第10話 名探偵は生まれ、そして変貌する
「さて、しばらくはひとりか。どうしたもんか」
会議の後、僕は襲撃の際用いる道具を密かに運び込んだり、裏方仕事に忙殺される日々だった。必要な資材の用意やらも併せてやっているうちに、気がつけばあっという間に降臨祭当日。
今頃は陽動班の3人も街に到着した頃か。通信は極力控えてるから状況はわからない。まあ聖屋がいるから残りのマッドふたりも暴走することはないだろう、多分。
肝心のヒフミさんは今頃団長と一緒にお偉いさんへの挨拶周りかな。肝心の名探偵がそういうのに無頓着だから、余計周囲は気を遣うんだろうな。
今回の標的「井草の女神」はまだ戻ってないらしい。まあ何だかんだで彼女はこの祭りには毎年出席するらしいから、周りの反応は「またか」って感じらしいけど。
こっちはいい迷惑だ、襲撃の予定が滅茶苦茶になったじゃないか。
名探偵なんて神様に片足以上突っ込んだ存在に今さら言うのも変だけど、あの連中は大体浮世離れしてるというか。特に今回の主役「井草の女神」は滅多に人前に姿を現さない筋金入りの引きこもり名探偵。今回を逃せば一年後まで下界に降りてこないんじゃないか。
まあ失敗すればどっちにしろ怪人は全員消されるだろうから、それを心配する必要はないか。
とにかく今は目立たずに地形などを確認しないと。「カオトバシ」が矢森と戦った時のように、怪人が十全に能力を発揮するには、環境の把握が前提として必要だからな。
それでヤマメさんはどうしてるんだろう?
「ここですね」
姿を隠して移動していた私「ハガネハナビ」は鳥のような飛行形態から人型へと変形、目的の建物の屋上へ静かに着陸しました。ここからなら主賓席含め祭りのステージがよく見えます。絶好の狙撃ポイントです。
もちろん警備する側もそれは承知していて、今もこの下では何人か職員が巡回していますね。ヒフミ様もさすがに露骨に警備の薄い所をつくる訳にはいかないでしょうし、ここはこの船織ヤマメの隠密技能を発揮する場面です。
まあそもそも狙撃程度で倒せるような甘い相手ではないのですが。差し当たって一番確実な手段である対探偵用薬。私の弾丸は着弾と同時にそれを体内に注入する特別仕様です。しかしやはり接近戦がより確実なのは変わりません。
ですのであくまで私は囮。ヒフミ様の御側で戦えないのは真に口惜しいことですが、ここは元主の奮闘、いえせめて足手まといにならないことを願いたいものです・・・正直妬ましいですけど!
では準備に移りましょうか。
「ハガネハナビ」銀色の人型にサメの牙と、全身から戦艦のように砲塔を装備した遠距離特化怪人。
我ながら異形ですね。「八級手術」厳格な階級社会だった白の国で、軍事を司る八級に施されていた旧世界の技術に、船織の遠縁の鍵織一族が改良を加えたもの。それをここまで完成させたあの兄妹は不愉快ですが、天才なのは疑えませんね。
専用武器、対名探偵用狙撃銃「
見ててくださいヒフミ様。ヤマメは忠実で信頼できるメイドだと証明してみせますから。
そう意気込んで狙撃準備を整えるヤマメ。彼女は自分を見つめる存在に最後まで気付くことはなかった。
「じゃあ、姉さん。また後で」
「はい。では私は事務所の方に戻りますので」
挨拶周りや打ち合わせを終えて、ムナとも別れて、ふう。これで探偵の仕事は一段落。本職に戻る時だ。
標的が会場に入り次第行動開始。って言ってもまだ本人がどこにいるのかわかってないんだけど。
「井草の女神」そもそもこんな場面に出てくるような性格じゃない上、人の話を聞かず好き勝手に振舞うタイプ。まあ問題はそれが単なる放蕩じゃなくて、散歩のついでのような気軽さで彼女は反乱分子を消して回ってること。
聞いた話では他の名探偵も旅行の度に殺人事件が起きるようなノリで敵対勢力に遭遇しては、即それを殲滅する奴がちょくちょく居るそう。改めて名探偵って迷惑過ぎるな。
そして名探偵を守る探偵について。こっちの言葉に惑わされて時木野と蛇宮は街の外。そして芦間ムナは会場の警備に回っている。問題は彼を名探偵から引き離せるか。取り合えず一旦事務所で装備の点検などをした後で、ケラと合流しようか。
その時「怪人用」の通信機に入電があった。
これは・・・ヤマメさん? 今は通信は控えるように言ってたのに・・・それほどの急用ってことなのか。一応用心して通話ボタンを押す。
「・・・ようやく繋がった」
通信機からヤマメさんのモノではない声が響いた。
「初めまして。私は井草。閉鎖と切断を司る名探偵」
それを聞いて、私はここまでの全ての計画がご破算になったことを理解した。
「あなたが彼女の上官?」
彼女、船織ヤマメ。
「・・・何をした」
「安心して。抵抗されたので少しばかり削って、意識も失ってもらったけど、一応まだ生きてる」
言い換えれば指の一振りでいつでもヤマメさんの首を飛ばせるということで。
「今から会いたい」
友人に話しかけるような口調で、場違いなほど自然に名探偵は言葉を続ける。
「もちろん、この怪人を放って逃げ出してもいい」
「・・・・・・」
「もっとも、名探偵である私があなたたちを逃がすことはあり得ない。何処に居ようと何人いようと、最後にはひとり残らず裁いて喰らうけど」
「わかった。今から会いに行く」
「希望する場所はある?」
「今いるのは時計塔?」
ヤマメさんを配置したのは、その塔の最上階。そこを狙った・・・?
「ええ」
「・・・その塔の前の広場」
「わかった。人払いはしておく。それを信じるかは自由」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ではまた」
まずい・・・まずいまずいまずい!
名探偵。狩るつもりが向こうから奇襲された。
ヤマメさんは生きてはいるだろうけど、相当抵抗したはず。かなり重傷を負っているかも。だとすれば早く回収しないと手遅れになるかも。
周囲に不審がられない程度に急いで移動しながら、通話する。
「ケラ、ヒフミだけど、まずいことになった」
事情を話し、ケラを合流地点に向かわせる。
後のことは、それから考えないと・・・
「接敵したら私が先に出る。ケラ、あなたは後方で待機して」
「聖屋たちはどうします、こうなっては陽動も何もないと思いますが」
「それでも、ここでムナまで加わったら完全に収拾がつかなくなる」
「・・・それからこれも一応言っておきます。ヤマメさんは自分のせいであなたが追いつめられるのを望まないでしょう」
つまりそれは彼女を見捨てて引くべきということ。
確かにそれが自然な考えだろう。
人間相手なら、だけど。
「それを許すような甘い相手じゃない。ここで逃げても遅かれ早かれ全員狩られる、一片の容赦もなく」
彼女もそう宣言していた。どれ程無関係な人間が巻き込まれようと構わず、ひたすら敵を追いかける猟犬。秩序の為にはどんな破壊も平気で行う機械の冷酷さと支配者の傲岸さを併せ持つ存在、それが名探偵だから。
「だから状況を打破するための最善手は、全部前倒しにすること。ここで名探偵『井草の女神』を討つ」
計画も策もない愚の骨頂、ギリギリでグダグダ。スマートとは対極の泥仕合。
つまりいつものこと。そう考えたら多少は前向きに・・・なれないよ。
「広場が見えてきた、一旦切る」
「はい、仕掛ける時は合図してください。それから芦間ヒフミ」
「何」
「気をつけて。死なないで」
「・・・当たり前だろ」
人払いするというのはは本当だった。あれほどの喧噪が嘘のように、時計塔前の広場には人の姿がなかった。どうやったんだろ。普通に考えたら部下に命令したとかだろうけど「探偵として」私は何も聞いてない。都合がいいけど不気味・・・
「あなただったの、『タンテイクライ』」
広場中央。噴水の前にそれはいた。私と同い年に見える・・・外見は。
怪人形態でこちらの顔は見えないはず。まあそもそもこっちの正体なんて関心がないかもしれないけど。
「ああ、彼女はここに」
ヤマメさんを無造作に片手で担いで、こちらに見せる名探偵。
船織ヤマメの右手右足は切断されていた。
「・・・・・・・・・・・・・」
落ち着いて・・・落ち着かないと。
あれは生きてる。致命傷じゃない。研究所なら治療可能。ここで冷静さを失ったら終わる、だから。
「あなたの情報を聞き出したりはしていない。どうやってそちらに連絡したか、ペラペラ喋るつもりもない」
推理しなさいよ名探偵。
まあ聞くつもりはないけど。
時間をかけて問答するつもりはない。
怪人の脚力で地面を蹴り、前方に突貫。名探偵といえど上位種が繰り出す攻撃をまともに喰らうことは避けるはず。井草が防御、回避行動をとった隙にヤマメさんを引きはがす。そのための突撃、それが届く寸前。
「だから名探偵らしくこれは有効活用しないと」
井草の女神は船織ヤマメをタンテイクライに向かって突き出した。
「人質、兼盾代わり」
「・・・っ! ぐっ!」
咄嗟に横に跳んで方向転換する。
人質っ!? いやそれ名探偵とか正義の味方が絶対やっちゃいけないことでしょうが!
何なのこの井草、名探偵。丁寧にこっちとの一騎打ちをお膳立てしたこともそうだけど、この戦い方・・・
「人間みたい、そう思っているの? タンテイクライ」
言い終わると同時に、横から刃が飛んできた。
数は3、4。ふたつは減衰で止めて、残りは回避、いや違う、これの狙いは足止めっ・・・!
その答え合わせのように動きの隙をついて名探偵がこちらの懐に名探偵が飛び込んできた。そしてそのまま井草の拳の一撃が胸部に命中。
「・・・ぐう」
まともに喰らった。何とか意識を保ちつつ、蹴りで反撃、それに乗じて距離をとる。
今の戦法も。
「こすっからい、その表現で合ってる? あなたはそう思ってる」
ああ、そうだ。それなんだ。人ひとり抱えたままでこれだけの威力の打撃を繰り出せる身体能力、名に関する刃の権能による斬撃。それだけでも力任せの蹂躙が一番効率的なはずなのに、まるでこちらを警戒しているように、まともな戦い方をしている。あまりにも名探偵らしくない・・・!
「そう、あなたたちが戦ってきた名探偵と私、井草は違う」
携行していた銃から苦し紛れに撃った弾丸を、刃を出すことなく切り刻んで無効化。これが能力か? 刃を使わず対象を切断する? 懸命に打開策を練る間にもまるでこちらを見ていないように井草は言葉を続ける。
「矢森は、怠惰だった」
井草矢森、目の前の彼女と同じ井草の名を持つ拘束絞殺の名探偵。それを怠惰と切り捨てた。
「強者に勝つことだけを考えていたのに、自分からは何も動かず、支配すら惰性の産物。だから未練なくこの世界からいなくなった」
その言葉に反応するように、名探偵の背後から無数の触手が襲い掛かった。
「カオトバシ」丙見ケラの攻撃。
井草は動じることなくその触手、棘を斬り本体を掴み、そのまま絞める。まるで彼が葬った矢森のように。
「度し難い。井草矢森、彼は所詮異物、ただの神に過ぎなかった」
変化でその拘束から逃れようとするケラを蹴り、殴る。不定形の身体でも確実に通る威力の連打を浴びせた。
「カオ! 引け!」
「掴まれてんだよ!」
名探偵なのにここで力押しって、この井草、本当にやり辛い!
「ああそっか、あなたは丙見の」
そして当然のようにカオトバシ、丙見ケラの正体が全知の探偵に暴かれる。
顔は隠してるのに・・・掴まれたから? 分析した、とか・・・読心とか持ち出されたらいよいよ探偵要素なくなるな・・・
こちらの混乱など意に介さず、名探偵の独壇場は続く。
「そう、最初に討たれた名探偵、丙檻も怠惰だった」
丙檻、私たちが初めて滅ぼした「果樹園の名探偵」
その名前を聞いて、一瞬ケラの動きが止まったのを、果たして彼女は認めたのか。
「ひたすら支配とキャラクターの育成、とは失礼な言い方?」
支配、キャラクター、確かにあそこで行われていたのはそういうことだったけど。
「箱庭遊びに没頭して、それ以外をおざなりにした結果、飼っていたお前たちに噛まれたのだから救いようがないほど愚か」
丙檻、丙見の家の支配者にして血統の創造者、果樹園の管理人、それを怠惰と切り捨てた。
「離れろ!」
言葉の途中、ケラの動揺に興味を持った隙をついて、減衰の波を出す。直接的な殺傷力はなくても動きを止める程度はできる、そこからケラの触手に繋げる、あるいは私が接近して直接減衰を叩きこむことだって・・・!
しかし波動は届かない。一瞬の判断でケラを離し、ヤマメさんを担いだまま井草は飛び上がった。
当たれば動きが止まるとわかってた? だとしたら勘が良すぎる。
「私は違う。私は怠惰で愚かだった名探偵、井草矢森とも丙檻と同じ轍は踏まない」
歌うように宣言し、
名探偵の変身が始まった。
より強く確実に相手を潰すことの出来るように。
かつて戦った暗殺者のように、遊びもなく油断もなく相手を斬るための姿に。
「私は違う。敬意をもって、完膚なきまでに
敬意。
およそ神が人に抱くはずのない感情。
「私はこれに会い、刃を交え、そして理解しようとした。そしてその末裔、成れの果ての『蛇宮』も取り込んで、糧とした」
蛇宮? その名前が何で出てくる?
そんな疑問を無視して、ひたすら語り続ける、それによって名探偵の変化がさらに加速するかのように。
「そしてあなたたちとこうして相対して、ようやく、ようやく私はこの世界での形を得た、名探偵のあるべき姿を」
あるべき姿、名のない女神・・・名前がない。
井草の女神は、この世界の異物。どの名探偵にもそれは言えるけど、特にこの
そして今この瞬間。私たち怪人と戦うことで、彼女は自分の役割、キャラクターを把握した、そういうことなの・・・?
「そうだ、私は名探偵。ただひたすら望む秩序をもたらす装置」
人型からかけ離れた姿で、それでも変わらない口調は、ここにきてやや高揚していた。
「感謝する、あなたたち全員のおかげでここまで至れた」
そして、彼女は、名探偵はその姿を翼を持つ怪物に変えた。
それは、旧世界の神話の中でも特別な存在、誰も見たことのない正真正銘の伝説。
強欲に財宝を奪い、貯め込むもの。
「だから私はこの名前を名乗ろう」
そして「
「私は
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