くっころ姫騎士に洗脳美少女エージェント、催眠女子生徒などなどがいいタイミングで転送されてきてベタ惚れされたけどわたしはストレートの女の子なのでみんな元の世界に帰してあげる!
1‐6 ルージュとギャルとサイボーグと騎士
1‐6 ルージュとギャルとサイボーグと騎士
紅世原瑠朱の奇行は、髪色がド青な彼女と自分の腕を噛んできた少女を連れて移動するだけにとどまらなかった。
「開けてください。急患です」
といって自分の家の裏にある病院の門を叩き叩き叩き、中から出てきた老医者に二人を押し付けるところに至った。
「ラン子さんは帰っていいよ。でも、できれば明日の朝、いつもぐらいに起きたら通学路の旗振りだけはお願いしたいな」
もはや狂気であった。しかし何が狂気なのかラン子は説明ができなかった。
一つ、彼女が訪れた病院、鶴井内科医院の院長、鶴井成実氏は今、実に慣れた様子で瑠朱の腕に包帯を巻いている。
二つ、この事態に対し、平然と振る舞い、さらには瑠朱ちゃんのお父さんには電話しておいたよ、と告げていること。
三つ、今自分はこの鶴井成実氏の奥さんであろう女性からもらったタオルで頭を拭き、さらには当然のごとく出てきたおにぎりを食べていること。
説明ができない。ラン子はただただ得も言われぬ不気味さを感じていた。おにぎりはおいしかった。
「いや、るっぴーはどうするの?」
意識をひとまず当面の問題である瑠朱との会話に戻す。
「ごめんなさい。朝御飯は作れないから冷蔵庫にあるものを適当に食べて」
「そうじゃなくて、帰らないの?」
「わたしは今日泊まるよ。二人が心配だし」
鶴井内科医院に設置された二つのベッド。院長鶴井成実氏が、創業当時は滅多に使うまい、とは思いつつも設置していた二つが入院に使われていた。
その上で、『彼女ら』はすっかりすやすやと眠っている。診察中も静かだった二人は、それが終わると瑠朱の促しに従い鶴井夫人の持ってきた寝間着に着替え、さあベッドに入るや否やこの有様であった。
「そうかい。じゃあ好きなタイミングで家にいらっしゃい。ご飯とかシャワーとか、妻がいろいろ用意しているだろうから」
突然院長は二人の会話に割って入り、丁寧に包帯を止めると立ち上がった。
「鶴井さん、ありがとうございます。お金は」
「瑠朱ちゃんのすることにお金もらってたら僕らが持たないよ。最近、小さい字を読むのも書くのも大変でね。だから内緒にしておいてあげる。その代わり、何かあったらすぐにいいなさい」
そういって鶴井氏は立ち上がり、そのまま病院奥へ消えていった。病院と自宅が併設されている悲劇にしかラン子には見えなかった。
瑠朱はしばらく包帯の巻かれた腕を伸ばしたりしていたが、角度によって小さく顔をひきつらせた。
「じゃあ、早く家に戻って。鍵渡しとくね」
「そうじゃなくて……」
ラン子は自分でも何が言いたいのか言葉はまとまらなかった。なぜ自分は家に帰らないのか。そこまで見ず知らずの人を助けるのか、お腹はすいていないのか、お風呂はいいのか、眠らなくていいのか、雨でぬれて髪も制服もぐちゃぐちゃだし、エトセトラエトセトラ。
「お父さんと二人っきりなのが心配? あの人は結局自分にしか関心がないから大丈夫だよ。ラン子さんには何もしない。それに、庭から回れば会わないで部屋にもお風呂にも行けるでしょ。ゆっくりシャワー浴びて早く寝なさい」
「そうじゃなくて、るっぴーはどうしてそんなに色々するの?」
ラン子の反射はそんな言葉を紡ぎだした。
「別に。普通のことだから。それに、逃げられても困るでしょう」
それに対して瑠朱は己の言葉に淀みなくそう答えた。そして、一瞬、ふむ、と考え、
「じゃなかったら、ラン子さんも今頃警察に突き出してるよ」
と、急に痛いところを突いてきた。この話はしたくない、瑠朱はそう考えているとラン子は直感した。
「でも」
「じゃあ一緒にいる? だけどラン子さん、メイクも髪も滅茶苦茶だよ」
「う」
「そのままでもいいけど、いつも好きなことして自由でキラキラしてるラン子さんと一緒にいたいな」
さも当然と瑠朱はラン子へ言葉を放つ。からかっているわけでもなく、どこまでも真っすぐに彼女は言った。
「また明日会おう。もしかしたらわたし、寝てるかもしれないから起こしに来てね」
「もう、るっぴーなんて知らない」
ラン子は瑠朱へ背を向けた。よくはわからないが、なぜか目が潤んできたからだ。
「ラン子さん、ありがとう」
知ってか知らずか、そういう彼女の言葉を背に、ラン子は目を擦って逃げるように病院を後にした。
その様子を見送りつつ、瑠朱は、この二人の服を洗濯するようお願いするのを忘れた、と己の思慮の浅さにため息をついた。とはいえ、この服のうち片方は、なんとなく洗うのに気が引けるのも確かであった。この金属光沢のすごい服、洗ってはいけない、そんな気がするのだ。タグもついていないので正しい選択方法がまるでわからない。だが、考えても埒が明かないのもまた確か。ぐちゃぐちゃに汚れているのもさらに確かである。これをそのままにするのもいかがなものかと瑠朱は思う。
ひとまず二人の眠るベッドが見える位置に椅子を置き、腰かける。さて、目を覚ました二人が逃げ出したりしないようしっかり見張ろう、と気合を入れつつ、やることがないので本でも読もうかと鞄を手に取った。
「うわあ」
起きている人がいないことをいいことに、瑠朱はそんな声を上げてしまった。雨で鞄の中身が『ねっとり』していた。教科書にノート、筆箱から何までびしゃびしゃである。
乾かせば大丈夫かと、本来なら患者を少し横にするのに使うであろう小さなソファの様な椅子に中身を並べていると、一つ見覚えのない道具が入っていた。というよりも、ゴミである。五百ミリリットルサイズの空き缶だった。おそらく、ラン子が鞄の中身を拾ったとき、うっかり拾ってしまったのだろう、と瑠朱は考えた。それを瑠朱はしばし眺める。だが、妙な空き缶でもあると思った。そして、一つの結論に至ると、そっとそれを鞄にしまった。
そういえば、公園にあの危なそうなワイヤー類まで置いてきてしまった。週末までになんとか回収せねばなるまい、と瑠朱は一人考える。そうしているうちに夜が更けてくれればいい。
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