1-3 ルージュとギャルとサイボーグと騎士

 大蔵ラン子は催眠術が使える――らしい。


 本人の自己申告である。紅世原瑠朱は彼女の言葉を少しも信じてはいないが、一方、行く先々で変なことが起こることは承知している。


「こら、大蔵。お前、ちゃんと制服を着ろ。月曜日からやめなさい」


 月曜日だから何なのだ、とは置いておいて。


 紅世原瑠朱の通う市立十封高等学校の制服はセーラー服だが、大蔵ラン子はシャツにだぼだぼのカーディガンを着ている。その上スカートの丈も短く、それどころかばっちりメイクもするし髪も染めている。校則を重視する十封高等学校において、それらは教師たちの指摘の対象になる。厳しい教師とすれ違えばなおのこと。


「いいじゃん。わたし転校生なんですけど」


 だが、そういって彼女が堂々とスマホを教師にかざせば、


「まあいい。だけどちゃんとしろよ」


 という変な回答とともにそれ以上の追及はなくなるのであった。最近は指摘されることもまれになっている。


 一度、大蔵ラン子が教師たちに何を見せているのか気になって、瑠朱は一度、スマホの画面を覗き込もうとしたがある。だが、すぐに伏せられてしまい、終ぞ見せてもらえたことはない。曰く、


『るっぴーには、そういうことしたくない』だそうである。


 人には色々ある。故に、瑠朱はそれ以上の詮索はしない。そのうち見せたくなったら見せてくれるだろう。


「じゃあねー」


 大蔵ラン子と紅世原瑠朱は別の教室である。それどころか、彼女は一年生、紅世原瑠朱は二年生なので階も違う。


 はてさて大蔵ラン子はちゃんと授業を受けているのか、などというのも瑠朱の気がかりなことの一つではあるのだが、まだテスト期間でもないし考えないことにしている。


「おはよー」


 そんな挨拶を重ねて自席につくと、一人の少女が近づいてきた。


「おはよう、紅世原さん」


「おはよう、白星さん。どうかした?」


 白星風美。制服の丈を少々持て余し気味な、色白の少女が横に立っていた。細くて柔らかい彼女の髪は、光の加減でどうしても茶色く見える。さらに、くせ毛のおかげでパーマをかけているかのようにふんわりとしている。複数のアレルギー持ちな上、心臓が弱いそうで、彼女は体調が安定せず、教室にいることもまれな生徒である。


「あの、これ。いつもありがとう」


 彼女が突き出してきたのは三冊のノートであった。


「あ、それね。まだいいのに」


 病気がちな彼女のために貸していた授業のノートである。


「紅世原さん。それと、聞きたいことがあるんだけど」


「ノートでわからないところとかあった?」


 訊ねてから、瑠朱は風美が拳をぎっと握っていることに気付いた。


「そうじゃなくって……最近一緒に登校してる子いるでしょ」


 はてさて、と考えるまでもない。


「大蔵さんのこと?」もしくは小学生を学校まで見送っている姿を指しているのかもしれないが、違うだろう。


 大蔵ラン子は恰好が少々派手ではあるものの、それ以外に問題を起こすような生徒ではあるまい。しかして、何かと誤解は受けやすいのは想像に易かった。


「大蔵さんがどうかした?」


 その、と風美は一呼吸置く。なにやら重大な物事の気配を感じ、瑠朱は改めて思案を巡らした。考えたくはないが、ラン子がなにか迷惑をかけてしまったのかもしれない。


「なんで紅世原さんは大蔵さんと一緒にいるの? 多分あの子と一緒にいるの、あんまりよくないよ」


 と、教師たちが思っていたり言ったりしそうなことを風美は言った。瑠朱は小さく安堵した。


「確かにみっともないところあるし、ちょっと目立つよね」


 そして、ひとまず彼女の最大の特徴を以て同意を示した。


「違うよ」


 だが、風美の言葉は瑠朱の考えを否定した。


「いつもあの子先生に怒られてるし、このままじゃ紅世原さんもあの子のせいで怒られちゃうよ」


「でもわたしもいつも怒られてるからね。別に気にしないよ」


 事実である。この前も、ハンドボール部のちょっとした他行との交流試合で『代打』として友人の背番号と名前で二打席ほどバットを振ったら随分と怒られた。ちょうどたくさんもらったのもあって、放置されていた花壇に肥料を撒いて怒られたときは思わず閉口した。園芸部か、学校の怠慢であろう。


「そうじゃなくて……なんで一緒にいるの?」


「うーん、それは、なんでだろう」


 瑠朱は思わずそっぽを向いて考える振りをした。


「それに、その、一緒にいるっていうか、住んでるよね?」


 何故知っているのか、とはあえて聞かない。


「まあ、そうだけど。別に大丈夫だよ」


 我ながらあやふやな回答になってしまい瑠朱は内心頭を抱えた。自分らしくない、と思った。こういうのは相手のつけ入る隙になる。


「あの、わたしが言うのも変かもしれないけど、よくわからないならかかわらない方がいいよ」


「うーん、それは違うと思うけど……それに、見た目は派手だけど思ったより言葉遣いとかは普通だし」


 瑠朱は思案する。そしてすがるように時計を見た。時間が彼女に味方した。


「ほら、そろそろホームルーム始まるし席に戻りな」


 そういって瑠朱は無理矢理風美を席に戻す。彼女は少々不服そうであったが気にするほどのことでもないだろう。


 しかし、ホームルームが始まる前のわずかな時間。ふと瑠朱は大蔵ラン子が自分の前に現れたことを思い出していた。

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