遺書
八方祭図
掌編
貴方にこのようなものを書くことになるとは、世の中とはおもったよりも特異なものです。
私からおとうさまに伝えるべきことはそう多くございません。
どちらかといえば、母に対する話を聞いていただくことになるでしょう。そういった物事のねじれを、どうかご容赦ください。
まずは、そう――雨の日の話をさせていただきたく存じます。
母は常に私を足として使いました。それは、母が足を悪くしていたことも一因としてあるでしょう。
運転ができて車も所持している娘であれば、足の悪い母が買い物に行く際、雨の日であればなおのことでございます。
十年の歳月を経て、私はそれをとてもつらい時間と考えるようになりました。私は酷薄な娘でしたでしょうか。
少しずつ関係はつまらないものとなり、私と母の関係はこじれていったように思えました。なぜ、私の時間を少しずつ奪う人間を愛せましょうか。そう思ってしまうことが、関係の崩壊を意味していたのでしょう。
みすぼらしいアパートに住む母。本当ならそれをみすぼらしい、などと表現するのはいかがなものかと思います。
そう表現してしまう私の心情を慮ってくださるのなら、幸いでございます。ある時から、私には母のすべてがあてつけのように――あるいは自虐を見せつけた行為のように感じてしまったのです。
それはおとうさまと無関係ではございません。
貴方も御存知の通り、私はいつも母と共に参りました。
そうあるべきでしたから。母は一人ではいけませんでしたからね。
その部屋は遠く、私にとってとても悍ましい場所に感じました。
理解していたからこそ、貴方は胸弾む面持ちでいらっしゃったのでしょう。ええ、理解していますとも。
この手紙は、ある種の遺書で御座います。それと共に、貴方に送る手紙でもあるのです。
貴方と同じところへ行けるかはわかりません。行きたくもございませんが、貴方より清廉であるという自信ももはや御座いません。
もし母と再会できたのが貴方だけであれば、お伝え下さい。
どうか、免許はお忘れなきよう。
遺書 八方祭図 @hatibaito
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