You Really Got Me

起きると、すでに陽は傾いていた。


いつもなら、ホワイトの屋根で昼過ぎから夕方頃まで寝て過ごすが、今日はそうはいかなかった。


こうした日は、適当な寝床を探す。


今日は民家のベランダに、ちょうど良い寝床があったのでそこで眠っていた。


身体を伸ばして顔を洗っていると、腹が鳴る。


今日の夕飯はどうしようか。


ホワイトに戻って飯をもらっても良かったが、確かこの近くに魚屋があったはずだ。


あそこの親父は、機嫌が良いと魚の切れ端をくれる。


久しぶりに魚でも食うか。



そう決めて塀の上を歩いていると、前に一匹の白猫が座っているのが見えた。


後ろを向いているので、顔は見えない。


見たことがない奴だ。慎重に歩みを進めた。


どんな奴かわからないときは、警戒するに越したことがない。


身体が大きく見えたが、少しずつ近寄るとそれは毛が長いからだとわかった。


猫がこちらを振り返る。女の子だった。


しかもとんでもなく美しい。



白い綿毛のなかに二つの澄んだ青い目が浮かんでいた。


まるで雲のなかに二つの小さな青空が浮かんでいるようだった。


この空の上にはさらに大きな世界が広がっているらしい。


人間はそれを宇宙と呼ぶそうだ。


きっと、宇宙はあの瞳みたいなものなんだろう。


そうでないと説明がつかない、そんな美しさだった。


宇宙が一瞬、雲のなかに消えまた開いた。彼女が瞬きをしたのだ。



突然、彼女が立ち上がった。


俺のことをちらりと見て、塀を降りた。俺も慌てて塀を降りる。


彼女は俺の少し前を、とことこと歩いていた。


尻尾が誘うようにゆらゆら揺れている。俺が歩みを早めると、彼女も早く歩いた。


けれど、俺をまこうと思っているわけではないようだ。


その証拠に、角を曲がると彼女は歩みを止めてこちらを見ている。


まるで俺がついてきているかを確認しているかのように。



しばらく彼女について歩いていくと、彼女は西洋風の一軒家の前で立ち止まった。


これまで見てきた住宅の中でも、とくに大きい。


二階建ての茶色いレンガ造りの家で、窓がいくつかあるがカーテンが閉まっていて部屋の中は見えない。


家の正面には人間の背丈ほどの柵があり、薔薇の蔦が絡みついている。


薔薇の花が咲いていたが、冬に咲く薔薇は初めて見た。特殊な種類なのだろうか。


彼女は門の隙間をするりと通り抜け、家の裏手にまわった。


ついて行くと、二階のベランダへと登っている彼女が見えた。


ベランダに登ると、細く開いた窓から、室内にいる彼女が見えた。


彼女はどうやらここで飼われているようだが、さすがに人間の住居に入るのは危険だ。


中の様子を見てみる。


六畳ほどの広さの部屋には、まったく色がない。


ベッドや化粧台が置かれているが、どれも白色だった。


ベッドの上で彼女が顔を洗っていた。


こちらをちらりと見る。


「来ないの?」とでも言いたげな視線だ。


覚悟を決めて部屋に足を踏み入れる。


部屋に入ると、彼女が隣の部屋へと向かった。俺もついて行く。



その部屋は奇妙だった。


部屋中に、大量のロウソクが置かれている。


俺の背丈くらいある大きなものから、手の先くらいの小さなものまで、部屋のいたるところにあった。


中に人間がいる様子はない。


部屋の奥に彼女がいるのが見えた。


ロウソクの炎が、彼女にしたがえているかのように揺れている。


明かりに照らされた彼女はとても妖艶だった。


俺はロウソクを避けながら、彼女の元へと向かった。炎が喜ぶようにゆらゆらと揺れる。


彼女の目の前まで来た突然、身体の奥底に氷のような冷たい何かが降りてくるのを感じた。


奇妙で、強烈な違和感だった。そしてすぐにその違和感の正体に気づいた。


匂いがしない。


この部屋に入ってから少しも匂いがない。


女の子、いや生き物というのはすべて、何かしらの匂いがするはずだ。


彼女の顔がぐにゃりと揺れた。


彼女の顔がひどく平らに見えた。


厚みというものがない。


彼女が紙きれのように薄いと気づいたのは、一瞬遅れてからだった。


それ以上、何も考えられなかった。


頭がひどく重い。耐えられず下を向くと、足もとに奇妙な模様が描かれていることに気づいた。


これはなんだろう。


床に倒れ込むと、人間の足が見えた。


視線を上に向けようとしたが、目を開けていられない。


ゆっくりと、眠りの世界へ落ちていった。

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