第5話 彼女の起源

 夢を見た。

 あの子がいた頃の夢を。


「・・・何これ」

 肉の塊があった。違う、人間なの?


「堕ちた神の信徒。人に他の精霊や神霊複数種を無理やり混ぜ合わせた合成体。私たちに対抗するのに信仰だけじゃ足りないから、こんなものまで生み出したんだ」

 頭の中であの子が冷静に解説する間も、醜いキメラのようなものは変貌を続ける。

「・・・あ・・・あ・・・ア」

 とっくに原形を無くしたはずの口から、苦痛とも憤怒とも取れない感情を乗せた言葉が漏れ出した。 

「あ、ああ。名、ナマエアア」

 意味のある言葉・・・私の名前を尋ねた? 悍ましいというより根本的な異物、恐れるよりも脳が認識を拒むこれに意思や知性があるの?

「おまおまあああ」音が変わった。

「何」外装を起動し,爪を突き立てながら、無意味は承知でそう問いかけた。

「何が言いたい」

 

「お前たちは哀れだな」

 

 その時、ピタリとチューニングが完了したように言葉が明瞭になった。

「・・・・」

「お前たちは何の為に戦う? 名探偵。思いあがったあれの為か」

「・・・・」

「あれは我らとお前たちの区別すらついていない」

「・・・・」

「あれが世界の秩序を守っているなどという妄言をまさか信じているのか? だとしたら救いようのない愚かさだな、走狗」

ニヤリ、と相手が嗤った気がした。

「始まりから、あれは世界を壊す事しか出来ない。正しく災害。秩序など、名探偵にとっては飽きたら捨てる玩具程の価値もない」

「・・・・黙れ」

「お前たちの献身も忠誠も、無意味、無価値。滑稽なひとり芝居」

「・・・・黙れよっ!」

「お前たち、芦間は自分の理想像を神に押し付ける。ただの哀れな」

「黙れってんだ肉塊!!」


 激昂と共に私は戦闘形態「令嬢」に変身し、眼前の嗤うキメラに突っ込んでいった。


 身体にこびりついたさっきの「肉塊」の残滓を洗い落とす。想定より時間がかかった。何より冷静を失って、感情のままに戦うなんて・・・反省しないと。次はより早く、より確実に名探偵、神の敵を消去する。

 

 そうすれば皆に褒めてもらえる。


「ただの哀れな道化」


「うるさい」

 記憶の中の声に思わず独り言を言う。あれは根も葉もない妄言。そうに決まってるのに。令嬢として名探偵の為秩序の敵を倒す度に澱のように溜まっていくものがある。

「姉さん、大丈夫?」

 そこにシイの本体がやって来た。私と同じ顔だけど、血まみれの私と違って純白の服に短髪の彼女は、実年齢よりも幼く見える。

「シイ、ごめんね、何でもない、心配かけた?」

「ならよかったよ」

 シイ。私の大事な大事な妹。この子のため駆動するのが私の使命。

「ヒフミ姉さん、大丈夫? さっき言われたこと気にしてない?」

普段は遠隔からサポートする彼女は、私の状態を完全に把握している。隠し事なんて出来ない。

「・・・平気」

 それでも私はそんな嘘を言った。


「檻様より我らに指示がなされた。それに従うのが我らの存在理由」

 いつも通り、謳うように歌うように目の前の異形「巫女機」が告げる。名探偵の眷属に指令を出すための装置。3人の人間が組み合わせた形の機械。


「1G区、水霊ウンディーネ及び呪霊サンタ・ムエルテの群の排除」

「姉さんなら大丈夫だよ」頭の中のシイが言う。


「ルG区、猟犬ティンダロスの排除」

「姉さんなら」頭の中のシイが言う。


「F7区、微睡草マンドラゴラの排除」

「ヒフミ姉さん」頭の中のシイが言う。

 

 その声に導かれるまま、私は令嬢として駆けて討つ。

 水霊を排除。

 呪霊を排除。

 猟犬を排除。

 微睡草を排除。



「今度の手術が無事に終わったら私も戦える。これ以上姉さんに無理をさせる必要もなくなるんだ」

「無理だなんて・・・でも本当にあなたはそれでいいの?」

「大丈夫、心配要らない。『巫女機』の予想通りなら絶対上手くいく。お父様もそう言ってた」

「お父様が・・・シイが危険を冒す必要なんてないのに」

「ヒフミ姉さん」

 そう言って彼女は私の目をまっすぐ見て言った。


「私はあなたに幸せになって欲しい。それが私の願いだから」

 



 シイの声が聞こえない。


 シイ。

 

 

 脳に手術を施した結果、精神干渉型令嬢「シイ」は複数名の精神を取り込み暴走。戦闘形態のまま逃走し、職員及び施設を破壊する。これを鎮圧する為、戦闘型令嬢「ヒフミ」が投入された。

(報告より引用。なおこれに続く一連の『芦間事件』の記録は現在全て削除済み)

 

 シイの声が聞こえない。


 呼びかけにも答えず、攻撃される。爪を躱している内に、さばき切れなくなって懐に飛び込まれた。

 そして、咄嗟に突き出した手が胸に吸い寄せられるように刺さって。

 

 シイの声が聞こえない。

 

 完了。鎮圧完了。


 記録:芦間所属研究員(音声は監視カメラより)

「今回の事故の回復は迅速に行われます。『芦間の令嬢シイ』精神干渉型の戦闘型への転換試験が失敗したのは・・・ええ、あれを失ったのは痛いですが、戦闘型はまだ残っている。芦間の家、いえこの世界の人間は全て、永劫名探偵に奉仕するために産まれ生きていくのですから。なぜなら『名探偵は間違えない』ならばその秩序が正解。それを守るために戦い死すとも・・・何だお前は・・・」

(直後監視カメラが破壊され、画面が暗転)



 記録:芦間西警備室通話記録

「・・・想定より速い。それになんだ。あんな機能あれにないぞ・・・とにかく芦間の令嬢はそっちに向かってる。何を考えているのかわからないが、そこで確保しろ、ただ気をつけろ。何か異常が起きてる。暴走・・・」


 記録:芦間所属兵(通信)

「・・・撃ち込んだ。もう動けないだろ・・・今下にいる、見失った、でも遠くに行く体力はないはず」

「・・・資料? そんなものをあの騒ぎのどさくさで持ち出していた?」

「・・・連絡を。甲賀見こうがみ乙姫見おとひめみ丙見ひのえみに警戒するよう・・・」


 丙見。

 数百年前降臨し、旧き神々を堕とすことで世界に秩序をもたらし、異界の技術を人に与えた神、探偵。

 その一柱、「ひのえおり」の眷属。秩序の為の暴。神に仕え力を振るうことを至上の名誉とする貴種、そのひとつ。


「・・・誰?」

 夜。雨が降っていた。

 ぼろきれのような服を着て、所々に傷を負った女の人・・・歳は同じくらいか? その目は鋭く、怯えているのにまるで周囲の世界全てを拒絶し排除したいと願っているように見えた。

「えっと、管理所に保護を求めてるのですか?」

 どう見てもそんなふうには見えなかったが他に何も言えない。それほど目の前の女性の存在感は異質だった。壊れかけのように弱々しく、同時に爆発寸前、そんな剣呑さが伝わってくる。

「・・・・・・・探偵、なの?」

 初めて声を聞いた。沼の底から響くような暗い声がこちらに問いかけてくる。

「ええ・・・まあまだ見習いなんですけど」

「・・・・・・・」

「一応管理所の方で警備の人に連絡してみるべきですよね。場所、案内しますよ」

「探偵なんだ」

「研修中ですが」

「探偵なら」


 私の敵だ。


 そう言って、その少女は飛びかかってきた。


「・・・・!? が!?」

 首元を抑えられた。速い。見えなかった。その上何か変だ、このままこいつに触れているのは危険だ。

「右は針へ」

 咄嗟に探偵としての権能を発動。両手の形を変える単純な能力だが発動の速さには自信がある。警告している余裕はない。首を絞めている左手に右手から伸びた棘が突き刺さる、その寸前で。

「減衰」

 攻撃動作を潰された。

 同時に決定的な異常が起きる。疲労。身体が鉛のように重く、両手の変形を維持する気力も消えていく。

「何なんだあんた、何なんだよ!」

「私は」

 言葉を発して、変わる。黒髪が白い外装で覆われ、ボロボロだった服が白い甲殻のようなドレスに。


「怪人、だ」

 怪人。探偵の敵。秩序を乱し壊し崩す存在。


「出せ・・・」

「あ!?」突き刺した左手も外皮に防がれる、やっぱり威力がない。衰えてる。

「丙檻を私の前に引きずり出して」

 掴まれた。右手を掴まれて、そのまま引きずり込まれる、こいつの内面に。このままじゃ喰われる。とにかく増援、家の方に連絡、隙を見て通信機を起動する・・・!

「あの名探偵を消して」言葉を発する、わずかな意識の緩み。


「私は初めて幸せになれるんだ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その時。実際に通信をすることができたのか。そもそもあの場に丙見の人間を何人呼ぼうと彼女を止められなかっただろう。でも、その瞬間。生まれて初めて聞いた、人間の言葉に、そんなことはどうでもよくなった。丙見。探偵の配下、秩序への奉仕。ただその大義しかない人間の世界で触れたことのないものがこれなのか。

「・・・・・・・・丙見ケラ。それが僕の名前です」

 名乗った。もう通信も家も、どうでもよくなった。薄情だとわかっていても、酷薄な行動が止まらない。目の前の相手を理解したい衝動が抑えらえない。

「あなたは、誰なんだ」

 もう殺意はなかった。こちらにも怪人、彼女にも。


「芦間ヒフミ」



 ・・・うわっ寝ちゃってた。今何時だろ。

 嫌な夢を見ていた気がするけど、まあ大したことじゃない、今考えるべき問題は。


「仕事が、仕事が終わらない・・・!」

 

 むしろ増えてくる。何だこの状況。

 ケラ、それに鍵織の妹の方はしっかりと任務を達成した。名探偵「井草矢森」を移動中に急襲、撃破に成功。井草の片方を倒せた。だから。

「何でその事後処理がこっちに来るのさ」

 矢森の「消滅」した位置がうちのチームの管轄内、責任はこちらにある。襲撃の経緯の推定、強奪された彼の残骸等の把握・・・全部こっちが決めて実行したことだよ、なんならうちのアジトには計画書まであるし!


 想定外だった、怪人として働くほど探偵の仕事が増えるなんて!


 考えたら当たり前かもしれないけど、狙いすましたように「怪人団」事件の事後処理が全部こっちに被ってくる。実働班の蛇宮と時木野、団長のムナまで出張ってるの、かなり無茶なスケジュールじゃないか。こんな状態で祭りの方も変更なく執り行う、って言うのは何なんだろうね。ポーズなのか、本当に動揺してないのか。

「ヒフミ様」

「何、ヤマメさん」

 執務室で大量の書類に呆然としながら、秘匿通信に応じる。安全性とかガン無視だけど、こうやって連絡しないと、真面目に身体がいくつあっても足りない状況なんだよな~

 どっちにしろ定期的に向こうの状況を把握しないとどうしょうもないから。今、探偵がいないお仕事の時間に、同時に打ち合わせをしておく・・・なんだか私自分から仕事を増やしてない?

 マッチポンプ怪人。それは怖いし嫌だ・・・

「『矢森』の残留物の解析は順調です、それから丙見ケラ、鍵織バララ、両名の負傷も問題ありません。次の作戦に参加できます」

「木下、及び予備の数人からは」

「今の所特筆すべき情報は流れていません、やはり残りの井草が降臨祭でそちらに来るのに変更はないようです」

「世は全て変わりなく・・・あ」

 やば、名前書く場所ミスった。

「? どうしました?」

「何でもないよ?」

 うっかりをばらして自分から格を下げるのは頭としてダメだよね、例え書類と格闘しつつ悪巧みやらをしなきゃいけない場合でも。

「それにしてもあなたの言った通りですね、井草の女神。同じ井草、同じ名探偵が消えたというのに。彼女の周りは静かなままです、まるで」

「まるで最初から井草矢森がいなかったように」

「・・・ええ。そうですね。ヒフミ様。私の主。彼女やその周りの側近たちを見ていても、仲間を悼む感傷や、我々への怨嗟さえ感じられません」

「そういうものなの。ケラも言っていたよね。『外部』この世界はあれにとっては箱庭みたいなもの、っていうのかな」

 プレイヤー、名探偵はこの世界で神に等しい存在であり、同時にこの世界にとって徹底的に異物である災害。

「まあ、私やそれに丙見、あなたが使えていた家の人間にとってはそれで済む話じゃないよね」

 世界が変わった後。この世の秩序、法は名探偵の力に依って構築された。その維持手段として用いられたのが信仰。神にして災害である存在への畏怖を植え付け、崇拝させる。

 各名探偵毎に割り当てられた信仰の体系や組織の構築を白木国で行った集団が甲賀見、乙姫見、そして丙見。突き合わされた有象無象の集団。

「それだけ巻き込まれたんだから、相手が神だろうと災害だろうと関係ない」

「では、予定通りに」

「うん、変更はない」

 その為に、まずはこの仕事を終わらせてから当日の流れを再検討・・・まだまだかかりそう。やりたくないな~


「なんでそんなに空っぽなの?」

 迦楼羅街近郊部。

 鉱山霊コボルト2体を同時に蹴り上げて壊しながらヒルメはそう問い続ける。言葉が通じるかはどうでもいい、ただただ独り言を呟きながら、堕ちた神を叩き潰した。

 それだけの力を振るわれても、ただこちらに反応するだけの人外には、何の意思も感じられない。

「堕ちた神霊、どんなものであれ中身が腐り果ててる。神や精霊? 神聖さも高貴さも何もない空っぽさ。見てられないなぁ」


 だから潰す。


 瞬間移動、存在分割を繰り返し、1体、2体、集団を削っていく。断末魔をあげることなく倒れたものを担いで投げて、さらに多くを押し潰す。

 それだけの圧倒的な暴力を行使し、何よりも存在感を放つ探偵内面は虚ろだった。

「ルーチンワーク。同じ敵、同じ戦い、同じ結果、同じ思考」

 ああ、何もない。少なくともこいつらとの戦いでは感じない。

「やっぱりあれか・・・」

 怪人。人ならざる力を行使する人間。特にあのふたり、そうふたりだ。こいつらとは違い中身のある怪人2体。液体に変化し姿を奪う黒い奴と、そいつらの上の、あの白い怪人。

 あれを殴ればいいんだ。

「だって中身があれば、ちゃんと手応えがあるはずだからわたしを満たしてくれるんだ」

 今の作業はその時、そのためのもの。そう考えれば退屈じゃない、空虚じゃない。


 嵐のように単純な殴打を繰り返しながらそう信じることができたから。

 蛇宮ヒルメは怪人に救われていた。


 そして神なる災害はその救済を許さない。


「・・・・・・・はぁ?」


 初めに感じたのは、斬られた。削り取られたという感覚。

 何が、というのではなくまるで自分自身の芯が切断されたように。悪鬼の如く鉱山霊を屠り続ける戦闘探偵が、抵抗を許されないままだった。

 それも道理。


「蛇宮ヒルメ、探偵」


 傍らにいたそれの前では、全ての探偵は無力だから。


「私は井草。あなたの虚ろを私の糧に、あなたの幸福を敵対者の不幸に切り刻んで分け与えますので」


 閉鎖切断の女神はそう告げた。

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