第14話 鋼花火

「勝手知ったる他人の家、か」

 散々回り道した挙句ようやくたどり着いた探偵団の本部、事務所。目的は蛇目ヒルメの所在確認、そして何よりも芦間ムナの居場所を探ること。

 その情報にアクセスする権限は、いずれも芦間ヒフミにあるものだ。途中の網膜、指紋認証も容易に騙せる。普段から実際に試しているから間違いない。

 この探偵団の戦術指揮官に「どうしても外せない用事」がある時、彼女の「身代わり」として何度も仕事を肩代わりした経験はしっかり活かさないとな。

 散々苦労して書類作成もしたんだから。

 間違いが多くて後で修正に余計時間がかかったそうだけど。

 ・・・まあそう簡単に他人の仕事なんて出来ないし。

 自己正当化を図りつつ、進む通路に人影はない。確認した所職員は皆部屋の隅でぼんやり佇んでいた。やはりあの龍、いや密室の力は屋内にいても関係なく巻き込んだようだ。

 それでも念のため、今も作動している監視カメラは意識しておかないと。誰かに見られても怪しまれない程度に早足で進む。通勤機のある部屋は確か2階の突き当りだ。頭の中で確認し、無人の廊下を進む。そして曲がり角の先で。


「戻ってたんだ。姉さん」

「ムナ・・・団長」

「無事だったんだ、よかった。僕が望んだ通りだ」


 丙見ケラは芦間ムナに遭遇した。




 構図は先ほどと同じ。残された左腕の銃でヤマメは要を撃つ。放たれた弾丸は3発。それを全て切り刻み、容赦なく名探偵はそのまま刃を振るう。足が欠損していても、空中に浮遊しながら、前よりも一層の気迫で剣を前に放つ。

 

 だけど、ここからの展開は先と同じじゃない。

 

 どんなに鋭く速い斬撃であっても軌道が読めれば怪人は回避出来る。それは既に学習して折り込み済みだ。

 だから対策も打てる。

 刃を振りつつリソースを追加し、リアルタイムで再構築する。大きく、ただ単純に長く、広く面積を拡大する。

 振っている途中で剣が突然大きくなる。通常ならば考えられないその事態に、普通なら回避など出来ないはずだ。

 

 普通なら。

 そして総じて怪人とは超常の存在に対抗する異常な力の持ち主。この程度の異常事態は想定内だ。


 一切の動揺もなく、ハガネハナビは斬撃に対して構えを取る

 この剣は重く、鋭い。並の装甲では防ぐことは出来ない。身体を動かして回避するのも困難。それでも方法はある。


「っつ! あ、あぐ!」


 回避不能。防御しても破られる。なら斬られなければいい。

 

 横一文字に斬りつけられた胴体を、切られる前に自分から分解する。

 ハガネハナビ、その上半身と下半身を分離した。


「・・・・・・・・・・!? 分離機能まであるなんて。怪人の範疇を超えている」

「ええ、ちょっと気合い入れて弄れば、人間はここまで到達出来るんですよ」

 自分の身体さえ躊躇なく異形にする、人を超えた異常な存在。それが怪人。

「イカレた科学者ふたりの受け売りですがね!」

 完全にガンギマリの眼付きで自分の身体をバラバラにする怪人。その地獄絵図には要も驚愕させられた。

 ついでにドン引きした。

 その結果、戦闘開始から初めて僅かな隙が生まれる。

「ほら、ダブルで喰らって下さいよ!」

 その好機を逃すまいと、上と下からの同時攻撃をヤマメは浴びせる。

 しかし要とて名探偵。一瞬で冷静な思考を取り戻す。そして空中で不安定な状態から放たれた銃撃は正確さを決定的に欠いている。その結果ヤマメの同時攻撃は容易に弾かれる。でもまだだ、まだ残ってる・・・!


「・・・あなたがここで撃つだろうことは、理解出来ていた」


 後ろから「タンテイクライ」が撃った弾丸をも同時に空間に生成した刃で防いだ。


「奇を衒った戦法でこちらも目を引き付けて、もうひとりの伏兵のことを忘れさせる」

 再びハガネハナビへの斬撃を開始しながら、名探偵は語る。

「その程度の思考、その程度の策など容易に看破出来る」

 あらゆる事態を想定する名探偵は、常に悪辣な奇策の上を行く。

「だから私には通じない。それだけじゃない。例え他の怪人が空や人混みに紛れて襲って来ようと、まだ見ぬ未知の怪人が乱入してこようとも。はたまたこの広場に仕掛けがあっても。この瞬間、地面の下で爆弾が起爆しようと」

それが論理的に起こり得るなら。

「いいえ、例え論理を超えた不条理も、私には通じない」

 名探偵は間違えない。


「私の、名探偵井草要の権能をもって、今からそれを証明してみせる」

 

 そう言って名探偵は手を上げた。

 街の周囲に張った障壁を掴むように右腕を掲げる。

「その全ての可能性を摘む。万に一つの逆転の望みを絶ち、ここで確実にひとりひとり倒す」

 全ての不確定要素の排除。

「まずは、鉄くず、お前から」

 そうして。振り上げた手を下ろしながら告げる。


「密室、再構築。範囲指定、、探偵の周囲5m」


 探偵と犯人。ふたりの身体が入る最小の規模の空間を閉鎖。外界から切り離す。

 そしてヤマメの目に映る全てが暗転した。


 そこは青一色の空間だった。

 以前彼女が蛇宮を捕食した際の、椅子やテーブルなどの家具がある部屋とは違う。外界から切り離された異空間であっても、あそこには人が生きていける余地があった。

 

 ここにはそれがない。

 ただ四方を囲み、閉ざしただけの空間。最小の密室。

 もっとも単純な舞台。そう、まるでここは。

「棺桶」

 手を伸ばせば触れる距離にいる標的に、井草要は宣言する。


 ここには何もない。探偵と犯人以外の人間も、仕掛けも何もない。ただ閉ざされているだけの空間。都合のいい援軍も、予想外の仕掛けも、空から隕石が降り注ぐ文字通り天文学的な偶然も介入する余地がない。

 

 消去法。

 起こりえないこと、あり得ないこと、その全ての可能性を閉ざし、真実に至るという名探偵の王道。

 誤った可能性は消え去った。犯人の退路は絶った。

 

 後は犯人を討つだけだ。


 「では、まずはひとり目ということで」

 機械のように無慈悲に無感情に語る要の周囲の大気が震え、刃が次々と生み出されていく。

「こういう場面では名前を聞いておくべきかもしれないけれど、それは油断に繋がる行為だと私には理解出来るので」

 怪人ハガネハナビの周囲を埋め尽くすように刃を形成。要自身はこの間合いに合わせナイフを構える。

 迎撃しようとしても、この狭い空間では満足に撃てないはず。

 例え自分が爆発に巻き込まれる覚悟で撃とうと、その前に3、4あるいはもっと多くの刃が確実に彼女の急所を切断する。

 そしてどれだけ銃撃されようと、この部屋は井草要の体内。ある程度肉体が欠けようと損傷した部分はいくらでも回復できる。

 

 そしてふたりの戦闘に外部から介入する要素はここにはない。確実に名探偵の攻撃は通る。完膚なきまでに怪人の防御は貫かれる。

「そのまま名探偵の敵らしく、あなたはつまらない最後を迎えてよ。怪人」


 そして船織ヤマメへ向け、全ての刃を射出した。



「さっきまで、操られたように同じ動きをしてた人も、うずくまったりして大人しくなってる。何があったか知ってる?」

「いえ、全く。私も連中から隠れながら、状況を把握する為に戻ってきたばかりで」

 どうだ? この返答なら不自然じゃないはず。

 カオトバシ、外見は完全に模倣しても、細かい言動のズレは僕自身で補わなければならない。

 普通なら周囲に干渉することで、ある程度ごまかしが効くけど。異常事態の中で周囲を警戒し些細な異常も見逃さないようにしているであろう凄腕の探偵と、ふたりきりの状況で向き合ってる今の状況はまずい。

 下手に認識を弄ろうと働きかければ、まず間違いなく察知される。そうなったらもう騙しきれない、リスクが大きすぎる。

 だから能力使用は外形擬態に限定する。少しぐらいの違和感は言葉でごまかして、この場を乗り切るしかない。

 ひたすら芦間ヒフミらしく、いつも通りの態度でムナに接する。


 ・・・あれ? あの人普段この自称弟とどんな風に付き合ってたっけ?

 可能な限り避ける。出来ないなら最小限の表面的な会話だけをする。目を合わせない。ただでさえ例の恐怖症があるのに、特にムナが相手だと軽く触れられただけで嘔吐するほど最悪で・・・

 

 それ以前に誰かひとりの探偵とまともに向き合った経験が芦間ヒフミにはない。

 

 つまり、このまま挙動不審のままでいるのが、一番彼女らしいってことなのか? 意識して挙動不審になるってどういうことだよ。変に考えるとわざとらしくなって不審に思われ・・・いやそれでいいのか、どっちだ。わからない。探偵でもない自分には、正解がわからない。

「それで、これからどうする、姉さん。何を望むの?」

「ひえっ! そうですね、一旦時木野、蛇宮両名に連絡を試みるべきかと。携帯していた通信機では無理でも、ここの設備ならあるいは」

 よし通った。それらしい返答を返せた。なんか変な声出たけどいけるはず。擬態は完璧、そう信じよう。

 それに上手く行けば蛇宮の確認も出来るかも? 


 まあ、今さらそんな必要はなくなったんだけど。


「・・・ムナ団長、ひとつ教えて下さい」

「答えられることなら、姉さんが望むままに」

「団長は確か祭りの警備に回ってたんですよね。今までどこにいたんです?」

「街の反対側。名探偵の出迎えに。時間になっても到着しないから何かあったと思っていた所にこの騒ぎだから参ったよ、本当に」

「じゃあその場に留まって名探偵様と合流しようとは思わなかったのですか?」

「街の方が気になって、実際に人の様子がおかしかった。目の前の混乱を収拾する、それが探偵として最善の行動だろう」

「じゃあ怪人やら正体不明の怪物が暴れまわってるのに、何故ここに戻って来たんですか?」

 知らない内に、詰問口調になっていた。

 まるで犯人を追い詰める探偵のように。

「先ほど、私と会った時、『戻ってた』といいましたよね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「祭りの期間中、時木野、蛇宮は他の街に出向、団長は警備、そして芦間ヒフミは事務所で待機する、そういう決定でしたよね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なのにまるで私が何処か別の場所にいるのが、当然のような口調でしたよね」

「・・・探偵なら、こんな状況でじっとしてられるはずがないだろう。姉さんならそれが最適だとわかるはずだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「芦間ムナは芦間ヒフミのことは何でも知ってる。何が最善かも理解しているのだから」



 最小の密室の中、刃が迫る中。逆転の秘策はない。そんな可能性を文字通り締め出された空間の中で。

 

 船織ヤマメは自分の勝利を確信した。

 

 斬撃が到達する一瞬前、互いに見ている世界が静止したように感じていた、その刹那。


 ハガネハナビはの専用武器を起動する。


 それは厳密には武器ではない。その機能はひとつだけ。

 内部に備え付けられた機工怪人用改良型発動機を暴走させ、瞬時に爆破するトリガー機構。

 一度起爆すれば、大型大出力のエンジンは各部の砲撃用装備さえも巻き込んで。辺り一面を吹き飛ばす。

 一瞬の猶予もなく、全てを巻き込む爆発を起こす、その為だけの専用武器。


「・・・え?」

 あり得ない。

 全ての不確定要素を排除した、要の支配するこの空間で、起こるはずのない光景が展開されている。


 直前までの会話に基づく井草要による目前の敵性怪人の人格評価。

 極めて悪質。倫理的に破綻した価値観。人が折れ曇る様を至高と断じる異常者。

 そして何があろうと自分が生き残り、そして周囲の苦しむさまを鑑賞することを優先する自己愛の化身。


 そんな怪人が相手を道連れに自爆するなんて真似をするはずがない。

 それが名探偵の下した判断だった。そして勿論それは正鵠を射ている。

 名探偵は決して間違えないから。


 内側から炎が沸き上がるのを感じつつ、船織ヤマメは呆然とした表情の要を見る。

 

 いい表情ですね。絶対に勝つと思いあがった人間を堕とすのは、やはり心の栄養になります。まさかこの私が自己犠牲じみたことをするとは思ってもみなかった。そんな所ですか?

 

 はぁ・・・仲間の為自分を犠牲にするなんて、私がそんなことをする訳がありませんよ。

 

 まあ、こんなせまっ苦しい場所で爆ぜれば、確実にこいつはやれますし。

 それに今の状態からでも、生き残れる目算は皆無、というわけではないです。

 万にひとつ。何事もやってみなければわからないです。


 何より、このまま順当に私が名探偵と共に消え去って、後に遺されたヒフミ様、主がそれを悲しむ様を想像すれば。



 ・・・最高ですね。

 超絶に最高です。


 その曇る様を想像しただけで、宇宙です。


 私だって破滅願望なんてないので、出来る限り生きたいと思いますけど、でももし失敗してもそんな最高の光景があるのなら、きっと。


 どう転んでも私の勝ちです。

「だから、あなたの負けです、井草要」


 相手を理解しようとする試みは放棄した。

 だから、最後の瞬間。井草要の思考はただひとつことに向けられていた。


 


 こいつをここに取り込んだことか、先に上位個体を潰さなかったことか、龍の姿を解いたことか。

 完全に怪人を圧倒する為に龍の形をとる為、名を定め自分を型に嵌めたことか。

 それともあの男の言うことを聞いて。獲物の消化よりも、怪人が集まるというタイミングでの襲撃を優先したことか?


 


 これら全て、そもそも名探偵という神のような災害が、


 神というなら、ただ薙ぎ払えばいい。天の罰、都市を滅ぼす神の専売特許を振るえばよかった。他の名探偵のように、災害のように。

 それをしなかったのは。多くの探偵を喰らってまで戦いに拘ったのは。

 あの時、この世界に降臨した時に出会った暗殺者に向けられた殺意。それが自分たちに届くほどだと知ったからで・・・


 カナメ・キリ。


 井草要がこの世界での形を定めた際、名前を同じにする程執着していた彼女。

 、今の敗北があるのだとしたら。


 怪人「ハガネハナビ」専用、緊急起爆装置。

 名称「鋼花火はがねはなび


 それにより引き起こされた連鎖的爆発の中で。


「・・・理解出来た」


 最後にそれだけを呟き、名探偵は閉ざされた部屋で、怪人と共に爆炎の中に消えた。

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