蛇宮の兄妹
「兄といっても、あの人のことそんなに知らないんですよ」
子供の頃はあちこち飛び回ってって中々家に帰らなかったし。その後は私の方が追い出された。
「まあ、フシメ兄は蛇宮の正統派の能力持ちで、一族でも指折りの実力者でしたし」
探偵を生み出す際、蛇宮の家は外界への干渉能力を最も重視していた。その系統かつ高い精度と出力持ちの彼の評価も当然高くなる。
「だから今回のように他の組織に支援を要請しても聞き入れられる訳でして」
探偵を送らなくとも、武器弾薬諸々協力する探偵団は存外多いらしい。単なる団長だったらそうもいかないだろうけど、そこは歴史ある名家の次期当主に借りを作っておくとかそんな所かな。
でも貴重な能力持ちを割いて、今度の掃討作戦に回したのはうちと「8」だけらしい。これは「教育方法」が未完成なままなせいで、蛇宮の立ち位置が微妙さだからだなんだろうか。
まあその責任はわたしにあるんだけど。
「身内だとか、そういう余計な私情は持ち込まないと思いますよ」
その程度には有能なのは明らかだし。
「だからヒフミさんが心配することはないんじゃないですかねぇ」
「私は元から何も不安に思ってないよ」
ただ、と言葉を切って彼女は続けた。
「ヒルメの方はどう思ってるの?」
「どう、とは?」
「お兄さんだけじゃなくて、家の人に長らく会ってないそうだけど」
「別にあの人たちのことなんて、どうでもいいっていうのが本音です」
もしかして、怨んでるとか思ってるんじゃ。だとしたらとんだ過大評価ですよヒフミさん。
確かに以前ならそれなりに思うところはあった。それでもあの事件の後、胸を張って自分を探偵だと言えるほど面の皮は厚くないんで。
「ポンコツ過ぎて家を追い出されたわたしが、今更どうこう言える訳がなんでぇ」
「・・・この際だから、もうちょっと踏み込んだこと聞いていい?」
「何ですかぁ?」
こういうのって内気なヒフミさんにしては珍しいな。でもなんだか最近、この人から妙に気にかけられてる気がする。
「あなたの能力がそこまで使えないようには見えない。少なくとも正面切って戦うなら、並の怪人は敵わないはず」
蛇宮ヒルメの能力は「自己加速」
探偵の基礎的な能力として強化された身体能力で、接近してから繰り出す素早い連打等の威力は、鋼も容易く砕く程。」
また能力が持続している限り高速で移動し続けることが出来るのに加えて、移動瞬間的に最大出力でそれを行使することにより、テレポーテーションのような現象を起こすことも可能。
そんな能力が欠陥品な訳がない。
「・・・誤解されがちなんですけど、うちの家、蛇宮は探偵の強さをそんなに重視してないんです」
堕ちた神、あるいは怪人など「名探偵以外の起源をもつ異能」との戦闘が探偵の主たる仕事だけど。
「名探偵、いやはっきり言うと今この世界で神のような立場にある存在を奉る『司祭』こそが理想像だそうで」
いかに神に仕え、神と人の仲介を行うか。その為の能力の方向性は決まってる。
「不完全なこの世界を神、名探偵に相応しい形に作り替えること。それが最終目標です」
代々「外部に干渉する」力を基幹として自分たちの「教育」制度を作り上げようとしたのもその為。
同系統能力持ちの探偵を、少しでも多く生み出す体制を確立する。数が増えればより一層世界の改変が進むのだから。
「正直今の話を私が完全に理解出来たか自信はないけど、壮大な目標だってことはわかったよ」
「わたしも似たようなもんですよ」
一族の人間でも、その大義を信じてるかと思えば、単なる「性能向上」の名目だと考える人までいろいろだったし。
「でも『追い出された』は大げさじゃない? 強くて便利な能力なのは間違いないし」
「・・・そのあたりはわたし自身も与り知らない微妙な力関係とか、そういうので」
さすがに露骨に話題を逸らそうとし気付かれたかな。
「まあ、ヒルメがそれでいいなら、私が口を挟むことじゃないし。悪かったね変なこと言って」
察してくれたのか、ヒフミさんもこの話題はここまで、としてくれたよう。助かるな。
わたしがこれからも探偵として生きる為に、放逐された本当の理由は秘密にしておかないと。特に芦間ヒフミさんには。
外から見た勢戸街は、迦楼羅街よりも小さく寂れていた。けれどその印象は中に入ると一変する。
いろんな「体系」を混ぜ合わせて、無茶苦茶に手が加えられている。
白木含め複数の国が共同で設立した「全地魔研究所」を中心とし、世界有数の規模で化外の研究を行う都市。それが勢戸街の本当の姿だった。
「って言っても、私たちには関係ないんだけどね」
「向こう側」からもたらされたのではない、数少ないこの世界独自の技術を生み出す。その為にはどうしても人外の存在は避けては通れないのは常識としてわかるけど。
そんな一朝一夕に新しく便利なものがポイポイ開発出来るはずもなし。
さしあたって今考えるべきはこの街の「頭脳」ではなく「信仰」の方。
他の研究所やら工房と同じ白色だからちょっとわかりにくかったけど、何とか私とヒルメは目的地である「第11探偵団本部」に到着した。
歩き回って疲れた~うちもそうだけど、探偵事務所って無駄に奥の方に立地してないといけない決まりでもあるの?
外から攻められた時のこととかあるんだろうけど、日常生活じゃアクセスしにくくなるだけなのに。
「身分証を拝見します」
入る前に門で一回、中でも繰り返し本人確認を求められた。何だかな~
基地で好き勝手された挙句、名探偵が討ち取られたあの騒動がそれだけ尾を引いてるってこと。
それはいろんな意味で私のせいだけど。
「擬態型」がその気になれば、この程度のセキュリティーは時間稼ぎにもならないし。
今私たちの名前を名簿とか諸々で確認してる人が、それを知ることはないだろうけど。
「お待ちしておりました、芦間ヒフミ団長代理」
執務室で私とヒルメを出迎えた蛇宮フシメ団長は、写真とかよりも若く感じた。眼鏡をかけた白髪で、探偵というよりは学者という感じ。
髪の色とか顔つきはヒルメに似てる。確かに兄妹なんだ。
「この度はよろしくお願いしますね、第11探偵団団長殿」
「はい。こちらこそ。こうしておふたりのお力を貸していただければ今回の作戦はきっと成功するはずです」
「・・・・・・・よろしくお願いします」ペコリ、と頭を下げるヒルメ。
彼女が最後に兄と顔を合わせたのは3年前だって言ってたっけ。
このふたり、どんな会話するんだろ。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
何か言ってよ。こっちまで気まずくなるだろ。
「・・・・・・・・・・何なの、フシメ」
「きみも言いたいことがあるだろう、ヒルメ」
何だこの不毛な会話は。すれ違い過ぎて互いの姿が見えてないレベルじゃないか。
駄目だ、先に進まない。
そのままこの部屋で3人で凍り付いてる訳にはいかない。
身内のこういうギスギスした空気は苦手なんだよ・・・人と関わること全般が苦手なんだけど。
こういうことをケラに言うと、またしっかりしてくださいとか好き勝手言われるんだろうな。
それとも意外とわかってくれるかも。あいつ自身散々自分の家族とのいざこざを経験したし。
それがなければ、ケラが私の仲間になることはなかったんだよね。
まあいいや、今はこの場の空気を変えないと。
その為にはこれしかない。
「あ、あの!」
まずった、いきなり大声上げて変な目で見られるか。まあいい、後は一気に言うだけだ。
「兄妹で積もる話もあることでしょう。私はしばらく席を外しますので、おふたりはごゆっくり久闊を叙してください」
そのままスタスタと部屋の出口に向かって速足で移動する。途中ヒルメと目が合った。
「・・・・・・・・・・」
何だよ、
「何を丸投げしてるんですかぁ、仮にもあんたは団長代理でしょう。それをいきなり放棄して。馬鹿なんですか。無責任極まってるんですかこの嫌なことからすぐ逃げるコミュ障女」
と言いたげな視線は。
・・・ヒルメはそんなひどいこと言わない、と信じたいけど。
これは逃げるんじゃない。気を利かせたんだ・・・自分でも割と無理筋とわかるけど。
「ふぅ」
取り合えず何かあったのか聞いてくる職員を適当に振り切って、今は休憩室で人心地着いている。
ヒルメには悪いけど、こういうのは部外者が口を挟む問題じゃないんで。
わだかまりがあるというのなら、、作戦とか諸々成功させる為には最初にしっかりと話し合ってそれを解消しておくべきなんだ。
だから私が丸投げしたのは正しい判断、そう思うことにしよう。
ヒルメとフシメ。蛇宮の兄弟か。
今頃、どんな話をしているんだろう。
兄妹ふたりきり。
兄妹。私の周りにいるマッドなサイエンティストふたりは・・・参考になる訳がない。あれと似たようなのが他にいたら大惨事だ。
ちなみに私はごく最近、弟を名乗る男と斬りあって殴り合ったんだけどね・・・いつもながらあんまり人のこと言えない。
「久しぶりだね、ヒルメ」
「何の用? 兄さん。今更わたしを呼ぶなんて」
「団長から聞いただろう。今度のはかなり大規模な行動になる。能力持ちはひとりでも多く必要なんだ」
「だったらわたしじゃなくてもいいでしょう。わざわざヒフミさんにわたしをを指名したそうじゃない」
身内相手だとついつい口調がキツくなる。
「きみの力なら、役に立つと判断した。それが理由だ」
「落ちこぼれて地方に左遷されたのに」
「左遷だなんて、そういう言い方はやめないか。職場の人に失礼だろう」
よく言う。
蛇宮の人間、特に目の前の男が敬意を訓示するなんて滑稽過ぎて笑えない。
「まあ、それはいいから。わかってるの? わたしなんかを投入してもまともに動けるかわからないよ」
自虐的過ぎる気もするけど、客観的に見て事実だろう。蛇宮ヒルメの能力は不安定で、一族の理想とは程遠い。
それに。
ー「またいつかきみに会いに来る。その時まで・・・」-
あの怪人の言葉が心から離れないのだから。
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