土蜘蛛

「勢戸街周辺の地域には、昔から『土蜘蛛』と呼ばれる集団がいます」

 研究所の一室で、僕は聖屋とヤマメさんの前で、今回の事情を簡単に説明していた。

「といってもその本拠地はもちろんのこと、構成員、組織の規模も詳細は不明なまま」

 一応そういうことは本職の人たちがいくら探っても、まともな情報は数える程しか出ていない。それも今ではとっくに古くなってるというのだから、まあ徹底してるわな。

「はっきりしてるのは百年以上、組織的に名探偵及び探偵、その配下に抵抗し続けているのが、この集団だということです」


 土蜘蛛とは「向こう側」の言葉で「まつろわぬ民」を意味する言葉らしい。


「その集団に攻勢をかける計画が、勢戸街にいる探偵に立案されたそうです。その為には近隣の探偵の力も借りるそうで」

 変な縄張り意識とかプライドとか、そういう面倒なことはどうでもいい。徹底的に相手を駆逐する。そんなやる気があるから厄介、というか迷惑な話。

 おかげで彼女が近付けるのはまあ僥倖だけど、普通代理とはいえ団長を呼びつけて手伝わせるかね?


 まあ、肝心なのはもうひとり、蛇宮の方かもしれないけど。


「という訳で僕たちとしては。ちゃちゃとその襲撃計画を妨害し、土蜘蛛に近づいて、どうにかこうにか恩を売っておくということで」

「所々雑に省いたな」

「省きましたね」

 ふたりから一斉にツッコまれる。

 しょうがないだろう。旗振り役の探偵は秘密主義でいまいち実態が掴めない。一応味方の側の集団すらほとんど情報がないんだから。

 きっちり細かいことを定めているとかえって足元掬われる。


 ただ、そうだな。今の時点でもわかってることがあった。

「これはあくまで噂とか都市伝説の類と思って聞いて欲しいんですけど」

 土蜘蛛、探偵に拮抗する戦力を有する以上、何らかの異能持ちが複数名いるのは間違いない。

 そしてその戦い方についてひとつの伝承がある。

「あれらは『堕ちた神』を操り戦うそうです」



「堕ちた神を兵器として運用する怪人たち集団」

 通信機の向こう側の男はそう言って言葉を区切った。

「それが、今回我々が掃討する相手ですよ、団長代理殿」

「あれら『元』神、精霊とはまともな意思疎通すら困難だと認識していますが」

 ましてや兵器としてまともに扱える訳がない。

「こちらもそれはよくわかっています」

 こちらの当惑は予想通りと言うように、流れるように話を続ける。

「我々『第11探偵団』にしても、神、精霊の研究についてはそれなりの成果を上げていると自負しております」

 第11探偵団。確かにそっちではかなり有名だったような。

「それでも未だ、『霊的存在の兵器転用』は実用段階に至っていないのですから」

 ならば、一介の反政府組織にそのような技術があるなどとは。



「あり得ない、と言い切ることは、私たちには出来ませんよね」

 そう言ってヤマメさんは肩を竦めた

 彼女の考えもわかる。

 旧世界の支配者。異世界から侵入した名探偵たちによってその座を追われた存在。かつての力を失ったとはいえ依然強大な権能を有するものもいる。そんなものが人間に使役されるはずがない。

 だけど、名探偵に関しては、それに敵対する者もそんな常識が通用しないのが平常だし。

 怪人の製法からして旧世界の軍事大国の技術が基なんだから。

「まあ、今のは話半分ということで」

「半分って、じゃあ何もかもわかってないってことじゃないか」

 聖屋の正論が痛い・・・ヒフミさんが招集されてから今まで急ピッチでここまで調べるのに苦労したんだけどな。

「とにかく、それで俺とメイドはどうするんだ?」

 話を戻してくれた。ありがたい。

「ふたりには勢戸街に行ってもらいます。予想では『土蜘蛛』の方から接触があるはずです」

「そんなに都合がいい展開があるでしょうか? いつも通り自分の願望を予想と取り換えていませんか、元主」

 そんな妄想の中に生きてないから。

「・・・特別特急襲撃、及びその後の『迦楼羅街事件』でここの怪人団が名探偵を続けざまに2柱葬ったのは向こうも知っているはずです」

 検閲などの存在を考慮しても、それなりに情報網を持ってると考えていい。

「探偵と戦い続けている以上、向こうもこちらの情報や技術を是非得たいでしょうし」


 噂が本当なら、僕たちの方も色々得られるものはあるはずだから。


「つまり、私たちはあなた方の行う作戦行動に参加するということですよね」

「ええ。当然指揮系統は独立しておりますので、そちらは自由に行動していただきますが」

 なんか譲歩した雰囲気でそう言われても、どうしろと。

 結局向こうに沿った行動以外やりようがないだろうに。

「何分こちらには戦闘用の能力持ちは2名のみでして」

 第11探偵団所属の異能持ち、探偵。

「ほかの団の方々も探偵を回す余裕がないそうで、あなた方以外には1名のみ参加していただけるそうです」

 つまり私たち含め探偵側は5名だけか。

「それでも、正直ひとりも来ていただけないのを覚悟していただけに、ありがたいことで」


 というか、探偵の数云々を持ち出されると、こっちへの皮肉に聞こえちゃうから止めて欲しい。

 そもそもはあの団長とその脳内関係者が、好き勝手に私の職場に入ってきたせいなんだから。

「それで、人選についてはそちらの申し出の通りということで」

「はい。あなたとそれに彼女。『迦楼羅街事件』でご活躍なさったおふたりの経験を怪人との戦闘に活かしていただきたいと」

 私たちはそう言う程、目立つ行動をしてた訳じゃないんだけど。

 少なくとも表向きは。

 まあ、私はともかく蛇宮の方を呼ぶ理由は、まあいろいろあるんだろうな。

「ちなみに、『妹』はこの件についてどう言ってました?」

「さあ。特になにも」

 いきなり振ってこないで。

 そういう身内の問題は前回のゴタゴタで懲りてるんだから。まして他人の事情に何で巻き込まれなきゃならないんだ。

 組織や家の事情。しがらみねえ?。

 私はある意味自分から立場をややこしくしてる自覚はあるけど。



「ではお待ちしています。芦間ヒフミ様」


「ええ。では失礼します。蛇宮フシメ団長」



「蛇宮、ですか? それが向こうの探偵団の団長だと」

「ああ。彼は第19探偵団所属探偵、蛇宮ヒルメの実兄」

 ちなみに彼女は井草の名探偵を討つ時、僕たちと深く関わってる。

 それこそ探偵として許されないレベルで、怪人と共闘していた。

 まあ、あの時は状況的にやむを得なかったけど。今の所、探偵として働いている彼女の心中は・・・どうなってるのか。

 それを考えたら不安定な立場のヒルメが、ずっと安定とは程遠いヒフミさんと行動するのは、いいんだろうか。

 怪人としても関わることが多いんだよな、タンテイクライ。


「・・・心配ですね」

 ヤマメさんがポツリと呟いた。

「ヒフミ様、我が主はおかしな人、のっぴきならない複雑な状況を呼び寄せる天賦の才の持ち主ですので」

 そのおかしな人にヤマメさん自身は入ってるんだろうか。

 入ってるんだろうな、そういう性格だし。

「まあ、我々としては探偵同士、身内同士いがみ合ってて欲しいですね。そういうのは見てて愉快・・・いえ、こちらが行動しやすくなりますし」

 慌てて取り繕っても、本音隠しきれてないアレな価値観の持ち主、船織ヤマメ。

「このメイド、昔からこうだったのか? 元雇い主さん」

 聖屋、真顔で聞かないでくれ。

 これでも昔は冷静沈着で実務能力は普通の、どこにでもいるメイドだったんだ。メイドがありふれたものかは知らないけど。

 それをあの人に出会って以降変な方向に内面が暴走、ついでに外も改造しまくって今に至る、と。

 よく考えなくても芦間ヒフミ、あの人いろんな人生のレールを曲げまくってる。


 そして今その影響を最も受けているのが誰なのかは、まあ明白だろう。



「終わりましたかぁ」

 通信を終えて部屋を出ると蛇宮が声をかけてきた。

「うん・・・本当に何も言っておかなくてよかったの?」

「はいぃ。あの人たちに今更用はないですよぉ」

 あの人たち、蛇宮一族のことか。

「まあ、そっちもいろいろあるんだろうから、詳しくは聞かないけど」

「ありがとうございます、あ、でも安心してください。仕事に私情は持ち込みません。基本ですし」

「え。ああ、うんそれは大事だね」

 ごめん。現在進行形で自分の為に立場を利用しまくってる。もちろん私情盛盛で。

 まあ。言わなきゃバレないか。

「あ、そうだ。忘れる所だった。蛇宮くんって言い方、向こうだとややこしいからこの際あなたは『ヒルメ』呼びでいい?」

「もちろんです。私はずっとヒフミさんを名前呼びですし」

 それは同じ芦間の団長がいるからで・・・いや関係ないか。蛇宮、いやヒルメは人との距離ガンガン縮めてくるタイプだし。

 私はちょっと、いやかなり苦手だけどね、そういうの。

「じゃあヒルメ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「何です? なんでも聞いてください」


「蛇宮フシメ。第11探偵団団長であるきみのお兄さんについて教えて欲しい」

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