陽キャとツンデレ
「じゃあ。私本当に戻るから」
「街の入り口まで送らせましょうか?」
「結構です。そんな時間があるのなら作戦の方に回して下さい・・・妹を失いたくはないでしょう」
それだけ言って私は部屋の出口に向かった。
最後にヒルメの方を見る。あれは、何か言いたげな顔をしているんだろうか。
でも、伝えたいことは声に出してくれないとわからないよ。
頭の中に入り込んで知った風なことを言えるあの子とは違って、私は人の気持ちを察するの苦手なんだから。
「いいのかい?」
ヒフミさんの姿が扉の向こうに消えた後、フシメはわたしに尋ねてきた。
「問題ない。わたしが決めたことだから」
本当にヒフミさんが帰ってったのはちょっと、いやかなり予想外だったけどね。あの人割とよくフリーダムな行動するよね。
彼女らしくて、嫌いじゃない・・・恥ずかしいから言わないけど。
まあいいか。
「私の為に作戦に参加してくれるとは、心打たれたよ、ヒルメ」
特に感動したようには見えない、当たり障りのない表情で、わたしの兄は平板な調子の口調で白々しくそう言ってきた。
「誤解しないで欲しいな兄さん」
さすがにここははっきり訂正しておかないと。
「わたしがあなたに協力するのは、怪人を討つ為だけじゃない」
もちろん戦うからには勝利を目指すのは当然だ。でもそれはあくまで前提条件。
わたしがここでしなくてはならないことはひとつ。
「あなたや蛇宮。徹底して名探偵に帰依した人間が周りに迷惑をかけるのを見過ごせない」
過ぎた信仰ががどれほど迷惑なのか。嫌と言う程理解している。
「身内としてそれを防ぐことは、わたしの義務なんだから」
「随分なことを言ってくれるじゃないか」
「うん。自分でも正直驚いてる」
前のわたしだったら、ここまで言わなかった。
きっとヒフミさんといっしょに部屋を出てただろう。
だけどもうそんな風に割り切れない。
何も考えずに探偵という役割を果たしていたから、あの日あっけなく切り捨てられた。
その後は生き残る為に戦っていた相手と手を組んだ。
あの事件が終わった後も、わたしだけが中途半端なまま。
だったらもう一度だけ、蛇宮らしく神の為に力を振るおう。そうすれば少なくとも自分が何をしたいのかはわかると思うから。
それに。
「一応、申し訳ないって思ってるんだよ。あなたたちの期待に応えられなかったから、他の連中から蛇宮が舐められたんじゃないかって」
優れた探偵を製造する方法。他でもない直系の娘に施したそれが失敗に終わったせいで、端から無謀な試みだったと謗られてるのはわたしも知ってる。
「別にきみが責任を感じることはないさ。まだ子供だっただろう」
「フシメ兄さん・・・」
「あらゆるものは神の計画なのだから。蛇宮はその全てを受け入れる。君個人の出来不出来など問題にならない」
「あ、そう」
途中までいいこと言ってたのに。
さてどうしようか。
ああ言ったけど、そのまま迦楼羅街に戻る訳にはいかない。ケラたちはもうこの街に入ってるだろうから合流するしようか?
さすがにそれは軽率だよね。
適当に理由つければしばらく滞在出来るかな。でもここの人と顔を合わせたら気まずいな・・・
そんな風に考えながら歩いていると。
「あ。もしかして、あなたが芦間ヒフミ?」
黄色いスーツを着た女性が話しかけてきた。ポニーテールで、私より背が高い人・・・誰だろ。
「ああ、いきなりごめんね。私はここの探偵で、黄色矢リカってんだけど」
黄色矢・・・そういえばここの所属探偵は2名だった。
「・・・はい。そうですけど」
「やっぱり。写真と雰囲気違ってたけど、同じ顔だったからすぐわかった」
「雰囲気違いますか」
「うん。負のオーラバリバリって感じ」
悪意ゼロでそう言われた。何だこの人。
「ヒノッペって呼んでいい?」
「ヒしか会ってないですよそれ」
残り何処から来た。
「まあ、それはいいや。もうひとり、団長の妹さん来てるんでしょう? どこ?」
何事もなくあっさり話を進めた。 陽キャ、陽キャって奴なのか目の前の女は!? あのUMAの!?
「今フシメ団長と執務室にいますが」
「そっか。フルフル団長も兄妹水入らずだ」
何だそのひどい名前。
あの冷静キャラがプルプル震えてる絵面を想像しちゃったじゃないか。
あんまりなネーミングセンスに私が若干戦慄しているのにも気付かず、黄色陽キャはこっちににじり寄ってきた。
「それじゃあ行こ」
そう言って手を掴む・・・って近い、距離近いって!
「あのすみません。色々あって私はもうここから退去することとなりまして」
「そうなの」
あっさり手を放す。何なんだよ。これが陽キャムーブなのか。私は振り落とされそうだ。
「じゃ、今回はどうやらきみとは縁がなかったようだけど。もし何かあったら気兼ねせず頼ってくれていいよ、団長代理」
それだけ言ってさっさと執務室の方に行きかけて。
「あ、そだそだ」
こっちを振り返って黄色矢は一言言った。
「ヒノッペって変なにおいしない? そう怪人みたいな」
「・・・気のせいでしょう」
「そっかー気のせいか―ドジだなー私ってば」
そして今度こそ黄色矢リカは執務室に向かった。
・・・におい?
さらっととんでもないことを言われたような。
「フルフル! じゃなかった団長、来たぞ!」
いきなり扉が開いて、黄色い服の人が入ってきた。
誰? あとフルフルって何さ。
「お待ちしていました、黄色矢さん」
こっちの疑問はスルーする兄。
「ヒルメ。紹介する、こちら黄色矢リカさん。僕と同じ第11探偵団所属の探偵さ」
「よろしく、きみが団長の妹さん? 話は色々聞いてるよ~」
どんどん詰めてくる探偵。
「仲よくやっていけそうでよかったよかった」
ものすごい速さでそう決めつける探偵。どの要素でそう判断したのさ。あなたの妹、ついていけてないから。
「まあ、それはそれとして。ヒルヒル」
「誰ですかそれ」血を吸いそうな名前だな。
「ヒルッペはもうヒフミさんに使ってるんだよね」
そんな被りとか知らないから。というか。
「ヒフミさんに会ったんですか?」
「うん。スタスタさったと出口の方に向かってた所を見かけたもんでさ」
スタスタ行っちゃったのか。迷うことなく。ホントに帰ったんだ・・・別にショックなんて受けないけど。
「面白い人だよね、ヒルッペって」
「? そうですか?」
「うん、色々見てて飽きない」
何がそんなに琴線に触れたんだろ。
「それで話を進めていいですか、黄色矢」
「了解です、団長」
さっきから冷静な側とパリピな人との間のテンションの差でおかしくなりそう。
「ヒフミさんの協力は得られませんでしたが。問題ない」
探偵ふたりに私が加わって、もうひとりの計4人。
「この戦力で3か所の拠点を攻撃し、『蜘蛛の親』を探し出して抹消するという作戦の大枠には変更は加えない」
「ということで出てきた」
「なるほど、あなた馬鹿なんですか?」
直球で言われた。
頃合いを見て同じ街にいるケラに通信して、執務室での顛末を伝えた時、それが彼の感想だった。
「何の為に探偵をやってんですか。肝心な時に自分から出ていったら意味ないでしょ」
「それはそうだけど、でも一応私『戦術指揮』の役職だし。どう考えてもあんなフワフワした作戦とも呼べないのに、自分自身やヒルメを参加させる訳にはいかないし」
怪人側はもっと無茶、はっきり言って博打じみた作戦をする場合が、まあ結構あるけど、あくまでそれはここの性能が型破りに高いという前提があってこそ。
「探偵ってのは、要は正規軍。ひとりの異能に頼りっきりって作戦は論外」
だから数で圧倒的に不利な怪人側が付け入る隙があるんだけど、それはそれ。
「向こうにはまだこっちに明かしていないことが結構ありそうな雰囲気だけど、それでもいいように使おうって態度が見えてることは違いないよね」
「それをあなたが言うのか・・・」
うるさい。
「それで、ケラ」
「なんですか。余計なことせず、ヒフミさんは迦楼羅街に戻らないと不審がられるでしょう」
「やだな、帰る訳ないから」
「えっと、団長に思いっきり啖呵切って出てきたばかりですよね」
「うん」そこまでかっこいい場面じゃなかったけど。
「迦楼羅街に帰らないなら、どうするんですか」
「しばらくこの街に留まって、適当な所でヒルメたちの所に行く」
「なんでそんな変な行動を・・・いつものことですけど」
なんか無礼なこと言われたけど、気にしないでおこう。
「今の私は『向こうの適当な作戦に切れて出ていった』って設定」
「設定って・・・事実でしょう」
「半分はね。残りはこうでもしないとあそこから出ることは難しかったから」
探偵ふたりにヒルメ、これだけの目をかいくぐって動くのはさすがに難しい。
「でもこれで、自由に動く時間は確保出来た。少なくとも明日の夜まで」
「・・・・・・」
「『土蜘蛛』と会うのは『カオトバシ』そして私『タンテイクライ』の二名だ」
「そこまでする理由があるんですか?」
「うん。『第11探偵団』思ったより面倒な相手になりそう」
少し滞在しただけで、わかった。
あの建物に働く人間、特にあの探偵。
話せば話すほどこちらとのズレを感じさせる団長、蛇宮フシメ。
彼の在り方は、私にとって馴染み深いものだった。
芦間。
フシメひとりだけじゃない。あの家の澱んだ空気があの探偵団本部に満ちていた。
そしてあの黄色い陽キャ、黄色矢リカ。
・・・放置したら碌でもないことになる気がする。私のそういう予感は無駄に当たるんだから。
「話はわかりました。でもあなたがひょっこり戻ったら不振に思われるんじゃないですか?」
「ヒルメのおかげでそれは問題ない」
「? 彼女は自分から残るって言いだしたんですよね」
「実は適当なこと言って、私の方から残ってもらうつもりだったんだ。ヒルメが自分から言ってくれたのは、本当に渡りに船」
蛇宮ヒルメ。兄の為、その無謀な作戦に付き合う探偵がここにいるなら。
「『あれだけキツいこと言ってたけど、部下が気になって結局戻ってきちゃったツンデレ』作戦が自然に成功するってこと」
「他に言いようはなかったのか・・・」
絶句された。
「しかもナチュラルにその部下をだしに使ってる・・・」
それこそ今更でしょう?
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