狂想曲第五番

@Isaac-Sakayanagi

Ep1 甦れ 我が帝国(Reich)よ

他民族を劣等と見做し故に我ら高貴な民族と謳う我らに明日はない。

                         

ラインハルト・フリードリヒ・ティルピッツ 「十字戦記」











 血に染まる大地、枯れ果てた国土、燻り続ける炎、

 鼻をつく硝煙、鳴り止まない咆哮…

「お前さえいなければ」

「お前のせいだ」

「なぜ生きてる」


… またか…

日の出の一時間前に、真夏日のような汗をかいて重いまぶたを少しずつ上げて目覚める。永遠を感じさせるくせに当の本人はそれを忘れて一瞬のように、何事もないように次が始まる。睡眠の時間は嫌いだ。

いつから寝ることが嫌いになったんだろう。この夢を見始めてからか、それともその前か…はたまた今日の天気がたまたま悪くて陰鬱な気持ちになってそう思ったのだろうか。

いや、大半はあの夢のせいだ。かつての… とおい… もう… 否。


忘れてたまるか


その感情を打ち消すように流れ作業で漆黒の軍服に身を包み、瞳と色の同じネクタイを、冷徹な緋色瞳を、ネクタイを鏡に向ける。我ながら決まってないなと嘆息気味に軍靴を翻し部屋を離れる。


 エーレンフリート連邦共和国首都ヴェルへリクト=マリアーヌ=ザック


およそ千年前、この地に神々が激怒し厄災が起こった。天と地が入れ変わるほどの強い嵐と人類全てを絶滅させるためだけに生まれたかのような人を殺す疫病。それに漬け込んだ敵の襲来。不毛の地に

−なるはずだった。


 一人の、後に女神として後世に語り継がれる女性が現れた。

 聖女ヴィクトール・マリア

 彼女は神の力を継承した人物であった。

優れた知性をもって敵を蹂躙し、その絶対的な力をもち敵を壊滅せしめ、神の力によって疫病を空の彼方へと追いやり、神々の怒りを沈めるために鎮魂曲を誰もが心を奪われる演奏で嵐をおさまらせた。

そして神々は自分達の罪業に反省、代償として彼女を人類の頂点にさせた。


という神話じみた話がまさかのこの国の原点である。なおかつ首都の地名はまるまるそこからだ。

ちなみに首都の地名は古いこの地方の言葉で”勝利へ導く聖なるマリア”などという神話じみた話を他人事の如く変わってるなと勝手に思いながら、

自身もなかなかイカれてるなと考えるのが

この国の街を歩きながらラインハルト・フリードリヒ・ティルピッツが毎日思うことだ。

 古来より黄金種の中でも紺青瞳の金青種が国の民族の九割を占めるこの国においてラインハルトの黒闇種の緋色瞳、黒火種は珍しい部類である。この国が帝政だった百年前の元上流階級貴族の瞳だ。四度にわたる世界大戦でかつての威厳を失った帝国は、国民が革命を起こし民主共和制に移行された。その大戦では我らエーレンフリート連邦共和国は、敵国ナルドラスカ合衆国に敗北した。革命も合衆国によって成功したと考える人も多く、現在は親ナルドラスカ派がほとんどだ。

 それが意味すること…

元上流階級貴族であるラインハルトはいわば国民の敵。街を歩くだけでなかなかに冷ややかな視線が少なからずある。

「珍しいわね、黒火種なんて、まだいたのね。」

「よくもまぁ大通りをのこのこと歩くなんて、誰のおかげよ。」

「あいつ黒火種だよな。軍服着てるなんて恥晒しじゃねえか。」

早く人目がつかないところに移動しよう…となるのも当然となった。

 大通りを抜けてショートカットの道を少し道なりに行くとおおよそ現代建築が立ち並ぶ街に似合わない建物が見えて来る。

いかにも中世の貴族たちが見よ我らの権力をと言わんばかりの

その豪華絢爛な建造物にラインハルトは音もなく入る。

 慣れた手つきで認証カードをゲートにかざす。一歩、二歩、三歩…

 ふと足が止まる。

比喩表現ではなく物理的にだ


「続いてのニュースです。未だかつてない大不況に陥っているナルドラスカ合衆国は昨日、国家予算委員会にて軍備の大幅な縮小と大規模公共投資を行うことを決定しました。さらに合衆国大統領は記者に対し、“今後も大規模な公共投資と財政政策を行い不況を脱却する。"と強い意志を示しました。一方で軍備の制限については、“苦渋の決断だ"と答えました。合衆国が軍備を縮小するのは実に四十年ぶりで今後の情勢に影響が考えられます。」


 ナルドラスカ合衆国。


 現状世界の中で一番の大国だ。他を圧倒する資源で技術開発を進め、十五年前に始まり六年の月日を無駄に費やした第四次世界大戦で影響をほぼ受けなかった国で経済・軍事共に世界最強の地位に就いた国だ。三年ほど前から数企業による寡占状態が続いていたが突如そのうちの一つの企業が倒産。瞬く間に全国を不況に陥れた。あろうことか大国であるが故に国内では不況の波はおさまらず、世界中を不況が襲った。当然我が国も被害を受けたのだがなにせ合衆国とは大洋一つ挟んだ向かいに位置しているため、株価の緩やかな低下と物価高で収まった程度だった。一番の理由はこの国も合衆国に引けを取らないほどの大国であったことなのだが…と、ふと思い巡らせてると液晶のニュースはどうやら市民生活の困窮について熱く語っていた。

 正直ここのところのインフレは過去一番で厳しいものとなっている。不況に陥って三年あまり経つといかなる国でも厳しいだろう。インフレが顕著に表れているのは食糧だ。戦争が終結し多くの兵が帰郷したことによる食糧不足だ。食糧生産が盛んな我が国でこの有様なのだから他の国はさらにひどいだろうに…

 現実に戻すかのように手元の携帯がなる。

「ラインハルトだ。」

半コールで出るのも慣れたものか…


「少佐、定例会議ですが相手方が予算面で難癖をつけてきまして…至急第四会議室にお越しいただきたいのですが…」

「わかった。すぐ向かう。」

 戦乱が消え去った世の中において軍人の仕事、それは日々の訓練と事務処理とゴマすりだ。(佐官クラスなら訓練は必要ない。というかそんな時間がない、ということにしておく。)

もう九年以上も前に終結した戦争で完全ではないにしろ経済は通常経済に移行してなんとかはなっているが。これからラインハルトがやることは今の体制に似つかわしくないが…

 軍に出資を行う元貴族たちへのゴマすりだ。

共和制に移行されたとはいえ、貴族たちを全て潰して仕舞えばこの国はいろいろな意味で終わる。

だから革命の時も貴族たちにある程度の力と財力を残しておけば、貴族たちはまた家柄同士で争い、うまく統制できれば有用になると考えるのが一般市民の考えであった。そのことに気づきもしない者どもは今もこれからも国に飼われることになる。正確には国民にだが…

 繊細な金色の模様に覆われたエスカレーターに乗り会議室へ向かう。

この宮殿もとい国防省は横に長い。横に百メートルはあろうその長廊下を歩いて行くと様々なところからひっきりなしに電話の音や、コピー機の音、会議中かと思われるであろう声が響く。

と中程に来たところで足を止めて体を右に向け、ノックをする。

「ラインハルト・フリードリヒ・ティルピッツ少佐、入ります。」

「おお我が同士よ、久しぶりだな。」

「お久しぶりです。ヨーク伯爵。本日はお忙しいところこのような端の会議までにご出席いただきましてありがとうございます。」

「そんなに硬くならんでも、うむ、父親にだいぶ似てきたのではないか?」

「ありがたきお言葉です。」


ヨーク・ジョージ六世伯爵

連邦共和国きっての大貴族だ。かつての五摂家との異名を持ったヨーク家は革命後も影響はほぼ受けずこうして今も軍の予算会議に出席するほどの影響力がある。その中でも見た目はそこらの老人にしか見えない、簡素な、けれども服装はどれも最高級の紳士服に身を纏う伯爵はその栄華を誇示するかのようにこちらを見つめてくる。

「今回の新型兵器の予算案を拝見したのだがね、こういう話は水を刺すようで申し訳ないが少し予算における割合が高いのではないか。」

「ご安心ください。この兵器は今までのこの戦争自体に終止符を打つ兵器になります。」

「その言葉を信用してこれまで成功した試しはない。また我々を騙すつもりか。其方も元貴族の身、私どもの考えも十分承知の上での発言だろうな。」

「もちろんでございます伯爵殿下。確かに開発段階のこの兵器に有用性を感じないのは軍上層部とて同じ、しかし開発を頓挫するということはヨーク家自体に傷をつけられるようなものではありませんか?」

「その切り返しようは母親そっくりだな。いつでも頭が良く切れるのは軍にとってはこの上ないものだろうな。まあいい。今回も、その賭けとやらに乗ってみようではないか。なに、はなから計画を頓挫する気がないのは、はじめのノックでわかったよ。」

「伯爵こそ私の扱いにはよくなれたものですよ。私を飼い慣らせるのは軍とあなたくらいですから。」


 少し皮肉混じった会話を他所に会議室を後にする。



 「少佐、ありがとうございました。少佐が来てくださらなければ今回の案は通りませんでした。」

「旧上流貴族の軍人の役目はこれだろう?今のこの国において我々のような人間は蔑視される存在だ。それならせめてもの、ということだ。」

「そんなことは…」

「君の家は革命側だったか…その反応は仕方のないことさ、むしろ反対される方が今時の風潮ではおかしいだろう。ここまでの計算をいれているからその年齢で大尉に行けるのか…さすがは元大商人の子息だ。」

「心を読む癖は貴族の趣味なのですか?私は計算など少佐のようなことはしませんよ。とはいえ、 こないだ話した元五摂家の中将も“我汝の心よみけり”みたいな感じでしたね。」

「ふん、情合わせは苦手なほうだぞ?たじろぐと付け入るのが黒火種だ。まぁ、この世の中においては我々の役目といい奴らの役目といいそういうものになるものさ。」

「隙を作るな、死にたくなければ。でしたっけ、士官学校でのあの言葉があったから今の私もありますから。」

「そうであると信じるよ。それに、いい協奏曲は一人では奏でられないのに多くても奏でられないのだよ。」

「いい協奏曲、ですか?」

たわいもない雑談をしながら歩き着いた先は…



   自由の監獄

“Gefängnis der Freiheit”だ。




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