黄色矢リカは笑顔で殴る
狙撃された。
ここは宿の2階、窓を貫通して撃ち込まれたこの「ただの木の枝」がケラの胸を射抜いた。
さすがにこのままだとまずい。
「ヒフミさん・・・」
「喋らないで!」
「荷物・・・そこに『胞子』・・・」
「胞子」
鍵織バララ、ヒャクメホウシの持つ「持ち出し可能」な胞子のうちの一つ。
「
なんで酒なんだとか、「百眼」と全然違う名前で一貫性がないとか、そういう野暮なツッコミは今はどうでもいい。
肝心なのはその能力。
「あった・・・この量ならぎりぎりいけるはず・・・!」
それを丸ごと傷口に散布する。
出血し続けていたそこは、胞子が付着したとたんに「肉」が動き出し、傷を塞ぎ始めた。
「
ヒャクメホウシから抽出されたその効果は、怪人化済みの人間が皆持つ自己再生能力を急速に活性化させること。
特に本質的に不定形の「カオトバシ」ならその効果は絶大。他の怪人なら致命傷に成り得る外傷からも回復可能。
「それでも、効き具合は不安定な面があるから、過信は出来ないけどね」
今回は上手く行ってるよう。そもそも不意打ちされたのが路上とかだったら取りに戻ることは出来なかっただろうな。
本当に手が届く場所にこれがある場所で良かった。先の戦いといい、ケラって変な所で悪運があるんだから。
それは私もか。
「ヒルメ、そして鏃。きみたちにやってもらいたいことはわかったかい?」
「はい。罠の設置、ですよね」
起動すれば周囲の人間を絡めとる網。鋼鉄も貫く程の矢を発射したり、踏めば即座に電流が流れる装置。
いくら能力持ち相手でも、これだけの種類があれば、動きを止めるくらいなら十分期待出来る。
問題は多数の機械を設置すること。
あまり目立った動きをすればどこから気付かれるかわからない。
「だから、私が『加速』して、素早く単独で撒いてくればいいんですよね」
「中には自壊装置がないものもある。そういうのを後で回収する為に、場所はしっかり把握しておかないと」
昨日配られた冊子の該当箇所。
街の周辺の森に付けられた様々なマークを示しながら、フシメ兄さんは言った。
「確かに。罠が使われないまま残されると無関係な人に被害が出ますからね」
一応襲撃が終わった後のことも考えてるんだ。何だか意外。
「まあ、そんな心配はない。この蛇宮フシメが罠を仕掛けると決めた。なら全てに意味がある。何故ならここは神が統べる正しい世界なのだから」
訂正。やっぱこの人頭蛇宮だった。
「とにかく、ちゃっちゃと行ってこの地図の場所に指定された機械を置けばいいんですよね」
「そういうことだ。それで鏃くんには彼女の護衛をしてもらう」
「複数で行動すると、目をつけられないですかね?」
「彼は遠距離能力持ちだ。後方から何かあったら狙撃で対応してもらう」
「そういうことだ。安心してくれ」
狙撃? そういえば鏃の能力まだ聞かせてもらってなかったな。
まあ、どこに何が潜んでいるかわからない森の中、荷物抱えてえっちらおっちら動き回るのは正直ぞっとしないからありがたいけどね。
普段の業務では時木野といっしょに行動することがほとんどで、それにヒフミさんが後ろから指示してくれてるから。
改めて考えると、うちの団って探偵を多すぎる程持ってるんだ。贅沢だよね。
「さて」
落ち着いて、切り替えよう。
撃たれたケラはこれでいい。
次は撃った方だ。
「ヤマメさん。こっちは凌いだ。黄色矢は」
「今ドローンを出してます・・・いました。すごい勢いで街の方に戻ってます」
「そんなに速く」
「身体能力の強化自体は、探偵ならありふれてますが、ただ迷いがない。目的地がはっきりわかって動いてます」
目的地、つまりは標的。
「距離を稼がれた。主、撃ちますか」
「ダメ。あなたの攻撃は目立ち過ぎる。フシメや第11の連中を呼ぶことになる」
今の時点でそれは避けないと。ただでさえ戦いになったらブレーキ壊して突っ走るのがヤマメさんなんだから。
「どのみち彼女が向かっている場所は、ここしかない」
今の「狙撃」は確かに速かったけど、ぎりぎり致命傷を免れた。
黄色矢リカがどうやってこちらの位置を探知したのかはわからないけど、一撃で終わらせるつもりはなかったんだ。
だからこそ、彼女は全速力でこちらに移動している。
ターゲットに確実で決定的な止めを刺す為に。
あ~何だかここからでも殺気というかそんな感じのものが伝わってくる。
こういうのはもっと早く感知しないと意味ないのに。
「別に僕たちが肝心な所でポンコツなのはいつものことでしょう・・・」
床に倒れたまま再生している
「ケラ、大丈夫、いけそう?」
もう血は止まってるけど、さっきのはかなり深かった。心臓にも達していたから、胞子の助けがあっても簡単には再生出来ないはずなんだ。
「・・・はい。ヒフミさんあなたが素早く撒いてくれたおかげで」
口調だけはもういつものケラに戻ってきたけど、それでも顔が青くなってるのは隠せてない。
回復途中で悪いけど、『変化』頼む。そう、最低限自衛出来る形で」
「・・・動きが鈍くなってますんで、あまり積極的な援護は無理そうです」
「問題ない。私が何とかするから」
人の姿から花のような白い鎧をまとう怪人「タンテイクライ」に変貌しながら答える。
その両手に装着された刃も相まって、ハナカマキリを連想させる姿の怪人形態。
だけど、戦闘能力持ちの探偵相手に真っ向勝負は分が悪い。
ジキにも言ったけど、私はそんなに武闘派じゃないんだ。
むしろ策略型で、こう余裕をもって・・・くそ、余裕ぶってたらこれだよ!
はぁ~結局否応なく探偵と戦うことになってしまった・・・何でこうなるんだろ・・・
黄色矢リカからしたら獲物が油断してふんぞり返ってる時こそ絶好の狩りのチャンス。
どっかからこれを見ているであろうジキたちにとっては、自分たちは血を流すことなく厄介な敵を排除することが出来る。
何だ、私たちだけ都合の悪い展開になってるじゃない。不愉快だな本当に。
「不幸中の幸いは、こっちが待ち構える側ってことか・・・」
黄色矢リカがここに到着する僅かな時間の間に、ケラへの指示は出しておいた。
後は向こうの能力だ。
木の枝を投擲して、正確に胸を貫く。
相手が警戒していたのは、間違いない。
でもここまで位置を把握するのは別だ。そもそも私たちが土蜘蛛と接触したのは昨日が初めて。
こちらの存在自体まともに知らないはずだったのに。
そう、そもそも何か別の作業をしていたとヤマメさんは言っていた。
それを中断して。いきなり攻撃・・・
いや違う。
最初から私たちのような存在がこの街にいるか、探るのが目的だったとしたら。その為の作業が終わって、私たちを察知した?
だったら何かのセンサーを。
私がそこまで思考したのと同時に、宿の前に黄色矢リカが姿を見せた。
窓の陰からチラリと見る。
・・・? 何だか「ブレている」?
身体の輪郭が曖昧で、幻のよう。通りを行き交う人間も彼女の姿は見えていないようで。
「まるで幽霊みたい・・・気味が悪い」
そんな愚痴を言ってってもしょうがないけど。何だか私っていつも変なのばっか相手にしてる気がする。
武器は持っていないようだった。マジに木の枝だけ持ってここまで駆けつけてきたんだろうか。
原始的過ぎるでしょ。
「見つけた」
その声は思ったより近くで聞こえた気がした。
「っ!」
黄色矢リカは素早かった。通りに面した宿の壁面を駆け上がり、そのまま窓から室内に突入する。
ケラ、何でこの部屋をとったんだ。こんな場所にあるから、あっさりと探偵にアクロバット侵入されただろ。
黄色矢リカ、あんたももう少しスマートというか、まともな方法で入室して欲しいな。一応探偵だろ。
「・・・まあ、私の知る奴でまっとうにエレガントな探偵なんていないんだけどね」
自分含めて。
「二匹いて、これはお得かな!」
徒手空拳のまま、いきなり踏み込んで攻撃してくる。
木の枝の装備ですらなかった。
ステゴロかよっ!
「でっ!」
両手の刃でそれを防ぐ。普通なら殴った拳が裂けるはず。だけど結果はその逆。
「・・・・!?」
刃が欠けた。
傷ひとつ追わないまま追撃を加えてくる探偵。
「アハ! いい感じに割れたよねえ!」
「良くねえよ!」
思わずそう返しつつ、横に跳んで回避する。
「ハハ! 動くんだ!」
そう言って何が楽しいのか黄色矢は笑う。
事務所で顔を合わせた時は単なる陽キャだと思ってたのに、今は戦いでハイになってるようにしか見えない。
戦闘狂、バトルマニア属性だったのか。見抜けなかった
そう思ったのに。
「・・・なら、確実に行かないと」
一瞬で口調に変わった。
「はぁ~めんどくさい。さっさと潰れて」
「はい、そうしますって言う訳ないだろ!」
ダウナーにキャラ変更するな。微妙に小物っぽい返しになっただろ。
何だこいつ。
解離性人格障害だか何だか危ない奴・・・を演じてる。
そう言うとアホっぽいけど、つまりそれだけ相手の目を意識してるってこと。
蛇宮フシメの場合顕著だったけど力の強い奴程、根本的にこちらの心情に無関心になる。
象が踏みつぶす蟻の心に思いを馳せるはずがないだろ。
でもこいつ、黄色矢リカは違う。
まともに戦えば探偵より弱いはずのこちらを嵌めようと演技をしている。
思考を操作しようと試みてる。
こういうのがやりづらいんだ。
そういう搦め手はこっちの専門分野だってのに、探偵が使うなよ。それは横紙破りってもんだろう。
馬鹿みたいに強大な暴力を振るう相手より、こんな何をするかわからない奴の方が怖いんだよ。
「アハハ! よし、次行ってみようか!」
また速攻で切り替えてきた。もういちいち返事してあげないから。
その余裕もなくなってきた。
「そこ、ほら防御しないと危ないよ」
砕かれる。
再生し、構えた刃が、黄色矢リカに触れられるだけで壊されていく。
明らかに異常なことが起きている。私がその事態を理解する前に、崩れた守りの外から相手の手が首に届いた。
あ・・・これはまずいな・・・
「じゃあ、先にあなたから」
そう言って、彼女はクイっと首元を掴んだ。
「怯えたまま、消えてね」
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