縦横無尽

「がっ!」

 完全に不意を突いた。

 相手が反応する前にその身体に飛びついた。

「なんつ~無茶すんじゃ!」

「うるさいぃ! 襲ってきたあんたが悪い!」

 低レベルの口論をしつつ、わたしは片手にたった今手の中に戻った専用武器「零時間」を構える。

 狙いは背中。このまま斬って切り裂く。


 この刃は蛇宮ヒルメの為だけに作り出されたもの。だからわたしだけが扱える。わたしの手で、並の刀とは一線を画する性能を十全に発揮する。

 これなら容赦なくこいつの背を斬ることが出来る。わたしはそう信じてる。

 後は、それを現実に映し出すだけ。


「ち・・・・蟲が・・・よもや汝、さっきからわたしの力が上、わたしなら勝てる、わたしわたしと都合のいいことばかり考えとらんか?」


 寸前。

 耳蜻蛉が地面へ向けて下降した。


 予備動作は全く感じられなかったのに。

 でも、まだだ。この程度で揺らがない。


「暴れる・・・なぁ!」

 筋力強化、強化。探偵としての力を発動し、喰らいつく。

 ここでこの怪人を逃したら、二度と捕えることは出来なくなる。

 腕と脚を絡ませて、意地でも離さない。

 そのはずだったけど。


「『土蜘蛛』がひとり、耳蜻蛉」


 わたしの腕の中で、怪人が言葉を詠唱する。


「その権能は飛翔。何よりも高く、速く、精密に、天を駆け、地を制圧する」


 そしてわたしの視界がぐるりと回る。



「それ。飛ぶぞ。いつまで耐えられるかの・・・ほらっ!」

 何か超常の力が顕現したのではない。ジキが行ったのはただ飛ぶこと、ただそれだけ。

 彼女は空をひたすら飛び続ける。

 ただしその様子は今までとは全く異なる。

 レベルが違う。


 加速、減速、上昇、下降。

 異次元の軌跡を描き、蜻蛉の飛行が炸裂する。


 上下左右。

 360度。

 あらゆる方向に緩急入り混じる速度で自在に移動する。


 ヒルメに拘束されているとは思えない程完全に空中を舞うジキ。

 これこそが怪人「耳蜻蛉」の本質。人間の身体に蟲の羽と尾をつけただけという異形。

 物理法則など全く考慮せず、それをねじ伏せるように天を縦横無尽に駆け巡る能力。


「ほら、そら、まだまだ行けるぞワレは!」

 そう笑いながら空間を疾走するその姿は正しく魔のもの。土蜘蛛の名に相応しく、常識を不条理で上書きする妖がそこにいた。



「っ・・・・・・・・!」

 まずい。舌を噛むから口を開けない。

 なによりもいい加減限界だ・・・これ以上は無理。


 ここで仕留めないといけないのに・・・まだ・・・まだ・・・


「そろそろかの?」


 頭に血が上って、目の前が赤くなってきたような・・・

 視界が赤く染まって。天と地、重力もわからなくなっていく。


「正直驚いたぞ? 先の瞬間移動もそうじゃが、ここまで振り落とされずにいたのは・・・」


 加速。加えて加速。速く速く。電のように動き回る怪人の声が、すぐ傍で話しているはずなのに、やけに遠くに聞こえて。


「汝が初めてじゃ。外から来た探偵」

 そしてわたしは空中に放り出された。

 その事実を認識する前に、視界が暗転し、意識が断ち切られる。

「あ・・・・・・・・・・・」

 頭が、脳がグルグル回って思考もグルグル。

 自分が何を考えているのかもわからなくなっていく。

 蛇宮。蛇宮フシメ、兄さん、黄色矢リカ、鏃アカメ。そして。


 そういえば、ヒフミさん今頃はどうしてるだろうか?


 それを最後に全て消えて。

 あとに残るのは暗闇だけ。




 ・・・?

 呼ばれた気がした・・・気のせいか。

「なんとか抜け出せた・・・」

 まだ満足に動けない奴と、メイド服を引き連れて、人目を避ける為、裏路地から下水道まで這いまわった。

 そんな苦労をしてようやくたどり着いたのは町はずれの倉庫、昨日ジキと会った場所だ。

 長らく使われておらず、付近に滅多に人が来ないだろうから、まさかの事態に備えて経路を覚えておいて本当に良かった。

 これでようやく人心地ついた。

 あ~疲れた・・・

「ふう、ここならひとまずは安心でしょうか。お疲れ様です主」

 助けてもらった相手に言いにくいけど、その周囲から浮きまくった格好のせいで、余計にこっちはステルスに神経使わなきゃならなかったんですけど。

 でも、今回もそうだけど私以外の人間にはこのヤマメさんのメイド服は取り立てて目を引くものでもないらしい。

 これ、わたしの感覚がおかしいのか?

 おまけにあんだけ道なき道を這って進んだのに、特に目立った汚れもない。

 謎だ・・・


「これからどうします?」

 取り合えず再生も一区切りついたケラが聞いてきた。

「完璧にあいつ、探偵黄色矢に目を付けられた」

 今まで追撃がないってことは向こうも私たちを泳がせるつもりか?

 いずれにしろ、これで「逃げる」という選択肢はなくなった。

 なぜなら、これ程の敵意を向けてくる存在を放置して家に帰れる、なんて豪胆さは私には無縁だから。


 シイに昔言われたように、人一倍臆病なんだから。


「じゃあ、このまま黄色矢リカ・・・いえ、第11探偵団と戦いを開始するということで」

 ケラがそう確認してきた。


 現状こちらは3人。プラス内部にひとり。どう転ぶかわからないのがもうひとり。

 対するはこの街を支配する探偵団。

 それを束ねる蛇宮。

 そして先ほど正体不明の異能で私たちを良いように手玉に取った探偵、黄色矢リカ。


 ・・・無理じゃね?

 いつものことだけど。


「で、まずは何をします?」

「そうね」


 だったら、いつも通り、仲間と協力しよう。

「鏃、いや聖屋アメと合流する」



「・・・・・・・・・・・・さすがにこの状況で見捨てると禍根が残るよな」

 掴んだ人間の意識がないのを確認しつつ、地面に降ろす。

 さすがに頑丈な探偵だけあって、まあ大丈夫だろう。

 怪人「アオマント」その名の通り、ボロボロの青い外套を身に着けた姿、その最大の強みである飛行能力で、空中から落ちる蛇宮ヒルメを何とかキャッチする出来た。


 超絶にギリギリだったが。


 これで一応の義理立てになった。

 あとは、ここをどう切り抜けるかだ。

「・・・なんなんじゃ? 汝」

 俺の前に蜻蛉女が降り立つ。その挙動を一目見るだけで相手がこちらを遥かに上回る次元の飛行能力を有するのがわかった。


 やば。これ、逃げるのは無理そう。


「さっき撃ってきたんは汝じゃろ? あれは『探偵』の力じゃった」

 そんなのわかるもんなのか。

「なのにその姿・・・どういう立ち位置なんじゃ~?」

 語尾を伸ばして訊かれても反応に困る、何だ、俺ものじゃ口調で言えばいいのか? キャラぶれなんてもんじゃないだろそれ。

「何つーか、そう、ケラだ。丙見ケラ。この名前わかるだろ?」

「ケラ? ・・・あ~昨日会った連中のひとりじゃったな」

 忘れかけてたのかよ。そりゃ他の奴が。メイドに、俺らの頭と濃すぎる面子だから、相対的に薄味に見えるだろうけど。

 そいつらがが素直に名乗るとも思えなかったんで、引き合いに出させてもらった。


 まあケラなら大丈夫だろ。


「俺は外から第11に派遣されてきた探偵であり、かつそいつらの仲間でもあるって訳よ」

「・・・あの女といい、汝ら、巧妙なようで危ない橋を全力疾走する真似しとるの・・・まさか趣味なのか?」

「人聞きの悪いことを言うな」少なくとも俺はまともな感性を持ってる。

「そういうことで、探偵としては、ここで仲間を失う訳にはいかない」

 一応それなりに情が湧く程度には、話したし。

「そんで『拾人形』の怪人としては、あんたとこれ以上ことを荒立てるのはまずいって状況な」

「そうかいそうかい・・・・なるほどの」

 ひとり納得したのか、しきりに頷く。本当にわかってるのか?


「なら、ここは汝の腕一本で手打ちとしようか」


 腕一本。言ってることを理解する前に。

 言葉通り、俺の、アオマントの左腕が肩から切断された。


「・・・・・・・・・・・・・・っつ!?」

 今の攻撃は単純。ただ飛んで、すれ違いざまに剣のように硬化した羽で斬った。

 ただそれだけ。


 異常なのはひとつ。

 速すぎる。


 さっきまでの動きも全速力じゃなかったってのか・・・・?

 そう考え、痛みを抑えつつも、何事もなく背後に降り立った蜻蛉を睨みつけた。


「まあ、先に手を出したんはワレじゃけど、そっちも色々不義理を重ねとる身の上じゃろ」


 淡々と、自明の理を説く口調で、蜻蛉女は俺の視線を涼しい顔で受け止める。


「それでこっちは退くとするよ。上の奴、まあフシメか『あの女』かは知らんが、そのけがならそいつらに言い訳も出来るじゃろ」

 好き勝手にそう言って、土蜘蛛の中で最高の空戦能力を持つ怪人「耳蜻蛉」はどこかへ飛び去って行った。

 残されたのは意識のない蛇宮ヒルメに、重症を負った鏃アカメ。

 敗北した探偵ふたり。


「さて・・・どうするか」


 なあ、芦間ヒフミ。今の女は俺とあんたを同類呼ばわりした。

 なら、そんなあんたなら、どうするんだ?

 教えてくれよ、タンテイクライ。

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