第12話 妄執の開花
痛い。
右手が、確かあの時、狙撃位置で背後から斬られて・・・
足の感覚が、無くなってる?
痛い。
そして、さっきから何なんだろう、この声は。うるさいな・・・
痛い。
わからない。自分がどうなってるのかわからない。
頭の中が痛みで満ちている。
一秒毎に痛みが襲ってくる。
痛い。
だから
あの夜。
彼女と出会った日。私が私になった時。
「・・・・いつまで黙ってるんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
はぁ・・・面倒ですね、本当に。
我が主が一体どこでこの少女を拾ってきたのか、知りませんしどうでもいいです。しかし本家に知らせるのは少し待ってくれとは。メイドの私の立場というものをあの人は理解しているのでしょうか?
折角一日の業務を終えたというのに、自分の部屋にこんな得体の知れないのを連れ込む私の心労を慮る心は、まあないでしょうね。
はぁ・・・つまらない仕事です。周りを見渡してもただ「名探偵」に如何に貢献出来るのかと自身の価値を競う者ばかりで、等しく美しくない。
つまらない、本当につまらない世界です。
ああ、ちなみに諸事情により彼女は縄で拘束させていただいております。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何ですか、その目は。拷問をしている訳でもないのに」
全く、人に襲い掛かっておいてこの程度で済ませているのですから、涙を流して感謝すべき場面でしょうに無言で睨みつけるばかり。
一対一、ふたりきりで向かい合って、満足に会話もなし。
おかげでただでさえ家具の少ない使用人室の空気が、泥のように沈んでます。雰囲気は最悪。かといって気の利いたことを言って場を和ませるような真似なんて出来ませんし、いい加減ちょっとはこちらに協力してくれませんかね。
まあいろいろ訳ありなのは見ればわかりますが。
「もう一度訊きます。あなたはどこの誰ですか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
はあ・・・仕方がないですね。
「芦間ヒフミさん」
私が正解を口にしても驚く様子もない。生意気ですね。
「主、丙見ケラ様には一度その名前を名乗ったそうですね」
「・・・ああ。そうだ」
ようやく意味のあることを口にしましたね、この不審者め。
だけどそれ以上はまただんまり。
主には名前を教えてもメイド如きは相手をしないということですか。だとしたら不愉快ですね。メイドを笑うものはメイドに泣くというのに。
ああ・・・そんな態度を見せられると・・・崩したくなってしまう。
しかし芦間、ですか。聞き覚えのある名前ですね。そう確か・・・
「『神子』たる『令嬢』の製造を行う一族でしたっけ・・・」
「・・・・!」
ビクンッ! と。
その言葉を聞いた瞬間、彼女の顔色が変わりました。
虚ろだった目には、はっきりと浮かんでいるのは、怯え、嫌悪、そしてそれを全て塗り潰すほどの怒り。
そこにいたのは、粉々に砕けそうな心を必死に足掻いて、繋ぎとめようとしている人間でした。
それはたまらなく美しく、私は心から彼女を愛おしいと思いました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
我ながら業が深いですね。
辛うじて意識を取り戻し、最初に見たのはタンテイクライ、芦間ヒフミ様が地面で刃を構えている姿でした。
地面? 飛んでいる。片手で私を抱えているこれは・・・龍、というものでしょうか。おそらく、今私を掴んでいるこの爬虫類は、先ほど襲ってきた彼女と関係しているのでしょうね。
狙撃の準備をしていた所を奇襲されるとは、ミイラとりがミイラ。笑えません。
そして地上には何やら群れている人々。表情もなく不自然に統率され、まるで蟻のようです。何らかの薬物によるものか、わかりませんがあれだけの数のコントロールは並の力では不可能。
さて、どうしましょうか。
・・・何ですか。ヒフミ様。そのような目で。
心配しているのですか、私を?
その表情を見ていると、思い出します。
あの夜、私たちが出会った時。心が壊れかけていたあなたのあの美しさを。
あと一押しで粉々に砕くことができる宝物を見つけた高揚感。
きれいなものがグチャグチャに汚れて、折れない強い心が曇る様は最高です。ヒフミ様。私があなたといっしょにいるのもその為なんですよ。
もっともっと、ヒフミ様が曇る様を見て味わう。
そしてひとりでも多くの人の美しい曇り様を見て味わう。
私が生きる目的はただそれだけ。
名探偵が君臨するつまらない灰色の世界を、怪人「ハガネハナビ」が壊す理由。
だから、その為には。
お前は邪魔だ、名探偵。
絶対の殺意。
怪人の纏う執念とも、名探偵の求める正義とも異なる妄念。
お気に入りの玩具を取り上げられたくない。
自分の楽しみを邪魔する者を消す、ただそれだけの為に理不尽な悪意が四方に放たれる。
井草要が定める推理劇という物語と密室という舞台、その何もかもを汚染する歪んだ欲望の奔流を、花火の様に咲かせて、世界に自身の妄執を刻み込む。
怪人「ハガネハナビ」再起動。
撃つ。
右腕はない。だから左腕部に装備した銃を目の前の龍の頭に向けて、撃つ。
撃つ。
撃つ。
さすがにこれなら、無傷では済まないでしょう?
ああ。やっとこちらを見てくれましたね。
さっきまで人質、盾としか認識していなかった取るに足りない怪人から、一方的に弾丸を打ち込まれて動揺する無様さ、多少は見れるものですけど・・・いいえ、あなたはまるでダメですね。
ヒフミ様の美しさには到底及ばない。
苦しんで足掻く彼女は、追い詰められれば追い詰められるほど輝くのですから。
「あなた如きがあの人に敵う訳がない」
咄嗟に手を振りかざし、私を地面に叩き落そうとする動き、それを読んでいたからこそ、私は龍の鋭い爪を自分から自身の胴体に突き刺します。
「・・・・・・!?」
驚いた、驚きましたか?
だから、逃がさない。
左腕からの砲撃を続けながら、残った左脚先端、腿、腰部の砲塔を回転させ追撃。
「ガッ・・・ガガッァ・・!!」
苦悶の声をあげる龍。どれほどの耐久性かは知りませんが、そろそろ堕ちて欲しいです。
おっと、何をするのかと思えば、左腕で、私諸共自分の右腕を切り離してきました。
さすがにこれは防ぐ時間もありません。
かくして空中に放り出された私はそのまま地面に自由落下。
この損傷では飛行するのは難しいようです、どうしましょうか。
「・・・おい、メイド」
ああ、アオマント、聖屋さんですか。
助かりました。彼が受け止めて下さったおかげで、無事着陸出来ます。
ですが、もうちょっと力をお借りしたい。
「アオさん。すみませんが、あそこに降りてください」
モザイクフウシャが倒れている場所に。
群がっていた群衆はどうやら元主と妹の方が蹴散らしたようで安心です。
「状況は? 元主」
「今はクライがあの龍、名探偵を引き付けています。あなたが攻撃してくれたおかげで、今も何とか渡り合えてるようで」
それは重畳。
・・・ヒフミ様が、私の為に。
フフ・・・フフフフフ・・・・
「喜んでる所悪いですけど、続けていいですか?」
ちっ、無粋な人ですね。
「さっきまで群がってた人間たちは、砲撃に対して防御を張ったタイミングから明らかに動きが遅くなり、今は糸が切れた様に大人しくなっています」
「つまり」
「あの龍の形態と、本来の名探偵の力、同時使用は無理があるんです。それが出来たらそもそも最初の時点で人海戦術を使ってこちらの足を止めてから爆撃するなど、一気に終わらせる方法はいくらでもあったはずですし」
なら、今が好機ということですね。
「向こうも頭に血が上ってるのか、タンテイクライに狙いを定めているようで、こっちは見向きもしません」
彼女の煽り、上手く行ったみたいです、と付け足す元主。
相手の定めた配役を拒否、ですか。ふふ。さすがと言っておくべきですね、ヒフミ様。あなたは本当に見ていて飽きない。
「・・・・・なるほど、理解しました。では、モザイクフウシャを」
「彼を? いえ、それが損傷が思ったより深くまだ意識を取り戻していないんです」
強化を受けたとはいえ一般人に後れを取るとは、いくら人格が危険極まりなくとも、やはり鍵織のふたり、特に兄の方の戦闘能力は低いようですね。
「・・・いえ、ホウシの話では突然襲い掛かってきた人間をひとりひとり抑えつけて観察、分析、解剖まで行おうとしていたのに、次から次へと新しい検体がやって来るので、うれしい悲鳴をあげながら夢中で診ていたらついうっかりボコボコにされたそうで」
「そうですか、楽しそうですね」
やはり鍵織は鍵織ですね。
「ともかくこの損傷は彼の能力でないと再生できません。だから電気ショックなり適当な薬を打ち込むなりして早く起きてもらわないと」
「ヒフミさんといい、たまに同僚に対して雑にひどい扱いするの何なんですか・・・それに自分でもわかってるでしょう。そのダメージ、今から行ってもあの人の足手まといになるだけです」
「それに何か問題でも?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
結局、鍵織ツナゲ、モザイクフウシャは元主が耳元で、見たことのない生物が闊歩していると囁いた瞬間に覚醒。そのまま騙された文句を言う前にこちらの手足を再生していただきました。
チュパカブラデスワームが行進していると言われなければ当分目を覚ましそうになかったんですから、本当なら彼は私たちに感謝すべきです。
まあ、どうでもいいですが。
「遅れてすみません、主」
やはり、どんなに強靭な火力と身体能力を誇ろうと、逃げに徹したタンテイクライ相手では、攻撃を当てられなかったようですね。
それは私が来るのをヒフミ様が信じていたからではもちろんなく、自分が煽った相手が予想外に怒って、逃げようとしても逃げられなかったというのは真相でしょうね。
私は彼女の一番の理解者ですのでそのくらいはすぐにわかりますとも。
「あ・・・うん。元気そうでよかった」
「はい」
私が負った傷をみて無用な罪悪感を感じるヒフミ様・・・眼福ですね。
「? 今寒気が・・・」
「とにかく、戦況はどうなんです、このまま畳みかけますか?」
「え、あ・・・それなんだけど、もうちょっとかかりそう」
ほら、と指をさした先で、再び龍に異変が起きていました。いえ正確には回帰、というべきでしょうか。
鋼の砲撃に耐えた鱗も、自ら斬り落とした腕の跡も、龍を構成していた全てがズルリ、と剥がれ落ちていきます。
落ちて、堕ちて。後に残るのは。
「・・・不覚、と言うべき場面であると理解出来る」
名探偵。
神の如き力を振るう生きた災害。
その身には傷ひとつない。
「油断があったと理解出来る。傲慢だったと理解出来る。自分が力に溺れ、振り回されていたと理解出来る」
淡々と事実を述べて、省みて。後はそれを活かして問題を解決するだけだから。
「だから、ここからは正真正銘、油断も驕りもない。井草要の絶対の神意で、怪人を滅し尽くす」
「なら、その前に潰す。私の楽しみを邪魔するものは、何であれ許されないのですから」
体内に装填した「対探偵薬」は2発分。
再生したての右手、右足はやや反応が遅い。
全身の損傷は、痛みは麻酔で紛らわせたとはいえ無視出来ないレベル。
対する名探偵、井草要と名乗りましたか。人型になった今、散々喰らわせたダメージもチャラになっている模様。改めて、インチキですね、名探偵。
だったら、いつも通り、グダグダにギリギリに怪人らしくやるだけですよね、ヒフミ様。
「私は好きでそうしてるんじゃない・・・」
「ご謙遜を」
「その言葉の使い方がおかしい」
さて、改めて。
仕切り直し。
「こちらの御方はあなたが提示した役柄を拒否したそうですね」
犯人、被害者、そして探偵。
徹底的に相手の土俵で戦わないのが悪性の所以。探偵殺しの基本ルール。
「ですが、私はそれを受け入れましょう。あなたの全てを暴くために」
井草要。怪人を討つ名探偵。
その意思。その理想。その誇り。その怒り。その輝き。
全て合わせて玩弄すれば、私の心は満たせるはずだから。
「わかった。後悔して惨めに命乞い。それが
「なら、力も神威も権能も、
迦楼羅街中央時計塔前広場。
意思なき傀儡の集う場で。
「閉鎖切断の女神」名探偵、井草要。
怪人「ハガネハナビ」船織ヤマメ。
4番目の探偵殺し、開演。
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