3.不運

「ちょっと待って!」


 俺のことをグイグイ引っ張っていくギャル子を静止させる。


「どうしたの太郎にゃん?」


「どうしたのじゃないだろ! 3億円事件の犯人に間違えられて捕まりそうになったり、ロードローラーに轢かれて平面にされそうになったり……どうなってるんだよ! しかも俺に降りかかった不幸シーンだけどな、作者に文章力がないからカットなんだぞ!」


「カット? ……あたし、ラッキーアイテム持ってないとめっちゃ不運な出来事に見舞われるんだよね。ラッキーアイテムが不運を代わりに引き受けてくれる的な? だからお気に入りのハンカチとかがラッキーアイテムだと、帰る頃にはボロ雑巾みたいになってめっちゃ萎えるの。」


 ギャル子は屈託のない笑顔でまたグイグイ引っ張っていこうとする。


「ボロ雑巾みたいになってるのじゃねーわ!! 俺は1人で平穏に過ごしたいんだよ!!」


 俺は強く言ってしまったことに気がつき、ギャル子に視線を送る。朝日で逆光なせいなのか表情が暗く感じた。


「そうだよね! ごめんね! 写真は消すから! ほんとありがとうね!」


 そう明るく振る舞うと、今にも剥がれ落ちそうなつけ爪で手を振る。俺はそんなギャル子をよそ目に学校に向け歩を進めようとする。だが、足が重く上がらない。自分の望んだことなのに、さっきのギャル子の表情が胸をざわつかせるのだ。


『危ない!!』


 どこからか緊迫した声が聞こえた。反射的に声のする方に目をやる。上空から何かがギャル子に向かって落ちてきていた。一体何秒の出来事であったのだろう。


「ギャル子!」


 俺は気がつくとギャル子に覆い被さる形で倒れていた。


「いててて。」


「ごめん、ギャル子。怪我ない?」


「だ、大丈夫……」


 どこかしおらしい反応に、少しドキッとしてしまう。そんな自分を誤魔化すように言葉を続ける。


「一体何が落ちてきたんだ?」


 俺達は辺りを見回す。すると1枚の布切れが目に入る。


「ねえ、太郎にゃん。もしかして、このくまさんパンツからあたしを助けてくれたの?」


「えっ、嘘だろ……」


 逆立ちして既に赤かった顔をさらに赤く染める。


「すみません。娘のパンツを落としてしまいました……お2人ともびしょびしょじゃないですか! 本当にすみません! クリーニング代出します!」


 エプロン姿の主婦のような人が、何度も頭を下げる。水溜まりの上に倒れこんでしまっていた俺達は、ぴちゃぴちゃと音をたてながら首を横に振る。


「いやいや家近いんで大丈夫ッすよ。ね、太郎にゃん。」


「勝手に水溜り入っただけなので、全然気にしないでください。」


 ――テンプレートなやり取りを済まし、帰路についていた。


「さっきは助けてくれてありがとね。着替えたらあたしのこと待たずに先に行っていいから。今までも何とかなったし、だから大丈夫だから……」


「いや、待ってるよ。今日1日はギャル子のラッキーアイテムになる約束だったからな。その代わりギャル子も俺に惚れない約束守ってよ。」


「なにそれきもい。ありがとう。」


 俺達は10分後に合流し、走って学校に向かった。


『キーンコーンカーンコーン』


 走っただけで遅れをチャラにできるはずもなかった。校門を目の前に、始業のチャイムが無情にも響き渡った。不運なことに生徒指導の剛田先生が校門で遅刻指導をしていた。もちろん捕まってしまった俺達はこっぴどく叱られ、明日の放課後に地域奉仕活動に参加することになった。


 ――学校内でも幾度も不幸に見舞われたが、なんとか放課後を迎えていた。


「はぁー。また不幸シーンカットなんだろうな。」


「またなんかブツブツ言ってる。もう家着いたから。明日の地域奉仕活動頑張ろうね。」


「ああ。」


「太郎にゃん!」


「ん?」


「今日は、ほんとありがとね!」


 ギャル子は夕日に負けないほどの眩しい笑顔で俺に手を振る。俺のなんてことない1日が幕を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る