先制攻撃
「おっはよ。ヒルヒル!」
朝からテンション高いなこの人。こっちは昨日遅くまで書類読んでたおかげでまで眠いってのに。
「おはようございます・・・早いですね、黄色矢さん」
「今日は色々することがあるからね」
そうだった、確か「下見」とかだっけ。
「私の能力には下準備が必要だからね」
「実際に動くのはまだ日数があるのに、もうそんなことやるんですか?」
彼女の能力の詳細はまだ聞いてないけど、早すぎると後から壊されたりしないんだろうか。
「まあ、準備って言ってもそんなに大げさなことをするんじゃないよ。外からはよっぽど注意しないとわからないし」
「普通の人は気付くことがないって訳ですか」
「それに何より仕掛けを施す場所が結構多くてね。今からやっておかないと当日に間に合わなくなる」
忙しそう。それなのに昨日は私に付き合ってくれたんだ。もうちょっと愛想よくするべきだったかな・・・でもなんか距離感おかしいんだよねこの人。
「何かわたしに手伝えることはありますか?」
「ああ、ありがと。でも私じゃなきゃ作業出来ないんだ」
「そうですか」どんなことするんだろ。
「ごめんね? 折角ヒルヒルが申し出てくれたのに」
どうでもいいけど、黄色矢さんの中でヒルヒルって呼び方もう完全に定着してるんだ。他に言ってる人もいないのに。
「まあ、あなたは団長の方を手伝ってあげて。彼、わたしよりきっと忙しいだろうから」
「・・・そうですね」
言ってることはわかるんだけど、何だかな。顔合わせると気まずいんだよね。完全に個人的な事情だから口には出さないけど。
「きっとフルフルも妹さんの前でカッコいいとこ見せたがってるからねっ!」
絶対そんなこと思ってない。
「出てきました・・・『黄色矢リカ』、ひとりのようです」
部屋の中央の机に置いた通信機からヤマメさんの声がする。
「という訳でケラ、行こうか」
「本当にあの人の言ったことを信じてるんですか?」
「仕事をしたら、向こうの技術を教えてくれるってこと?」
あのジキって人は、正直胡散臭く見えたけど。それだけで判断しちゃいけないし。
「まあ、わざわざ自分たちの弱みを伝えてきたのは、土蜘蛛・・・って呼び方でいいか、彼女たちなりの誠意って奴なんじゃない?」
土蜘蛛という名前は探偵の側が勝手に名付けたものと思い込んでたけど、どうやらジキたちも自分たちの組織をそう自称しているらしい。
・・・いいのかな。
向こう側の伝承では、それは敗者を指し示すものだと知っているだろうに。
黄色矢の能力の詳細は、『土蜘蛛』もわかっていない
「ただ確かなのは、ジキや彼女の仲間とは相性が悪いことと、戦えば相当な被害を覚悟しないといけない相手だってことですよね」
「そう、だから私らの手でやれと。向こうはそう言ってる訳よ」
自分たちの手を汚さないで、障害を排除させるやり方で気に入らないけど。
「・・・別にご丁寧に最後までやる必要はないでしょ」
「どういうことです?」
「黄色矢って探偵の何が厄介なのか見極めてからでも、遅くないってこと」
そもそもの話、私たちにとって今回の目標はあくまで土蜘蛛との接触。
一応これまでも外部の組織との繋がりを作ることは考えてたんだけど、私が第11の作戦に参加することになったついでに彼女たちに会おうと決めたんだから。
「まあ、敵の敵は味方とは言うけど、私たちが今の時点で件の黄色矢や蛇宮フシメを相手取る必要はないし」
前回の私たちの行動は全て、名探偵という標的や、こちらに害を及ぼし得る相手を消す為のものだった。
でも今回は違う。探偵としても怪人としても私が戦う理由がない。
「探偵のお仕事でここに出向したことはなかったことになってるんですね・・・」
「失礼な。ちゃんと断ったから」
「ただの職務放棄ですよ、それ」
一応無茶な行動に部下を巻き込まないっていう名目があったんだけど。ヒルメは結局残って私だけが投げ出した形になったのは・・・しょうがない、よね?
「とにかく話を戻すと、様子を見て、ここの探偵たちが私たちにとって脅威となる可能性があるなら、早めに潰しておく」
「そうじゃなかったら?」
「絡まれないうちにさっさと逃げ出す・・・いや探偵、芦間ヒフミはヒルメのフォローしとかないと・・・」
正直めんどくさいな・・・でも放っておく訳にはいかないし。
「そうしたら『土蜘蛛』の怨みを買いません?」
「わざわざ私たちの相手する暇はないでしょ」
何だかんだ結構な歴史のある組織っていうのは本当らしいし。つい最近出来たばかりの私たちなんて眼中にないはず。
「そういうの、希望的観測じゃないですか?」
いちいちうるさいな・・・自覚はあるよ。こう考えないとやっていけないんだから。
「ここでウダウダ言ってっても仕方ない」
ヤマメさんにはさっきから黄色矢の動きを遠方から監視してもらってる。
一度様子を聞いてみようか。
「あの、ヤマメさん? 彼女今どうなってます?」
「はい。街の外の森にいます」
森の中?
「偵察・・・にしては警戒心がなさ過ぎるようです」
「場所は?」
「昨日『土蜘蛛』から伝えられた『襲撃予定地点』からは、やや離れた場所ですね」
ジキたちはこの勢戸街の近郊に施設をいざという時の囮を含めて、いくつか分散して設置しているらしい。
さすがに中枢の場所までは教えてくれなかったけど、今度の襲撃で狙われるであろう末端の箇所だけは昨日の内にこっちに伝えていた。
地図の上に雑に落書きした程度でわかりにくかったけど、そういうのは私よりヤマメさんの方が得意だから問題なし。
「あ、動きがありました。彼女は何か設置しています」
「置いたものは見える?」
「ここからでは・・・木が邪魔で。もっと接近しますか?」
「いや、万が一にも見つかったらダメだから・・・」
「今の所全くこちらには気付いてないようですけど」
「それでも駄目。無理しないで」
「了解です」
あの名探偵との闘いといい、ヤマメさんって放置すると制限なく無茶をする性格だから、こうやって釘を刺しとかないと。
まあ、身体の大部分を作り直した人間をこうして働かせてる時点で、こっちも大概なんだけどね。
「それで、どう? 黄色矢リカ。あなたから見て彼女、本当にジキが言う程強く見える?」
「私見ですが、そこまでとは。所作などから判断するに、身体能力等もごく平凡なものです」
「そういうものなんだ」
「能力は見ないことにはわかりませんが・・・これでも人を観る目には自信があるのです。好きこそものの上手なれ、ですね」
この人の場合、その好きなことが色々アウト寸前なんだけど。
「どうしますか?」
「動くにせよもう少しだけ、様子を見てから」
ヤマメさんだけに任せるのも不安だけど、それより黄色矢リカのことをもっと知りたい。
今彼女がしている行動にも、何か意図があるんだろうけど。
「確かに、あの得体の知れない連中があそこまで警戒するんですから・・・」
探偵と真っ向から戦って勝てると言い切ったジキ。彼女の力も未知数のまま、結局ごまかされた。
そんな彼女が脅威に思う探偵。
ヤマメさんは立ち振る舞いを観て黄色矢を平凡と評した。そして彼女のそういう評価は大抵の場合怖いくらい正確だ。
それを踏まえると、肉体面より精神とかそっち方面で崩してくるタイプってことなんだろうか。
だったら、私たちの同類ってことだ。
「力押しで潰しにに来る敵よりも、コソコソ陰で動く奴の方が何をするかわからない分、正直怖いですよね」
「まあ、まだ戦わないって選択肢を選ぶことは出来るし。このまま最低限の情報だけ得て撤収してもいいと思うけど」
何度も言うけど、私たちに付き合う義理はないんだし。
「・・・主、動きがありました」
その時通信機からヤマメさんの声がした。
「彼女は今、何かを拾い集めてます」
「拾うって、そこの地面から?」
「はい。あれは・・・木の枝です」
「枝って、そこらに生えてる森の木の?」
「そのようです・・・あ」
「ヤマメさん?」
「今、手に持った枝を一本投げた・・・主!」
通信機から聞こえる声が、急に緊迫したものに変わった。
「黄色矢の姿が消えました」
「今見てたって」
「はい、目を離したりはしてません」
高速移動・・・ヒルメと同じような力?
ヤマメさんに気付いて逃げたんだろうか、彼女に攻撃もせず?
「ケラ、武器を持って・・・ケラ?」
隣に居た彼に声をかけても返事は返ってこない。
姿も見えない。
「ヒフミ、さん・・・」
丙見ケラは床に倒れていた。
その胸には槍のように木の枝が刺さっている。
「お前・・・っ!?」
何だこれ。見えなかったのに。
私が狼狽している間にも傷口からは血が流れ、絨毯を赤く染めつつあった。
赤く、赤く、真っ赤に。
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