第13話 龍の密室と鋼の妄執

「密室」と化した迦楼羅街近郊部、現在そこには機材等を急遽持ち込まれ、簡易指揮所が設置されている。時木野アキラは職員たちと共に懸命に事態を把握しようと試みていた。

「時木野探偵、観測結果来ました」

「状況を報告してくれ」

「迦楼羅街の周囲、名探偵『井草の女神』の権能による障壁が円周状に展開しています」

「街にいる探偵は、芦間ムナ団長、及び芦間ヒフミ戦術指揮担当官です。

「向こうから何か通知は」

「ありません。侵入及び内部との通信は依然不能です」

また障壁を展開している名探偵と接触を再三試みておりますが、反応はありません」


 何なんだ、これは?


 襲撃の可能性があるというから、少し街を離れている間に一体何があった?

 探偵だけじゃない。中には大勢の一般人も取り残されているはずだ。今の所外からは見えないが、何時パニックが起きてもおかしくない。

 そもそも名探偵が大っぴらに権能を使うこと自体滅多にない。それ程までにその力が世界に与える影響は大きすぎる。この街を覆っているバリアのようなものが「名前のない井草の女神」の力だということも、アキラはたまたま伝聞として聞いていただけで、実物を見るのは彼も初めてだった。

 そして能力を使っているということは怪人、それもかなり高位の能力を持つ個体と彼女は戦っているはず。

「だから猶更一刻も早く街に入らないとならないというのに・・・!」

 連絡がつかないのがもどかしい。

 内に残った2人、そして街の外で鉱山霊を狩った後、自分と同じ護衛任務に回っていたはずの蛇宮。事態に対処できるはずの3人の探偵がどうなっているのか、状況が全く掴めない。

「こんなことなら、団長に反対してでも、祭りの警備の方にオレか蛇宮、どちらかが回っておくべきだったか・・・?」

 そんな詮無い思考を振り払いつつ、探偵、時木野アキラは迦楼羅街の閉ざされた空に再び目を向けた。どれ程見つめても状況を解決する手がかりは何も見えそうもなかった。



 怪人「ハガネハナビ」

 その名の通り鋼の装甲と、各部に搭載した砲塔による遠距離爆撃を想定した能力。飛行能力による空爆、弾道弾による拠点攻撃、専用装備による狙撃など幅広い戦術をとる。その特性上後方からの支援が主な役割だが、単体での戦闘力は上位に入り、ある程度接近戦にも対応出来る。


 名探偵「井草要」閉鎖切断

 自らが作り出した舞台「密室」の中にいる全ての人間に強制的に「犯人」「被害者」そして「探偵」という役柄を割り振る権能。

 その中では探偵の能力を持たない人間であろうと疑似的に身体能力などが引き上げられ、望まれた役柄を演じる傀儡と化す。

 同時に密室という殺人事件のための装置に由来する権能として、自在に出し入れできる刃を振るうことも可能。

 他の名探偵と同じく、彼女の権能はこの世界への門となった「惨劇」に由来する。

 井草要の起源「聖国密室大量殺人」においては聖国首都全体が密室と化し、その中でひとりを除き、都市内の全ての人間が斬首される。それにより「犯人」と「被害者」という図式が完成した。

 そこから生じた彼女は「名探偵」という概念を器として旧き世界に降臨した閉鎖と切断を司る女神。


「役柄を固定。井草要を『探偵』、目の前の怪人2体を『被害者』に設定。演目開始」

 井草要は思考する。本来探偵が打ち倒す相手は犯人。しかしこの空間の中で怪人に僅かでも力、探偵に拮抗できる可能性をみすみす敵に与えるのは愚策と判断する。

 だから被害者として、目の前の怪人には先に犠牲になってもらう。犯人はその後いくらでも追加すればいいのだから。


「そして方法はやはり正道で行くべきと理解出来る」


 斬殺。


 5、6本の刃を怪人の周囲に生成し、怪人の首に向けて放つ。鉄の怪人と白い怪人を一瞬の後に斬首するそれは、正しく必殺の斬撃。

 

 しかし決まらない。刃は怪人たちに届かない。

 

 白い怪人へ向けられた刃の速度は急激に遅くなり、そのまま地面に落ちた。

 鉄の怪人へ向けられた刃は5本。内2本は展開された装甲に阻まれ、残りの3本は「対空射撃」により粉砕。

 ここまで、予想通り。この程度の攻撃で終わらせられるような相手ではないと井草要は理解している。

 だから確実にひとりひとり潰していく。

 要は二度と油断しない。投擲したものより大ぶりの刃を2本生成。先ほどまで龍の爪を振るっていた両手にそれを構え、前へ前へと斬りかかっていく。

 標的はひとり、何やら囀っていたあの鉄塊を、確実に廃棄物にする。

 必殺の意思を込めた斬撃は装甲板程度なら幾枚も切り裂き、怪人の芯を両断する威力を有する。

 その明白な殺意を察知し、ハガネハナビは回避を選択。両足の制御機から噴煙を排出し横に高速で移動し最小の動きで回避する。それは最小効率の、最も適切な反応だった。

 

 だからこそ名探偵にはその行動は容易に予測出来るものだった。

 

 ハガネハナビの移動先に3本、既に刃を設置している。初めから斬撃を当てる意図はない。ここ井草要の密室。空間の支配者である彼女は、ひとつひとつ刃を配置していくことで怪人の逃げ道を塞ぎ、確実に追い詰めていくことが出来る。そうなれば後は決定的な剣戟で敵を両断するだけでいい。

 

 それに対してヤマメがとるのは行動はひとつ。

 全身の砲門を前方に向け、発射。その反動で強引に、飛行中の自分を軌道修正する。それによって要を牽制しつつ、目前に迫る刃を紙一重で躱した。

 その泥臭くもしぶとい様子は、井草要の神経に触る。


「いい加減、諦めて斬られて。鉄くず」


  なぜ自分がこんな取るに足りない怪人相手に躍起になっているのか。そのことに若干違和感を覚えつつも井草要は攻撃をより一層苛烈にしていく。


「何寝言を言ってんですか。あなたが粉砕されて爆砕されるのが先です!」

 

 意味のない会話を交えつつ、ふたりは次に打つ手を思考する。一手誤れば即座に敗北という正に修羅場。そんな状況でも、いやそんな状況だからこそ。名探偵は目に映る違和感を無視出来ず、ハガネハナビ、自分以上に追い詰められているであろう怪人に問いかけた。


「さっきから何であなたは笑ってるの? 理解出来ない」


「顔は見えないはずですが」

「そのくらい理解出来る、あなたは最初からずっと笑って、嗤いながら戦っていた」

 そうですか、自覚はなかったのですが・・・フフ・・・ああ、面白い。

「戦闘狂の類?」

「まさか。このような面倒なことは嫌いです」

嗜虐趣味サディスト?」

「違います。他人を痛めつけても疲れるだけです」

「じゃあ被虐趣味マゾヒスト?」

「なお違います」

 何やら誤解があるようなので、一度はっきりさせておきましょうか。


「私はただ、誇り高い方が汚辱にまみれて、勇敢な方が怯える様子が見たいんです。強い心をへし折りたい。美しい矜持を汚したい。そしてその足掻きを全身で受け止めて、斬られ、砕かれ、撃たれたい。そうすれば私はその曇る姿を最前列で観ることが出来る、その時初めて私はその人を愛することが出来るのだから」

 

 あの日。芦間ヒフミと出会った夜。彼女の怯える姿を見たあの瞬間。私の世界は満たされた。あのような素晴らしいものをもっと見たい。願いはそれだけ、ただひとつなのだから。


「・・・私以外のこの世界に来訪した名探偵の多くはその地を支配し、崇拝されている。あなたはその神のような存在を討つ意味を理解しているの?」

「あなたたちのような災害を駆除する意味? そんなの必要ですか?」

「自分たちの企てが成功したとして、その結果起きる混乱を想像したことは?」

「起きていないことについてあれこれ考えるのは無駄でしょう。それこそやってみなければわからないということです」

「・・・それが現実になったとして、何人犠牲になると思ってるの?」

 ああ、あなたがそれを訊くのですか。

「よりにもよって名探偵が命の尊さを説きますか。では逆に訊きます。あなた方はその支配、秩序の為、何よりあなたの場合は何人その力の糧としてきたのですか? 教えてくださいよ」

 相手を煽るように私は挑発的な口調で返します。特にまともな解答など期待はしていなかったのですが。


「この世界に降り立った時から今までに喰らった探偵は1692326人。対タンテイクライ用に調達した蛇宮の消化が完了すれば1692317人」


まるで何ということのないかのように、

井草要は事実を述べた。


 降臨直後、偶然暗殺者の殺意を浴び、初の探偵殺しを迎撃した経験により、彼女の中で芽生えたのは異世界人の力への警戒と敬意。

 そして彼女が念のために、存在を曖昧な状態に留めていたこと。

 そのふたつが閉鎖切断の能力に作用した結果が井草の女神、かつての名もなき名探偵の本質。


 有用と判断した財宝を自らの武器とする龍の力。

 有益と認識した権能を自らの装飾とする密室の力。


 密室は殺人の装置であり舞台であり、そして


「と言っても九割九分はそのまま出力の向上の為のエネルギーに変換したけど。自分の中から生まれた力なのだから、所詮その下位互換に過ぎないというのが道理と理解出来る」

 役に立たなくても、手に入るなら念の為自分のものにしておこう。

 その程度の認識で井草要、強欲な龍は様々な人を、探偵を喰らってきた。

「あなたが喰らって燃料にした探偵や名もなき人々。その人たちが苦しみ、心を曇らせる中でどれほど尊い姿を見せるのか、その可能性を考えたことはありますか?」

「可能性? 何それ、理解出来ない」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ああ、目の前のこれは、本当に・・・


「人の命を何だと思ってるんですか。どんな人間も、生きてさえいれば私を楽しませる可能性があったというのに、それを無造作に消すなんて」


 無造作に区別なく吹き荒れるから「災害」


「ああ、先ほどの質問の答えがまだでしたね。私は私の娯楽で満ちたこの世界の大切な玩具ひとびとを守る為、あなた方災害を駆除し、全て排除しましょう」

 そう、全ては。

「よく理解出来た。お前は外道で、この世界の為に、何としても排斥しなくてはならないと心の底から理解出来た」

「ひどい言い草ですね。災害」

「これでも言葉は選んでいるつもりだけど。怪人」


 そして、名探偵と怪人の戦いは再開した。撃ち合い切り結ぶ。弾丸の雨で剣戟の嵐を捌く。相手の価値観を心底嫌悪し、その拒絶の意思を殺意に乗せて、まるで演劇のように舞い、ひたすら加速していく。

 

 そんなふたりの人外を見ながら、私が思ったのは。



 まずい、このままだとあれの同類だと思われる!



 誰に? 決まってる、自分が自分をそうだと思ってしまう。

 周りの空気に引き摺られて、ついつい自分のキャラがブレてしまう自分の社会性の低さは自覚してるし。

 しかし船織ヤマメ。あそこまで拗らせていたなんて。

 うすうす気付いてはいたけど。そんな予想は外れて欲しかったよ。想像以上にヤバい奴じゃないか。

 まあ、それについては後で考えよう。後回しにすればするほど手に負えなくなる気がする、いやきっとそうなると思うけど。

 部下の趣味趣向にいちいち振り回されてたら身がもたない。あの性癖に付き合ってたら物理的に身がもたなくなる予感がするけど。

 

 今優先すべきは、真面目に仕事をすることだから。


「・・・ケラ、そろそろ着いた?」

「すみません。やはりこの騒ぎで道路や建物の一部が倒壊して進めなくなってます。車で事務所へ行くには大幅に迂回する必要がありますね」

 通信機から聞こえて来たに答えながら、同時に流れ弾を避ける。

「カオトバシ、着いた後、事務所であなたに見つけて欲しいのは」

「わかってます。『蛇宮ヒルメへの直通の通信機』それを介して『この姿』で所在を確認し、適当な理由をつけて街に戻す。確認できない場合は」

「芦間ムナの所在を最優先で捜索する」


 先ほど井草の口から出た蛇宮。文脈から考えてまず間違いなく探偵蛇宮ヒルメを指すもので、それを信じるなら彼女は名探偵の腹の中、いや脳の中? とにかくそこに吸収されている。

 そしてまだ彼女を消化中だとも言っていた。つまり完全に吸収しきってはいないということだ。あれが能力を奪うのにどのくらい時間をかけるのか知らないし、その間食べられた探偵が生きているのかは未知数。

 ただ私の勘だと、あいつは獲物の意識を可能な限り残しておきたいはず。

 何故なら検体は生かしておかなければ能力の性質と活用方法を十全に理解出来ないから。

 理解出来ない曖昧さを嫌う。それは名探偵のさが

 ・・・よく考えたら「タンテイクライ」って名前、向こうの方がふさわしくない?

 いけないいけない、しょうもないことでアイデンティティの危機に陥ってる場合じゃない。


 つまり希望的観測を抜きにしても、蛇宮ヒルメはまだ腹の中で生存している可能性は十分にある。

 希望的? だって一応は同じ職場で働く探偵仲間だし。

 私は裏切ってるけど。

 それでも今のところは気付かれてないから、いざという時助けになるかもしれないし。

 それに何よりここで助けられるはずの彼女を見捨てたら、私の中で罪悪感が致死量になる。そんなにメンタル強くはないんだから。

 

 そして一番大事なことは井草要、名探偵が言った3つ目のこと。


「蛇宮は対『タンテイクライ』ように調達した」


 その言葉の意味は、決して見逃していいものじゃない。

 

 ハガネハナビの右腕が再度、名探偵の手で斬り落とされ、同時にその先端から放たれた弾丸が彼女の右足を抉る。眼前で展開される怪人と名探偵の死闘を見ながら、私は考える。

 これからのことを。

 今最優先で警戒しなければならないことを。

 

 アハハ・・・笑えるくらい忙しいな本当に。

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