1‐9 ルージュとギャルとサイボーグと騎士


 遡ること十時間ほど。紅世原瑠朱は結局、無事だった教科書を黙読しその日の授業の復習と予習の時間に費やし、朝を迎えた。そうして遂に、一晩かけて己の腕に噛みついた彼女と、全身ワイヤーでグルグル巻きというけったいな状態でいた彼女が逃げないように見張ることに成功したのである。


 二人の体調における異常の有無は最大の関心ごとであったが、二人を診察した鶴井成実院長の診察によりとくに異常がないことを告げられることで安心して様子見に徹することができた。勿論、何らかの異常が鶴井院長から告げられれば、近隣の大きな病院に叩き込む腹積もりであった。


 紅世原瑠朱は一見すると義侠心に篤い少女にも見えるが、その一方、目的の達成のためであれば一切を厭わぬ箍の外れた面もあった。突き詰め、極端な話、為すために成る、そういう人間であった。


 ただ一点、この二人がいったい何者なのか。彼女は二人に対する心配の外に、その疑問を捨てきれずにいた。故の夜を徹しての見張りであった。


「るっぴー、おはよー!」


 そして、大蔵ラン子が指示通りに起こしに来たのが七時ちょうど。


「よかった。ちゃんと起きれたんだね」


 ラン子より先に瑠朱の元を訪れていたのは鶴井院長の奥さんである鶴井夫人。トーストとスクランブルエッグ、サラダ、そして味噌汁……をぺろりと平らげ、食器をお盆に整理していた時だった。


「じゃあ、わたしはシャワー浴びてくるね。ラン子さん、二人の様子を見てて」


 そんな指示を出し、瑠朱はさっさと自宅に帰る。自分が学校にいる間は鶴井夫人が様子を見てくれる約束をしてくれた。本当だったら目を覚ますまで自分で見張っておきたかったが、そうもいかない。昨日の公園の様子を見なくてはならないし、そもそも学校をさぼるのは心地が悪かった。


 万が一、この二人が逃げたとしても、昼間ならば誰かしらの目撃があるはずなので、後手に回ったとしても足跡を追うぐらいなら容易だろう。そう考えての行動だった。


「じゃあ、わたしは右手で素振りしてから学校行くから、手はず通りよろしくね」


 すでに、ラン子が通学小学生たちの顔見知りになっているのはわかっている。普段と違うジャージ姿で腕に包帯を巻いている状態で小学生たちにいらぬ心配をかけたくはなかったので、全部ラン子に任せることにした。やはり、後継者はきちんと育てておいてしかるべし。


 そんなわけで、瑠朱は今までほとんど欠かしたことのないルーティンだった早朝ランニングなどの代わりに庭で気が済むまで木刀を振り振り登校したのである。


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