指揮個体

 かつて「ハルワタト」という国があった。

 人間と異種族を合成し、肉体、精神の両方を大幅に向上させ同時に様々な用途に合った兵器として運用する合成兵士技術。

 倫理のブレーキを2、3取っ払った結果生まれたその「魔法」によって、ハルワタトは旧世界でも屈指の軍事大国となる。


 後に名探偵「井草矢森」となるひとりの来訪者により一群が縊り殺され壊滅するまで、少なくとも大規模な会戦で決定的な敗北の記録がないということは、その技術が周辺諸国にとって脅威であったかを雄弁に物語る。

 この国が、奇しくも世界の支配者が変わる過渡期に達成したのが「司令個体運用技術」

 合成兵士たちは個体毎に性能や能力がバラバラで、概して気性が荒々しくなるという性質上、単体もしくは少数での運営が常識とされていた。

 その常識を覆し、種類の異なる兵士からなる師団を形成した上で、ここの性能を十全に活用した集団戦を行う、画期的な技術技術。

 その要となるのが、統率を行い戦術指揮を行う「女王」である。


 井草矢森と遭遇した八級アリメなどは自身も高い戦闘能力を有し、かつ広範囲に渡って様々な能力を持つ個体群の指揮を行うことが可能であった。


 人間を改造する技術自体は「鍵織」などに受け継がれた一方、「女王」による群の統率という運用方法もある集団に継承されることとなる。


「それが『土蜘蛛』ってことですか?」

「ええ。『女王』を核として、改造手術を施した戦闘員及び使役している化外により構成された組織です」

 技術のルーツ、構成まで把握してるんだ。すごいな。

 それだけ『土蜘蛛』とは長くいがみ合ってるってことなんだろうか。

 しかし「ハルワタト」、そして「八級」か。

 予想はしてたけど、想像以上にうちとも関わりが深い所みたい。

「その『女王』が『蜘蛛の親』なんですか」

「少なくとも今の組織のトップはそう呼ばれていますね」

 トップが親か。そりゃ頭と指揮官が同じなら色々とやりやすいだろうけどさ。

「そこまでわかりやすい話ではないでしょうが」

 本当に「女王」周りの技術を使ってるなら、脳にあたる個体を潰せば指揮系統はかなりの損害を受ける。

 だったらそこを狙うのは道理。

 問題は、それは当然向こうも防衛するということで。

「・・・場所、わかってるんですかぁ?」そうそうわかるはずもなし。ヒルメも半信半疑みたい。

「大まかな場所は」

「わかってるんですか」すごいな。

「探偵ですから」理由になってない。

 だけどフシメ団長は自信満々で言い切った。

 長年抵抗し続けていた厄介な相手を討つというのに、その口調は確信に満ちている。失敗を恐れないというよりそもそもそんなことを考える必要がないかのように。

 なるほど。


 だったら団長代理として私が言うべきことはひとつしかないよな。



「聖屋さんは明日、入るんでしたよね」

「ええ、所用を済ませてからだそうで」

 所用・・・あんまり詳しいことは聞いてないな。ヒルメさんは把握してるんだろうか?

「東門で先方と会うのに、間に合うでしょうか?」

「夜までには合流出来るそうです」

 あの人は外見はチャラいですけど、なんだかんだで時間はきっちり守るんだよな。

「まあ、最悪間に合わなかったら、僕とあなたで行けばいいかと」

「そうなったら、あなたとカップル、同類扱いされるかもしれないんですね・・・・」

 露骨に嫌そうな顔をしないで。

「それで『土蜘蛛』、我々の味方になるでしょうか」

「『拾人形』は二連続で『探偵殺し』を成し遂げたんです。怪人界隈ではそれ相応に評判になっているかと」

「胡散臭い業界ですね」

 僕が考えた呼び方じゃない。

 名探偵側と戦う組織にも、様々な種類がある。それらの勢力は、いつしかまとめて「怪人」と呼ばれるようになった。

 まあ厳密に能力や技術で言えば、うちが一番正統派なんだけど、その辺は深くこだわるとややこしくなるからな。

 妥協は大事・・・話を戻そう。

「三顧の礼とまではいきませんが、向こうも僕たちは邪険に出来ないはずです」

 井草の二柱を屠ったというのは、実績としては大きすぎる。

「まあ、それも元主の希望的観測では」

「そりゃそうだけど」前からそうだったけど。この人僕に対して特に毒吐くな。

「聞いた話、『土蜘蛛』は組織としてかなり歴史があるんでしょう」

「うん」

「それに比べれば、活動期間が2年程の私たちはぽっと出の新参に過ぎません」

 そんな泡沫が。

「名探偵を二柱葬った。まあ普通なら目障りな話ですよね」

 素直に偉業を称賛して済むようには、残念ながら物事は単純にはいかないのから。

「何とかして足を引っ張って、こちらをうまく懐柔して上手く取り込もうとするかと」

「普通そうなりますか」

「はい。元主」

 そこで意味ありげに言葉を切って、かつて僕の所で働いていたメイドは続けた。


「あなたの家、『丙見』がそうであったように」

 いきなりデリケートな話題に無造作に踏み込む・・・相変わらずこの人ペースというか、方向性がわからない。

 ま、言いたいことはわかるけど。

「その家のドロドロで一応は鍛えられたんです。」

 不本意ながら、だけどさ。

「向こうだけがうまい汁を吸おうとしても、そうそう好き勝手はさせませんから。安心して下さい」

「不安ですね」

「即座に断じますか」

「滅茶苦茶不安ですね」

「繰り返さなくていいです、わかってますから」

「というか元主に腹芸諸々は無理では?」

「それは自覚はありますけど・・・そうきっぱり言われると・・・」

「嘘はつけないので」

「そうでしょうね」こういう人なんだ。



「言葉を弄せるほど器用でないので、第19探偵団団長代理として率直に言わせてもらいます」

 説明を一通り聞いた後、私は目の前のフシメに向かって口を開いた。


「第19探偵団として、私と蛇宮ヒルメはこの作戦には協力出来ません」


「女王」「蜘蛛の親」

 それを討てば「土蜘蛛」の指揮系統は瓦解する。


 私たちはここに来て初めて作戦の詳細を説明されたのも機密保持が理由。

 遠隔通信では抜かれる可能性があるから、掃討作戦の詳細は明かせなかった。確かにこんな重要な情報は不用意に明かせないな。

 その上で言わせてもらう。


「こんな適当な作戦、上手くいくはずがない」

 それが私の偽りない感想。

 探偵を分散させて、「頭」があるであろう場所を同時に攻撃する。

 そんなのは雑過ぎる。

 それだったらまだ、能力持ちをまとめて適当に突っ込ませた方が、戦力が分かれてない分成功確率が上がるだろうに。

 場所が絞れないなら虱潰しに潰せばいいし。

 それとも蛇宮フシメとまだ会っていない探偵は、よっぽど自分に自信があるんだろうか。

 適当な作戦でも問題なく勝てると確信出来る程度には。

 神様の加護っていうの? でも私は違う。

 そんな楽観的にはなれない。ギリギリの綱渡りが平常なんだから。


「団長として、みすみす大切な部下を危険に晒すことは許されないので」

「ではどうすると?」

 ? 変なことを言うな。決まってるじゃないか。

「帰ります」

「・・・ええ・・・」

 ヒルメ、そんな顔しないで。私が非常識みたいに見えるから。

「では失礼します」

「・・・・あの、団長」

「何?」

「わたし、残っていいですか?」

 え。

「その、あくまで団長が許可していただければ、ですけど。この人たちの作戦に加わりたいなぁ、と」

「・・・別にいいけど」

 いや、ちょっと待て。つい勢いで言っちゃったけど、何でそうなる?


 ヒルメは蛇宮を嫌っていたはずなのに。


「ありがとうございます」

 何だかほっとした様子でヒルメは言った。

 その兄の方は・・・どうだろ。感情が読めない・・・

「私は協力出来ない。あくまでも蛇宮ヒルメという探偵個人の判断ということでいい?」

「はい。それはわかっています。責任は果たしますんで、ヒフミさんたちには迷惑はかけませんから」

 そうあっさり言われると調子狂うな・・・

「あなたは先に迦楼羅の方に戻っててください」

「うん。わかった」


 でもこれだけは言っておかないと。


「蛇宮フシメ。第11探偵団団長殿」

「何か?」

「うちの大事な部下を預けるんです。その信頼を裏切るような真似はしないで下さいね」

「無論」


 フシメは他の言葉と同じように、きっぱりと言い切る。


「探偵、そして蛇宮の名誉にかけてこの作戦をこのヒルメと共に成功させます。名探偵神の加護の下に」


 名誉に、神の加護か。どっちも私には縁のないものだな。

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