閃光と蜻蛉

「けほっ・・・」

 動かない、軽く掴まれただけなのに身動き出来ない。

 そんなに力を込めてる様子もないはずなのに。


「何好き勝手やってんだ!」

 そう叫び、死角からケラの、「カオトバシ」の触手が黄色矢に襲い掛かる。

 それが到達する寸前に。

「勝手? 私は私の仕事をするだけ」

 空中に放り投げられた何本もの木の枝が不定形の身体を貫いた。

「!?」

 また、何の変哲もないものが、刃を通さないはずのケラの身体を傷つけてる。

 枝・・・しかもここの机の上に合った鉛筆まで混じってる。

 共通点は木? でもそれだけじゃさっきからこいつが私たちに振るってるこの不条理な力の説明が出来ない。


 何だよ。そういうのは名探偵の領分だろうに。上の奴の得意分野を平然と奪ったらだめでしょ。

 怒られても知らないから。


「つ・・・!」

 まずい・・・しょうもないことを考えて気を逸らしても、いよいよ意識を保てない・・・


「主、伏せてください・・・可能なら」


 通信機からその声が聞こえた、その一瞬後。

 窓から何かが投げ込まれた。掌程の大きさの、これは・・・

 ぼんやりした頭で、それが何か理解した。


 閃光弾。


「あ?」

 投げ込まれた物の正体が掴めず、黄色矢が困惑の声をあげる間に、私は咄嗟に目をつぶった。

 同時に「自分の視界に入るもの」を「減衰」させる。

 それは一瞬の行動だった。


 そして部屋全体が目も眩む光で包まれる。


 何とか視覚を切った私と違い、黄色矢はまともに閃光を見る。

「わっ!?」

 場違いなほど呑気な声を出す探偵。得体の知れない力で私を圧倒していた彼女であっても、この単純な攻撃にはさすがに耐えられず、こちらの首にかけた手を開く。


 その隙に私はそれを思い切り振りほどく。


「かはっ・・・つ・・・!」

 危なかった・・・何とかギリギリ逃げることが出来た。あのままだとあっさり終わってた。

 それでもまだ頭がくらくらする。おまけに減衰しきれなかった分の光が目に入ったせいで、若干周りが見えづらくなってる。


 だけど、不意打ちでくらったこいつはそんなレベルじゃないはず。

 ショックから回復するのに何秒かかる?


 それまでにとる。


 右手の刃を優先して再生する。早く、多少短くてもいいから切ることを優先する!

 そうしないと、こっちがやられる・・・・・。


「外からか! まだいたんだ!」


 そのように再生しつつある刃を、黄色矢は躊躇いなく掴んだ。


 何で? まだまともに何も見えてないはずなのに。

「あなたの位置は・・・目を閉じていてもよくわかる」

 そのまま握りつぶそうとする、ってまたか!?


 当然そのまま見てられない。残った手足で切って殴る。なのに、どれだけ攻撃を当てても傷が付けられない。

 なんだこれ。

 減衰の波は今も出している。

 ムナのような力なら多少は弱体化するはずなのに。

 彼とは違う。


 なのに同じくらい黄色矢リカとはまともに戦える気がしない


「よし! このまま逝っちゃえ! 私が見てるから気兼ねなく逝っていいよ!」

 さっきからアッパーとダウナーの切り替えが忙し過ぎる。

 まさか、あり得ないとは思うけどこれが素なんじゃ・・・


 そしてそのまま同じ展開が繰り返されようとしていた。


「何を気安く主に触れているんです? 一介の探偵風情が」


 その刹那。

 窓から鋼の塊が乱入する。


「ああ、言い訳の必要はありません。強いあなたをボロボロにすれば私は満足ですので」

 聞かれてもない自分の趣味をサラッと話しつつ、怪人「ハガネハナビ」が、探偵黄色矢リカの前に立ちはだかった。


「・・・・・誰?」

「あなたがそれを知る必要もありません。主を助けることが私にとっての最優先事項ですので」

 そう言ってハガネハナビ・・・ヤマメさんは両手で大槌を構える。

 その姿を見れば。前よりも明らかに身体のサイズが小さくなってる。だからこの部屋に入ってこれたんだろうけど。

 少し前の「生首状態」からはだいぶ再構築が進んだと言っても、まだ完全じゃない。

 外見だけじゃなく鎧の中も所々スカスカのはず・・・だから今回は無茶しないよう、偵察だけしておくように言ったのに・・・

 

「そこに倒れてる、スライム状の奴」

 黄色矢はそこでケラの方を無造作に指差す。

「どうやら再生中みたい。ってことは、私は仕留め損なったってことなんだ・・・はぁ~失敗だな~」

 大げさなほどため息を吐くと、また黄色矢の口調が切り替わる。


「ね、ね、そいつをどうやって攻撃したか気にならない? 気になるよね?」


 こいつ、何を言い出すんだ?


 わざわざこの状況で自分の攻撃方法を相手に考えさせる。

 陽動、ブラフ・・・そうじゃない。

 さっきからこっちのことを意識した言動をとり続けている。

 だったこれにも意味が・・・


「いえ。まったく興味ないです」

 ハガネハナビが勢いよく振った右手の槌が、黄色矢の頭に命中した。


「私の関心は、どんな無様な醜態を強いあなたが見せてくれるのかということですので。あなたの力など何だっていいです」

 清々しい程きっぱりと言い切る。


 ・・・うわぁ・・・

 同じようなことを何度も言ってきたけど、でも言う。

 ・・・正直ドン引きだよ、ヤマメさん。

 問答無用ハンマ―粉砕・・・。


 頭にまともに巨大な鉄塊をぶつけられた探偵は、しかしなお倒れない。

「はあ、あなた。もしかして私の言葉聞いてない?」

 その程度の攻撃など全く意に介することもないのだから。

 ・・・違う。

「っつ・・・」

 血が流れた。

 あれだけ巨大な鈍器で殴打された結果としては馬鹿々々しい程の軽傷。


 だけど私が、「タンテイクライ」が傷ひとつ付けられなかった探偵の身体に、初めて目に見える形で損傷が与えられた。


 でもその程度だった。

 黄色矢はそのことに頓着する様子もなく、なおも自分に追撃の構えを見せた怪人「ハガネハナビ」をただつまらなそうに眺めて。


「なら私もいいや。あなたはどうでもいい」


 そう言うと彼女は消えた。

 来た時と同じく、何の前兆もなく。


「・・・ふむ。行ってしまいましたか」

 索敵をしても、彼女の姿を捉えることは出来なかった。

「どうやらこれで一旦終いのようです、主、そして元主」

「なんかその言い方引っかかるな・・・」

 そんなことを言いつつ、ケラは身体から一本一本木の枝を抜く。

 さっき「癒酒」を飲んどいて良かった。おかげで再生が早くなってる。

 初撃のようだったらそうは行かなかったろうけど・・・あれ。

「ケラ・・・なんで致命傷負ってないの?」

「人が自分の身体治してる最中に、そういうこと言うの止めてくれませんか!?」

「いや、さっきあれだけ撃ち込まれたのに、どれも表面止まりだったから」

 姿をみえない遠方からの狙撃を成功させたのに、至近距離での攻撃で討ちそびれるなんて。


 もしかして・・・それがあれを攻略する鍵なんだろうか。


「すみません、その前にさっさとここを引き払わないといけないようです」

 ヤマメさんがそう言って、思考が急に中断される。

「私が突入した時ついうっかり爆音を鳴らしてしまいましたので。そろそろ人がじゃんじゃん集まってくる頃かと」


「・・・ケラ、一応各種偽装の用意しといて。裏からなら3人でも多分出られる」

 やっぱり私にはまともな推理の真似事は出来そうにないな。色々と忙しいんだから。



「ここで2番目」

 紙の地図と目の前の光景を照らし合わせてから、指定された装置を取り出す。

 これは木に埋め込む、と。罠毎に設置方法が違うのが地味に面倒なんだよね。

 ポイントからポイントへの移動は「加速」で行けるけど。機械を扱う時はそれを切らないといけないから。

 おまけに「土蜘蛛」とやらの目も気にしなきゃならない。

 でも、今更だけどわたしはその組織の人間をまだひとりも見てないや。

 正体不明の異能持ち集団、なんてフワっとした説明だけじゃなかなか想像出来ない。

 探偵以外の異能持ちは、あの怪人たちしか知らないし。

「やっぱりあれと似たような感じなんだろうか?」

 こんな雑な考え方、探偵はしちゃだめなんだろうけど。


 その土蜘蛛、糸追ジキは「遥か上から」蛇宮ヒルメを見ていた。

 全身を異形に変異させる「怪人」とは異なり、人間の姿のまま、身体から巨大な蜻蛉の尾や羽が生えている。

 航空力学を力業でねじ伏せるような精密性で、わずかな羽音も出すことなく空中に静止し続けている。

 それにより、気づかない真下の探偵を監視することが可能になった。


 眼で見るだけじゃない。

 もちろん彼女の最大の武器である耳はあらゆる音を拾っている。


「何と比べてるかは知らんが、侮られるのは面白くないの」

 だったら格の違いという奴を見せればいいだけの話、じゃな。


 そのまま流れるよう右手を突き出す。


「ほら、まずは逃げろよ、新参」


 その掌から「弾丸」が発射された。




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