接触

 半端な能力であっても、探偵として化外と戦い人を守ることには意味があると信じていた。

 そんな自分を使ってくれる第19探偵団の仲間の為。それが大義だと思っていれば、何も考えずに空っぽのまま力を行使出来た。

 だけどそんな幸福は続かない。


 あの日。隊長にとって他の部下などは文字通り供物に過ぎないのだと知った。

 あの時。怪人の誘いに乗ったわたしは仲間を欺いたまま口をつぐむと決めた。


 それからのわたしは力だけでなく内面まで宙ぶらりんで、空っぽですらない半端なままなんだ。


「そんなことはない。ヒルメ、きみは私の役に立つよ」

 わたしが内心で自嘲しているのに、それを無視するようにフシメはそう繰り返す。

 肉親の情でそう言ってるんじゃないよね。

「そうするのが神の御意思なのだから」

「わたしを役立たず扱いしておいて。今度はその言い草。名探偵の心ってのはずいぶん浮ついてるんだ」

 あえて不敬なことを言う。

 そんな憎まれ口にも、相手は全く動揺しない。

「名探偵は全知にして全能。全てに意味がある」

 当たり前の自然法則を語るように、迷いなくそう言い切る。

「無論ヒルメ、きみの存在や行動もその御心に沿うものなのだよ」

 そう言う彼の目はこちらをまっすぐ見つめているようで、その実何も見ていないから。


「はぁ・・・・フシメ兄さんは相変わらず蛇宮なんだ」


 名探偵は全能神である。その敵対者すら全ては神の計画から生み出された。

 蛇宮の教義はそう心の底から信じるもの。

 この世界で起きるあらゆる出来事、虫一匹草一本から細菌まで、全ては名探偵が名探偵の為「かくあれかし」と望み、旧き世界を変えた結果。

 だから名探偵に間違いはない。

 その勝利も、敗北すら大いなる意思の生んだものなのだから。

 これが蛇宮の考え方。


「まあ、ヒフミさんの為にも、出来ることはするから」

「そう言ってくれると知っていたよ」

「知っていた」信じるのでも予想するのでもなく、全てはそう決定されているからそう言える。


 やっぱりわたしは、蛇宮に馴染めそうにない。



「街に入ってすぐ、頭の中に声が響いたんです」

「わかりました。病院は何処でしたっけ」

「そうじゃない」


 宿屋の一室。苦労して別々に勢戸街に入り込んだ僕とヤマメさんは合流して話し合っていた。

 ちなみに彼女はいつも通りメイド服。目立ちまくってるのにここまで誰もツッコまなかった・・・いいんだろうか。

 まあいいや。

 盗聴の類は軽く調べておいたから、この街で話し合いをするのは専らこの部屋の中で行うことになりそう。


「あちらの組織からコンタクトがあったってことです」


「向こうから?」

 こんなに早く反応があるのは予想外だったのか、ヤマメさんもさすがに驚いた声を上げる。

「『土蜘蛛』の名前は出してませんでしたけどね」


 ー「擬態型。明日の夜、東門で」-

 街に入って、宿屋を探す僕の頭の中でその声が響いた。


「元主、それはあなたが疲れていたからでは?」

「ややこしいから話し続けていいですか?」

 何でこういう時に限って気を使ってくるんだ。嫌がらせにしか思えない。


 最初どこかにスピーカーでもあるのかと思ったけど、人ごみの中でその声は僕にしか聞こえていないようだった。

 脳に直接語り掛け、人を惑わす化外がいると聞いたことがある。もしくは探偵怪人異能の類か。

 ま、それは今どうでもいい。問題は内容だ。


 ー「そちらはふたりまで」ー


 それで終い。その後どんなに聞き耳を立てても、聞こえるのは街の喧騒だけだった。


「聖屋とケラ、あなたたちが行くべきでしょうね」

「即断ですか」

「いつまでたっても無視されてたら、こっちが馬鹿を見る所だったからありがたい話です」

 さすが決めるべき時はきっちり決めるメイド。こういう時は判断が早い。

 長年影に潜んで活動していた秘密主義の組織は、逆に言えば表に出るべき時はわかってる。


「私はあなた方の動きが感知出来る範囲ギリギリの場所に待機しておりますので」

 ・・・バレたらまずいだろうか。

「指定された場所に実際に行くのはふたりだけです。問題ないかと」

 そうかな? そういうものか。


 口には出さないけど、ヒフミさんは当分向こうの事務所から離れられないから、3人でやるしかない。


「問題はあちらが本当に『土蜘蛛』かどうかでしょうか」

 ヤマメさんの疑問はもっともだ。

「僕のことを『擬態型』と呼んだんです」


「カオトバシ」をさして第19探偵団で使っていたのが「擬態型」取り合えず、能力をそのまま呼称に使ってるからわかりやすい。


「そこらの人間が、その素顔まで知ってるなんて考えられない」

 これでも機密保持には気を使ってるんだ。

 何かと潜入する機会があるから、顔が割れてちゃ話にならない。

 それ相応の諜報能力を持たないと、街に入った直後にこちらを特定するのは不可能なんだ。

「そして相手が敵対する気なら、元主はさっさと始末されていたはずですよね」

 変幻自在の「カオトバシ」は、逃げに徹されたら厄介な怪人なのは明らかだから。

「さらっとひどいこと言いますね」・・・まあ事実だけど。



 ふたりが延々と脱線しつつ話し合っていた宿屋の外にある食堂の一角。

 そこで糸追いとおいジキは聴いていた。



 その怪人が街に入ったことはすぐにわかった。

 心臓の鼓動、呼吸音、体の節々がたてる音。聴覚から得られる情報は存外多い。

「ワレの『耳』だから得られるものだけど」

 かけたヘッドフォンをトントンと叩いて独り言を言う間にも、彼女は宿の一室で交わされている会話を、息遣いまで把握している。

「ワレらの提案、あっさり受けるか『怪人』」

 くるくる、くるくる。長い髪を弄びながら独白を続ける緑の服を着た少女。

「変なプライドがないのはやりやすい。好感度上昇じゃの」

 他に誰もいないとはいえ、言いたい放題、好き勝手に振舞っている。

 テーブルに人がいたとしても、彼女の存在は認識されるはずもないが。


 隠密諜報特化幹部怪人「耳蜻蛉みみとんぼ」が気配を消せば、並の人間に捕捉は不可能。


「『擬態型』、『カオトバシ』というのか・・・どっかで聞いた名前じゃな、後でザザに聞いておくか」

 トントントン。ヘッドフォンを叩く。

 盗聴用装置の類は確かに部屋にはなかった。

 宿屋の外からその部屋の会話を聞くことが出来るジキには、元よりそんなものは必要ない。

「そんでもうひとり、メイドがどうとか聞こえたような。女で、ドレスのような服を着てるようじゃが・・・まさかそのままメイド服を着てるようなわかりやすい話ではあるまい」

 耳だけでメイド服は予想出来ない。

 自分のメイドへの偏愛が耳蜻蛉を上回ったことを、船織ヤマメはまだ知らない。

「まあいい。それ相応の力、持ってるようじゃの『拾人形』」

 ならば、変に待たせるのは野暮だろう。


「『土蜘蛛』のひとりとして礼を尽くして歓迎しようか」


「『土蜘蛛』を殲滅します」

 頃合いを見計らって部屋に戻った私の前で、第11探偵団団長フシメはそう宣言した。

「今回の作戦、いや我々の目的は最初からそれのみです」

 朗々と続ける彼は、どれほど困難であっても問題はないと確信している。

「あなた方が来て下さったおかげで、ようやくそれが実現出来る。それは知っていました」

 何故なら彼は、蛇宮の探偵は神の司祭。全てが神に定められている以上、結果すら問題ない。何故ならすべては神の意志なのだから。


 ・・・やっぱ苦手だなこの空気。

 神のような名探偵。それを神そのものと思い込んでいる狂信者。

 うちの家も大概だったけど、あれとは別ベクトルの飛び具合というか・・・

「・・・兄さん。そのような言い方はあまりしない方が」

「真理だと知っているが、まあいい。そういうことです。芦間団長わかっていただけましたよね」

 寝言は寝て言え。そう言いたいけど自重しないと。

「おっしゃりたいことは、ええ、わかる範囲で理解出来たと思います」


 ヒルメ。普段は邪魔者扱いしててごめん。

 職場でこんな演説ぶち上げられたりしないあなたって、本当に探偵としてまとも過ぎるくらいまともだったんだ、初めてそう思った。

「それで、具体的な話に移ってよろしいでしょうか?」

 この人の聞いてると頭が痛くなってくる。昔周りにいた連中を思い出すんだよ。


「詳細は明日『第8探偵団』から援軍として探偵の方がひとり到着してから、ということになりますが、ええ。目標ははっきりしています」

 そして第11団団長は標的の名前を告げた。


「『蜘蛛の親』ですよ」

 

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