだろう」

 ガーラは一瞬思案したが、

「まあいい。子供に誓剣を貸してやることはままあることだ」

 と言い、

「ぶつけた後はわたしの仕事か」

「そうだな」

 アメノはあっさりとそういうと、二歩下がり、助走をつけると大きく体をよじらせその回転を十二分に指先に乗せ、剣を一条の光に変えて投擲した。

 その瞬間の音は、どちらかというと交通事故のまさに衝突であった。金属となにかが大きくぶつかる、平易に言ってばん、という弾けるような衝突音。だが、それで勢いがそがれ切ったわけではない。依然として真っすぐ、その巨大な塊が落ちてくる。それを、アメノを押しのけるように前に出たガーラが、盾の一振りで横薙に殴りつけ、公園の地面に、転がした。落下物は芝生を食って地面をえぐり、二度三度とバウンドしたのち静止した。

「全く、なんだあれは」

 アメノは不満気味にそういった。

「投石器か? 魔法を使ったにしてはおざなりだが……」

「もう大丈夫でござるかー?」

 地面に伏せたサヤギが恐る恐る訊ねた。

「ああ。建築物の一部か? この国の美術はよくわからないがそんなところだろう」

 ガーラは肩をグリングリン回しながらそう言った。

「いや、待て。サヤギ、お前の言う通り、我々が揃って公園に行くと、確かに禄なことが起こらないようだな」

 アメノはそういって全身のナノマシンを活性化させた。

「え、なに? まだあんの」

 ラン子は伏せたままそういい、

「厄介そうですね」

 と瑠朱はシンプルに感想を述べた。

「いや、拙者もこうなるとは思ってなかったでござる。本当でござる」

 サヤギは目の前の光景を冷静に飲み込んでそういった。

「わたしはサヤギさんを信じるよ。わたし達を罠に嵌めたいなら、家にいるときにすればよかったんだし」

「それはそうなんだが。これは昨日の怪物と同じか?」

「違うな。これは、スウォームだ」アメノははっきりとそういった。

 そこにいたのは真白な体のなにか。体躯はワゴン車ほど。体の形もまるで車のようにゆったりとした曲線を持った四角い箱のようであった。頭はない。厳密には、目や鼻、口や耳といった器官がない。ただし、一応前後の感覚はあるのか、まさに車ならボンネット側を向けてこちらを警戒している。そして、極めつけはタイヤの代わりに駆動装置として実に生物じみた四本の脚が生えていることだった。爬虫類のように横に出張った脚で、四本ある指先一本一本に真っ黒なナイフのような爪が生えている。

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