第11話 名探偵の密室、怪人の悪性

 結局、彼女が求めたのは公平さだった。


 罪人には罰を、善人には報いを。

 探偵として悪を暴き、解体して裁く。

 不条理を無くし、秩序をもたらす。

 繰り返し繰り返し、複雑怪奇な事件も単純明快な犯罪も、重罪も微罪も、等しく解き明かし裁く。

 初めは子供じみた正義への憧れだった。

 だから理想に近づこうとした。

 そして彼女は「名探偵」と呼ばれる存在になった。

 いくつもいくつも、降りかかる難事件を解決する。

 依頼を受け様々な土地で犯罪を解き明かす。

 だけど現実は物語のように上手く行かない。

 いくつ事件を解決しても、どこかに割り切れないものが残る。

 いくつ犯罪を暴こうとも、どこかに不正が残っている。

 だから、願った。

 もし。

 もしも私が神様になれたなら。

 絶対に公平な世界を創ろう。

 例えば。

 例えば世界全てが私になれば、皆同じ。それが本当に正しい世界なのだから。

 名前も姿も何もかも変わろうとも、その願いさえ変わらなければどんな存在になろうとも私に後悔はない。


 それがこの名探偵の起源。

 井草要という名前を得た彼女が抱いていた夢。




「何考えてんの、あいつは!?」

 思わず悪態をつく。

 龍、伝説の中でも最高レベルの危険性を持つ神。数えきれない堕ちた神や聖霊が跋扈するこの世界の中にあって、伝承の中にしかその存在を確認されていない怪物。

 あの名探偵、井草要なんて人間みたいな名前をわざわざ名乗った後にこんな神話の存在に変身するなよ。たかだか数体の怪人を滅ぼすために大袈裟過ぎるだろこんなの!

 あんな巨体が街の中で暴れまわったら、被害がどれだけのものになるのか、誰にだってわかるはずなのにそれに頓着しない。

 名探偵にとっては全てが等価値。街のひとつやふたつを犠牲にしても悪を滅ぼす。ケラの言葉をこんな形で実感するなんて。


 そんな益体のない思考を私が巡らせてる間にも、龍の飛翔は止まらない。

 両翼の起こす風に建物が破壊される。目の前で繰り広げられる惨状に、人々は悲鳴も怒号をあげる。そのまま何人もの人間が吹き飛ばされている。本当に彼女は周囲のことを考えてないっていうの。

 

 これが名探偵。目的の為ならどれ程の惨劇を引き起こしても意に介さない。裁きを下す神の如き災害。

 

 飛ばされないようその場に踏み留まり、それでも私はこの状況を打破することをあきらめない。その為に、いつものように相手を観察する。

 あの龍はこの期に及んでまだヤマメさんを離してない。盾に使うつもりか。ほんの数%でもこちらが攻撃を躊躇う可能性があるなら、どんな汚い真似もする。

「名探偵だから」手段を選ばない。

 人質をとった時にはっきり理解すべきだった。

 井草の、井草要と名乗ったあれは驕らない。

 神に等しい力を持っていながら、ただの探偵、人間のように相手を殺す。

 名探偵は神のように超常の力を振るう傲慢な存在のはず。でもこの井草要は違う。心の底から怪人に敵意を向けてくる、だから付け入る隙も、策を挟む余地もない。

 こんな奴とこんなに早く戦うことになるなんて。

 でも、ある意味これは好機かもしれない。


「ここで勝利すれば、私たち怪人の敵意が名探偵を上回ることの証明になる」


 私がそう独白した時、毒の雨が豪雨となって降り注いだ。


「悪い。待たせた」

 その言葉とともに「アオマント」聖屋アメが戦場に乱入した。


 怪人「アオマント」

 希少な飛行能力を有する怪人。猛毒の液体を雨のように射出して攻撃する。接近戦時には両手のかぎ爪を使用。

 彼なら広場の上に飛翔した龍を直接狙えるはず。でもその前に彼に確認しておかないと。

「アオ、ムナの方は!?」

 ここで他の奴らに合流されたら? 変わり果てた姿とはいえ、名探偵に忠誠を誓う連中が敵に回れば状況はさらに悪化してしまう。

「取り巻きと本部に行った。この騒ぎだ。避難とかの指揮をそこでするんじゃないか」

「確かにあそこなら通信施設も揃ってる」

「一応今はあの兄妹に見張らせてる」

 本部、事務所のこと。つまり当分あいつは来ない。それだけはいいニュース。

 そしてあの鍵織兄妹ふたりを、見張りとしてここから離したのもナイスだ、聖屋。あのバカ天才の暴走を心配する余裕は今私にはないから。

 依然状況は混乱の極みだけど。

「それでどうする。捕まっているのを落とさせるのか」

 ヤマメさんを助けることが出来たら、攻撃しやすくなる。でもそんなに上手く行くの?

「いっそ頭を狙って行動を止めるか。『雨』を使うなら精密に狙えねーから、どっちにしろあのメイドを巻き込むぞ!」

「わかってる、ちょっと一瞬考えさせて!」

「早く指示を出せ、俺だけじゃ手に負えそうにない」

 私にだってそうだよ。こんな怪物に真正面からぶつかる力なんてない。

 名探偵井草要。こんなデタラメな手段を使ってくるなんて。どこが秩序の化身だよ、お前自身が混沌そのものだって、そんな簡単なことが理解出来ないのか

 でもそっちが無茶苦茶をやるなら、怪人は怪人らしく冷静に悪だくみしないとね。


 今この場にいる戦力は3。

 タンテイクライ。カオトバシ、そしてアオマント。飛行しているあの龍に接近して喰らいつけるのはアオマントのみ。

 その雨の毒素は名探偵、及びその力から生まれた探偵に有効。

 あの龍全体にそれをぶっかけても、怪人であるヤマメさんには効かない?

 まさか。そこまで都合のいい話はない。意識はなく負傷の度合いは深刻だけど、船織ヤマメは頭部、及び胸部の変化を解いてない。ならある程度彼女の身体は耐えられるはず。これならいける。

「『毒雨』を目標の身体全体に降らせて。なるべくあのトカゲにあたるように」

「無茶と言うな。だけどわかった。あんたはもっといい攻撃なり、あのメイドを助ける手段なりをさっさと見つけ出して俺らに指示してくれ」

 言い終わるとアオマントは飛翔する。その青いマントの中から、要に向けて勢いよく猛毒が液体が噴出する。

 集中豪雨。

 普通の探偵なら全身を侵食されてまともに立っていられなくなるはずの量の毒の雨だけど、それを浴びてなお井草要は飛び続ける、止まらない。それどころか怯んだ様子もない。これほどまでにあの龍の耐久力があるなんて。探偵とは身体の構造レベルで違ってるの?

 時間が経つだけ不利になるのはこちらの方。

 一刻も早く堕とさなければならないのに、ずば抜けた身体の耐久力という、単純だけど厄介な防御を貫く決定的な方法はまだわからない。

 

 防御。そう、まだ井草要は攻撃をしていない。

 そしてここから彼女の攻撃が始まる。


「閉鎖切断。世界を閉ざす」


 龍が咆哮するように、名探偵は高らかに宣言した。

 そして街の空が閉ざされた。


 要が言い終わるのと同時に、青空に薄い灰色の幕のようなものが現れた。

 違う。幕じゃない。これは「壁」だ。今この瞬間、この街は閉ざされた。

 空気が絡みつくように重い。空間そのものに劇的な変化が起きている。先ほど要は自身の身体を龍に変えた。今度はこの地、世界そのものが変容しているとしか思えない。

 これが権能。自身の名前、キャラクターが確立される前、この世界に降り立った時から井草要が有する閉鎖切断の女神の能力。


、構築」


 密室。

 閉ざされ切り分けられた部屋。


 不可能犯罪の代名詞、そして探偵が解き明かす、探偵のための装置。

「聖国密室大量殺人」において発動した際は、空間の中のものを犯人、被害者、そして探偵、その3種に分けた。

 今。迦楼羅街を閉ざし作り上げた密室の中、名探偵は再び配役を振り分ける。

「探偵、井草要。被害者、怪人複数人」

 そして犯人。探偵に打破されるために事件を起こすのは。


「犯人、この空間内の残り全員」


 静かすぎる。

 龍が出現した時のような悲鳴は、さっきからひとつも聞こえてこない。

 あれだけいた人間の声が。


 密室の中では、犯人は探偵のために被害者を殺害する。


 ドスッ・・・


 広場に2体の怪人が投げ込まれた。


 体中を刃物や鈍器で傷つけられた「モザイクフウシャ」「ヒャクメホウシ」鍵織兄妹が。

「・・・お前たち、何をした」

 声が漏れる。彼らが誰に敗北したか、状況は明らかだった。

 なんの特別な力も持たない、探偵ですらない一般人。本来戦う力を持たないはずのの人々の手で、常人を上回る身体能力と異能を持つはずの怪人が瀕死の重傷を負わされた。


 閉鎖切断。

 その本質は「密室の構築」閉ざされた空間の中、探偵の為だけに作られた舞台。その中のあらゆる人間の役柄を定める。

「犯人は被害者を殺し、探偵は犯人を暴く」食物連鎖のようにその法則が定められた空間。

 そのルールに影響を受けた犯人はひたすら強化され、その犠牲者である被害者は「決して犯人に勝てない」よう、あらゆる力が衰える。

 その果てに生じるのは、数十人程度の普通の人間が怪人を打倒する大番狂わせ。

 脳を操るヒャクメホウシの権能とも違う、存在の根本から作り変えるという徹底的な尊厳破壊。意思を失い傀儡となった数多の人間が全ての被害者を殺害し、探偵に断罪されるまで止まらない「推理劇」

 それが井草要「公平さ」を求め続けた名探偵が至った世界。

 自分が望む物語を他の全てに押し付ける。それが名探偵の本質。その力を前にして、私は、芦間ヒフミは。


「・・・もうやだ」


「・・・クライ? タンテイクライさん?」

 ケラが訝しげに声をかけて来たけど、構わずに私は続ける。


「もうやだ、やってられるかこんなこと!」

 思いっきり投げ出した。

 何で怪人より名探偵の方が好き勝手にやってんだよ!


 一般人を操るなんてえげつない真似、私だってやらないよ。

 あそこで伸びてる兄妹もやらないだろ。貴重な実験材料が損傷するのを嫌がるから・・・倫理的にはあっちの方が終わってるか。

 そうまでして自分が活躍する物語を押し付けたいのか。まあそれはいい。でも何でそれに真面目に悪事をやってる人間が巻き込まれなきゃいけないんだ。

「この場面でそんなこと、普通言いますかね・・・?」

 あ、妹の方が意識取り戻してる。よかった。まあそう簡単に逝っちゃうような人間じゃないし。

「雑ですね。ここは仲間を救うために後先考えずに突撃したり、大事な部下を傷つけられて怒りで我を忘れる場面ですよね」

「逆に私が敵につかまってボロボロになってたら、あなたたち兄弟はどうするのさ」


「大事な研究材料を守るため突撃して、せっかくの検体を傷つけて高尚な探求の邪魔をした連中に対する怒りで我を忘れます」


「うわぁ・・・・」 

 ケラがドン引きしてる。

 ここでこう言う倫理を地の底に捨てたセリフを吐く。これこそ鍵織兄妹、マッドに振り切った科学者怪人なんだよね。別に感心とかしないけど。頭痛の種でしかないけど。

「とにかく、あの兄妹と、それからまだ捕まってるメイドを、さっさと回収して帰ろう、ね」

「・・・あの、さすがにここまで来てそれは難しいのではないかと」

「カオトバシ、うるさい」

「ひどっ!?」

 あーも、そんなこと言われたらこっちが悪いみたいじゃない。私はあくまで仲間を助けて、ここから逃げ出すことを提案してるだけなのに。


「・・・タンテイクライ。何を言っている? 理解できない」

 龍が、異形の怪物に変じた名探偵が困惑した様子で話しかけてきた。まるで生まれて初めて理解できない、自分の中の公平の尺度から完全に外れたモノを見たように。

「ここで何故向かってこない? 私は自分の名前を定め、龍に転じた。そこまでしてお前たちをわざわざ私自ら殲滅してあげると言っているのに」

 戦ってやろうと、どこまでも傲岸に名探偵は怪人に語りかける。

 

「仲間を傷つけられたのだろう。ならば私に挑むのがお前たちの役割でしょう」

怪人。名探偵との戦いを宿命づけられた存在。それを束ねる上位個体なら猶のこと。

「名も知らぬ人間の数百の屍を踏み越えて私を、名探偵という神を打倒するのが怪人であるはずなのに」

 龍、物語でしばしば英雄の敵となる、「うってつけの悪役」の姿をした名探偵は、向かってこい、戦えと告げる。

 

 でも、そんなお約束の展開なんてつまらないだろ。


「誰が決めたんだ、それ」


 私たちが何故そんな物語に従う必要がある?


「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「こっちがひとつひとつ丁寧に仕込んだ計画を、土壇場で名探偵に潰されて、好き勝手に振り回された。だから引く。戦いから逃げる。当然でしょう」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「逃げ出して、仲間を治して、そこからまた新しい計画を立てて、お前を襲う。それが失敗したらまた別の計画を立て、また別の機会にお前を襲う。お前を、お前たちを滅ぼすまで私たちはそれを何度でも繰り返す」

「理解できない。何なの、それは。矜持も正義も何も感じないの、怪人」

「だからそれを誰が決めた? 言われたから、はいそうですかと戦う義理なんてない」

「義理・・・・?」

 井草要。閉鎖切断。

 この密室の中の全てに望む役を演じさせる権能。

 そのはずなのに。目の前の存在にそれが通じない、思い通りに動かない。

「思いあがるなよ、名探偵。災害風情が、私たちに役を割り当てるな」

 名探偵、神のような来訪者。

 それに抵抗する方法はひとつ。


 絶対の殺意を向け、そして相手に物語の主導権を与えないこと。


「だから密室、この舞台から私たち怪人は撤退する。これ以上付き合わない」

「・・・あなたは何なんだ」


「タンテイクライだ。知らなかったか名探偵」


 怪人を束ね、名探偵に牙を向ける上位怪人。過去に何があって、それをしようと決めたのか。井草はその起源を知らない。

 それだけの覚悟があるはずなのに、無様に逃げることを躊躇なく選択できる。

 矜持も正義もない。この怪人から感じられるのは。


「執念・・・?」


 何があっても、どれだけ無様に負けようとも、必ずやり遂げる。やり遂げるまで繰り返す。

 何があろうと相手の筋書きに乗らない。


 、もっと悍ましい存在。

「本当に理解できない、何なのよ」

 そこに在るだけで名探偵の推理劇も神の如き災害の蹂躙も、等しく貶める悪性。

 それをもって神の道具たる貴種の令嬢から脱却した怪人。

 なら、きっとこう名乗るのが正しいんでしょうね。


「悪性令嬢。悪性をもって名探偵おまえたちを何度でも何度でも狩り尽くす。それが悪名高い怪人『タンテイクライ』よ。理解しなさい、災害めいたんてい


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