ヒルメの「不在証明」

 避けることが出来たのは、ただ幸運だったおかげだと思う。

 念の為最低限周囲への警戒を怠らなかったことと、後は純粋な第六感というか、とにかく直前に心の中で警報が鳴り響いたこと。


 無意識のそれによって、想定していなかった「真上からの銃撃」をわたしは紙一重で回避することに成功した。


「っ・・・!?」

 咄嗟に横に跳んだわたしが、直前まで立っていた地面が「銃撃」により抉られた。

 何だ、これ・・・撃たれた? 気配は感じなかったのに。

「・・・ヒルメ!」

 考えを進める前に、立ち止まったままでいたらいい的になる。

 敵の姿は見えない、今は移動し続けるしかない。

 そう決断し、「加速」を発動。わたしが走り出したのと同時に懐の通信機から呼び出し音が鳴る。

 木々の中を疾走しながら、それを起動する。相手は・・・鏃アカメ。

「今上から、何か撃ち込まれた!」

「わかってる! ここから見えた。今もお前の真上にいる」

 今も? 走りながら何とか上に目を向けた。

 いた・・・高い。

 遥か上空、異形の影が空中で静止している。距離感がわかりにくいけど・・・人間大の身体に大きな羽と尻尾のようなものが生えている。

 そして、それはわたしにむけて右手をかざすような動作をした。


 まずい。

 あれは明らかに第二射だ。


「加速、調整、直進から方向転換。少しでも木が多い場所へ、ジグザグの軌跡を描きながら走る。

 拘束で移動するわたしの側に、再び着弾する。一撃、二撃、さらに、さらに・・・


 この弾丸、連射出来るんだ。

 数をばら撒く戦術を選んだってこと?


 衝撃を何とかかわしつつ進む。

「ヒルメ・・・、もう少し回避し続けてくれ・・・出来るか?」

「ギリギリ! 何をする気?」


「今から攻撃を開始する」

 

 その言葉とともに、鏃アカメは空中の敵を撃った。


 糸追ジキに奇襲は通じない。

 鏃の狙撃を聴覚センサーで弾丸を察知し、巨大な羽で瞬間的に空中を移動し回避する。

「弾丸? なんだか変わった音じゃな」

 そう独白しつつ、撃ち込んできた相手の姿を捉えようとする。

 大まかな位置を特定、岩の後ろに隠れてるのか今は見えない。

「同種の戦い方・・・じゃがワレの方が飛んどる分有利なのは明白じゃな」

 まして糸追ジキ、耳蜻蛉の真骨頂は、単なる狙撃ではないのだから。


「さて、めんどくさくなってきた」

 銃を構え、そのスコープ越しに強化した視力で空中に静止した「蜻蛉」を見据える。

 一応今は探偵、鏃アカメとして仕事についてるからには、蛇宮ヒルメをバックアップすることに躊躇いはない。

 しかし、怪人、聖屋アメとして微妙な立場にある。

 まず相手の怪人、というのは見たことのない種類の異形だが間違いなく「土蜘蛛」だろう。

 昨日、何とかして通信したケラたちによれば、向こうから接触してきたらしい。それは今後自分たちと共闘するのが期待出来るということで。

「だからヒフミさんは、戦う場合なるべく相手を傷つけるなって無茶ぶりしてきたが・・・」


 何であの人しれっとケラたちに合流してんだ。自由過ぎんだろ。


 いかんいかん思考が脱線した。

 取り合えずヒルメの目もあるから、「アオマント」の力は使えない。そして彼女を守りつつ、適度に相手を痛めつけて退かせる。

 ヤバい、無駄に難易度が高いな。

 取り合えず次だ。

 特性の「弾」を装填し、流れるように狙撃を行う。そこに一切の容赦は感じられなかった。


 空中を向かってくる次弾を耳蜻蛉は完全に視認していた。再び最低限の動作でそれを回避しようとする。

 しかしその動作に先んじて、弾丸に異変が起きる。


 パッシャッ・・・

 小さく音を立て、高速で標的へと向かう途中で、それが爆ぜた。


「とい!?」

 さすがに驚愕しつつ、ジキは冷静に対処しようとする。

 固形物だった弾が、空中で液化する。さながら氷が瞬時に水に溶けるように。

 常識を外れた変化を経て、元の大きさからは想像出来ない程大量の水がジキに降りかかる。


 これに触れるのはまずい。


 そう直感した彼女は一気に加速をかける。バランスを崩すのも構わず僅かでも距離を取る。

 一瞬後、彼女がいた空間に「溶解液」がばら撒かれ、耳蜻蛉の身体はそこから離れた位置に移動していた。


 ち、外した。まあ、まともにあれをくらったらあいつもただでは済まなかったろうから、これはこれでいいか。

 ふう。最近は「こっち」の能力を使ってなかったから上手く行くか正直不安だったけど、どうやら問題ないみたいだ。


 飛翔し、空中から毒を雨のように降らせる怪人「アオマント」聖屋アメ。

 対して鏃アカメの権能は毒液を氷のように固め、そのまま弾丸として銃撃する。さらに一瞬で意のままに液体に戻せる。


 毒の矢を放つ探偵。それが毒雨の怪人のもうひとつの顔だった。



 パラパラと、雨のように液体が地面に降り注ぐ。それを浴びた木々や草、石はどす黒く変色する。

 わたしから見ても、重篤の汚染が進行しているのは明らかだった・・・って。

「鏃! あんた、何てものを空中にばら撒くんのさぁ!」

「・・・何か問題があったか!?」

「大ありだってぇ! 下手すれば頭からぁわたしにかかってた所だったじゃない!」

 そりゃ撃たなきゃやられる状況だったとは理解してるけどさ。あの量はこっちの被害を考えてないでしょ。

「・・・ああ。蛇宮ヒルメ、悪い。いつものノリでやっちまった」

「やられる所だったよ」

「普段周りにいるのが頑丈な連中ばかりだったんで、つい・・・本当に悪かった」

 どんだけタフな人間たちと働いてるのさ。第8探偵団って魔境かなんかなの?

「・・・まあ、咄嗟に加速したからいいけど・・・ごめん。わたしも言い過ぎた」

 素直に謝られると、こっちが悪いみたいじゃない・・・これじゃあヒフミさんのコミュニケーション能力不足を笑えないな。

「とにかく、気を取り直して。来るぞ」


 敵が来る。

 糸追ジキ、まつろわぬもののひとりはまだ探偵たちを狙っている。


「なるほどなるほど、そういう能力か、理解出来たぞい」

 空中で油断なく構えながら、今の攻撃を振り返り、おおよそを把握する。

 あの弾丸は「氷」のようなもの。音が変だったのは金属ではなく、あの薬品を氷結させたものだったから。

 単純な狙撃と見誤っていれば即座にあの毒をまともに浴びて、この身が腐れ果てていたかもしれんな。

「じゃが、タネが割れれば後はいくらでもやりようはある、の」

 怪人とも探偵ともことなる異形の妖は笑い、さらなる攻めへと移ろうとする。

 しかし。


「何ぉ、勝手にわたしを無視してひとりで進めてるのぉ?」


 真下から、撃ち込まれた。

 今度は何の小細工もない、どこにでもありふれた銃器から放たれたごく普通の弾丸。

 本来なら問題なく対処可能なそれ。ただし、直前に鏃の攻撃を見たことにより、僅かばかりジキはそれへの警戒を強めた。

 結果瞬きにも満たない時間、回避に意識を割かれる。

 それが狙い。蛇宮ヒルメが「銃撃の一瞬後」に刃を投擲した。


「加速」

 単純な動作を超高速で行うことで、奇襲に繋げることが出来る。


「っとい!」

 しかし空中は蜻蛉の領域。ヒルメが放った短刀は難なくかわされた。

 彼女の計算通りに。


 強化された力で投げられたその短刀はジキの身体を斬ることなく、上方へ、空を裂くように上がっていく。

 耳蜻蛉を通り過ぎて、その上へ。


 そして、わたしは糸追ジキの上をとった。


「・・・・・・・!」

 今度は驚く言葉もないか、怪人。

 これがわたしの、蛇宮ヒルメの真の権能。


不在証明アリバイ

 ある地点から別の場所へ移動出来る「かもしれない」

 特定の所作はより素早く出来る「かもしれない」

 そんな「もしも」を、自らの身体をもって実現させる。それが「加速」


 名探偵が現実の自分の論理に合わせて捻じ曲げる力を持つなら、これこそ正にその眷属に相応しい能力。

 可能性を無理やりに現実に投射する。

 そして不在証明は時間に留まらない。


「場所の不在証明」

 今、この瞬間に蛇宮ヒルメはあそこにいるかもしれない。

 怪人との格闘では加速に加えて、その存在可能性の応用で超至近距離間空間跳躍のような真似さえして見せた。

 接近戦に限られるとはいえその根幹は自己への純粋な強化に留まる。

 外界に影響しないからこそ、『タンテイクライ」の減衰が効かない。だから芦間ヒフミの天敵たり得た。


 そして、いま行ったのはその最大活用。

 自己の細胞を仕込んだ専用武器「零時間ぜろじかん」を印とし、それが存在する空間に自分自身を跳躍させる。


 これが蛇宮ヒルメの切り札。

 その権能の本質である。


「でも、さすがに連発は出来ない」

 簡単にバンバン打てるなら初めからやってる。だからこそ、このタイミング。

 相手がまだ油断している内に、この奇襲を為す。


「さあ、怪人。蛇宮らしくないわたしが蛇宮らしく速攻で畳んでやるわぁ」

 だから、震えろよ、蜻蛉。

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