第4話 顔飛ばし
怪人「カオトバシ」戦闘形態。擬態能力を応用した相手の攻撃に合わせたカウンターに加え、各部位を武器に変化させ攻撃に用いる。
対するは井草矢森。
「犯人ならば、吊るのが道理だろう」
名探偵はその場から動かず右手を払う。同時に車両の天井、壁面。床から縄が襲い掛かる。
「・・・! 縛るのは宅配便だけにしとけよっ!」
それらを背面から伸ばした数本の触手で防御する。数多の敵を同時に縊り殺す権能、拘束に機能を特化させた能力。首に縄がかかる前に振りほどく。
その一刻のスキに矢森が跳んで、こちらとの距離を縮める。
「がつ!?」
直接、右腕で首を掴まれた。それにより僕は自分の間違いを悟る。
矢森、こいつは記録に残っていたのが対群の戦いだから、てっきり1対多の戦闘に特化していると思い込んでいた。千の改造兵士を瞬時に窒息させたのは格下を蹴散らす為で、本来はこういった近距離での掴み合いこそが矢森にとって最も得意なフィールドなんだ。
くそ、狭い車内なら縄を振り回したり出来ないはずだから、この場所で戦闘を開始したってのに。
「何で思う通りに動いてくれないんだよ!」首を掴まれたまま思わずこぼす。我ながら理不尽な言い分だけど。
「何故お前の心情に配慮する必要がある?」
正論で返された! いやそれでも愚痴を言いたい時はあるんだよ!?
でも、驚いたろう名探偵。首を絞められた人間が大声でそんなセリフを吐くなんて出来ないはずなのに。そのことに疑問を抱いた、一瞬にも満たないその時間、矢森の動きが鈍る。その隙に身体から触手を伸ばし、背後から背中を刺す。
「?」
全くダメージを負ったようには見えないが、それでも一矢報いた。
カオトバシ。無貌の怪人。本来の形というものがない不定形。だから首を掴まれても、咄嗟にその位置を動かし拘束を逃れることは造作もない。
「それで? これだけか?」
矢森、名探偵は事態を把握する。背中に棘が刺さる、その程度の損傷など意に介さない。どこまでも冷静に攻撃を切り替える。拘束からより単純な殴打へ。
「まずは手で」
鉄のような拳でカオトバシを殴る。一発、二発、打つ度にカオトバシの身体が削られる。並の強度ならとっくに割れて、中身が飛び出していたであろう攻撃に、内臓器官の位置を移すことで何とか対処する。
既に全身の七割は液状化済み。
「打ち上げる!」
直下から5本、脚を生やして蹴り上げようとした。なのに。
「軽い攻撃だな」
重い。
普通の成人男性より一回り大きい程度の男が、ピクリとも動かない。しかも数発入った今ならわかる。単純にこいつは硬いんだ。並の斬撃程度ひっかき傷すらつかない。身体だけじゃなくてその青いコートまで無傷だなんてギャグに近いだろ。ここまでフィジカルの強さに振ってるタイプなんて想定外過ぎる・・・他の選択肢が皆無だったとはいえ、接近戦を仕掛けたのは間違いだった。
現状外側からこの防御を破る方法は思いつかない。
なら内側からやればいい。
矢森の口と右耳に向けて、さらに細く糸状にした触手を伸ばし、そのまま体内に侵入する。ベタな発想だけど内側から切り刻めばさすがに平気ではいられないだろう。
そして無数の糸が目標に届く寸前に。
それら全てがまとめて拘束された。
そのまま上に釣り上げられる。これって投げ縄か!? ここまで力押しで攻めてきたのに、間髪入れず権能の方を使われた。
まずい・・・! 対応出来ない。攻撃に集中して変化が遅れたその隙を突いて矢森は再びこちらへの攻撃を再開する。今度は蹴り。確実に少しずつこっちの損傷は蓄積している。
だから今度はこちらが攻撃の隙を突く。
「・・・散布!」
「散布!」
「・・・・・・・散布!!」
床に広がった不定形の表面に浮かんだ無数の口がほぼ同時に声を出す。
直後に体内に仕込んでおいた「ヒャクメホウシ専用急速散布装置『紅天狗』」が主の信号を受信して起動する。勢いよく放出された胞子は触れるもの全てを浸食する。至近距離でこちらに蹴りを浴びせていた矢森も当然それを浴びて・・・
ん・・・待てよ。
「鍵織ー!! こっちも汚染されてる! 干渉出来てんじゃないのか!」
胞子に浸食対象を区別させるためには、使い手の怪人自身がその場にいる必要があった。なのに肝心の場面で何やってんだアイツは!
「安心して下さい」
車窓の外から聞きなれた鍵織の声がした。
「一見アナタも喰われてるようですが、表面だけです。その男の味わってる苦痛に比べれば痛みもないでしょう」
「その表面が今もなんか、明らかに自然のモノじゃない色合いになってんだけど!」
「・・・大丈夫です、ヒャクメホウシの能力のコントロールはほぼパーフェクト、完璧に近いです」
「その言葉を聞いても不安しかない」
「何があっても兄上にちゃんと言いますから。治療は私たちにお任せを」
「倫理のブレーキを解体した奴らにか!?」
このままじゃノリで身体の九割を改造される。
無駄に神経を使うやり取りの間も、矢森の周囲を液状の身体で囲み警戒は解かない。さすがにこれで決まるほど名探偵は甘くない。しかし自分を最優先攻撃目標に設定された殺人胞子を近距離でまともに浴びたなら、さすがにすぐには動けないはず。
鍵織の力は胞子制御に全て回しているし、そもそも直接戦闘能力は皆無。この列車に飛び乗ってからもずっと屋根のあたりに隠れて散布していたしな。非戦闘員の兄妹なのに、ふたりそろってテンパると前に出て手あたり次第に暴れまわって場をかき乱すのは何故なんだ。怪人の戦闘力はテンションの高さに比例する説・・・事実だったら嫌だな。
井草は動かない。
胞子を浴びて、その影響か身体が黒くなってるのか? 胞子まみれになったせいか、よくわからない。でも先に潰せば関係ないよな。
だからここで決める。怪人カオトバシが探偵井草矢森を疑問の余地なく倒し、この災害を殺す。
スライム状の肉塊の中から怪人の身体を再構成。両手を刃に変える。選んだ形は大鋏。これなら確実に首を獲れるはずだ。絶対確実の殺意で。挟みこんで・・・
「これで全てか? 怪人」
崩れた。
井草矢森の身体が崩れて中身が出た。
いや違う。崩壊じゃない。
僕と同じ、これは変貌だ。
効率化。より迅速に再生して戦闘再開する為の変化。
作り変える、表面を硬質化し、内部で身体を根本から改造する。卵、いや違う。
あれは蛹だ。
直後、羽化したものは車両の壁を突き破って列車外に飛び出した。この列車走行中だぞ!? こんな無茶をするなんて・・・このままこれを走らせるのはまずい気がする。
「鍵織! 一旦これを止めて!」
「了解です」
そう言って彼女は胞子に信号を送り、運転手を操作して列車を停止させた。
井草矢森の業績に、蟲の群の討伐がある。名探偵は敵対する者を暴く。暴いて分析し、そして理解する。理解したならそれは自分の物になる。そんな非論理的な論理を振りかざす怪物、それが名探偵。敵を倒す度にその力を取り込み、より一層成長する超越者。だから井草矢森は蟲の力を行使する。目の前の怪人を倒しそれも自己の糧にする為に。
この時僕はその事実を知らなかった。ただわかったのは、相手がただ厄介で、デタラメで、そして理不尽が過ぎるということだけ。
こちらのそんな感情とは無関係に、名探偵の新しい肉体が蛹の中から現れた。全身を黒光りする甲殻で覆ったあれは、甲虫型っていうのか。
「何故?」
初めてこちらの存在に気付いたかのように、変貌した名探偵まともな問いかけをした。
「何故。何故こうも拒む? 何故理解できない? 何故秩序を嫌悪する? 何故受け入れない? 何故祝福しない?」
淡々と、しかし真摯に名探偵は問いかける。
ああそうだよな、そのことだけは理解も推理も出来ないんだよな、あんたらは。
「考えろ、試行して思考して推理しろよ」
両手を前に構え突貫する。どんな生物でも、羽化直後なら動きはわずかに鈍くなる。それを承知で向こうは回復速度の向上及び防御強化を選んだ。正面からの衝突で負けるはずがないと考えているからだ。
そして名探偵に油断はない。先に胞子で足をすくわれた経験から、近づかれる前に足を止めようと権能を発動する。
「お前は縛られろ、罪人らしく」
その権能は拘束。名探偵井草矢森の拘束具が四方から投擲、いやこの速度なら射出か。首吊り以外に手錠、足枷、自由を奪い縛るあらゆる道具が展開されていた。
「2番目、出しますので備えてっ」
後方の車両から鍵織の声がした。それに合わせて右手の形状を変える。刃を触手に。剣を鞭に。数を増やし網のように矢森を絡めとる。
前方に投げた触手が右方の縄に縛られた。それを乗り越えるように次の触手、さらに多くの数を放射線状に展開。細く鋭いものは縄、太く直進する腕は枷を嵌められ進行を止められる。
周囲の拘束具は全て起動済み。投擲、狙撃はいずれも無効化される。
ならそれより多く撃つ。
十の拘束に百の腕を重ねるように。
怪人「カオトバシ」の身体全体が触手へと変貌する。そのまま攻撃を継続し、前へ前へ、ひたすら打ち続ける。
九割の攻撃が初動を潰され、残ったものも即座に止められる。束ねた触手を発射、同時により細いもので飛来する拘束具を迎撃。それでも届かない。最大限の力を割いて形成した触手も、護衛触手の隙間から抜け出た縄に絡めとられ停止した。それにより全ての触手が封殺された。そのタイミングで。
名探偵「井草矢森」の背後から、丙見ケラが「一撃」を喰らわせた。
「・・・・・」
ギリギリだった。
頭と手足、最小限の機能を分けて、地下を通って背後に回る。顔を飛ばした。そのために列車を止めて地面の上で戦う必要があった。普通なら瞬時に探知される簡単な奇襲のはずだった。
でも目の前で全力で攻撃と防御を行っていたら。あれだけの動作に意識を割いた状態で、核部が地中を移動する余裕はない。
だから「ヒャクメホウシ」
今の人型以外の「カオトバシ」その大部分、さっきまで攻撃動作をしていた触手は外部から操作されていた。
鍵織バララ、胞子を植え付けた対象に精密な動作をさせる場合、近距離で行う必要がある。だからこの列車「ナタラ」に僕とともに乗り込んだ。直接見てリアルタイムで操作するために。
だからって攻撃用の胞子を雑にばらまくのは最悪だろ。さっき無駄にそれで汚染された・・・
違う。
あのうっかりで、身体が胞子まみれになっていたから、バララが手足を動かしていたと矢森にバレなかったとしたら。
鍵織バララ、鍵織。そもそもこの策を持ちかけたのは彼女・・・何処まで計算なんだよ。
まあいいや、今はそんなことはどうでもいい。
刺した。神のような名探偵を、卑劣な怪人が背後から刺した。身体の大部分を他に回した状態で、残された部分の放った正真正銘の全力の一撃。放った直後変身が解ける。
後はない。失敗を考えない、これで決める。
その絶対の意思を乗せ相手の身体を貫く。
これが探偵殺しの正道。殺意で確実に相手を斬る。
精神論に片足を突っ込んだ不合理な方法こそ、怪人が名探偵に勝つ唯一の合理的な手段。
「・・・・・」
「は、はは」
やった。
貫いた。もう腕一本動かせない程全身がボロボロだけど、もてる殺意と敵意の全てを相手の核にたった今撃ち込んだ、その実感がある。
名探偵井草矢森を丙見ケラが刺した。
探偵殺しの成功。
その事実が、名探偵の身体に異変を引き起こす。
甲虫の鎧がひび割れて、色あせて。決定的なのは存在感が薄れている。まるで最初からここにあるべきものではなかったように、名探偵がこの世界から排除されていく。
その姿に僕はたまらず声を掛ける。
「・・・・何か言うことは」
それに矢森は何の感情も感じさせない口調で答えた。
「ない。俺が敗者で貴様が勝者。それだけだ」
即答だった。
「命乞いは」
「ない。俺が失敗したなら、俺が間違っていただけのことだ」
「怨み事は」
「ない。そのような感情は罪人を裁く邪魔だ」
「後悔は、未練は、悲嘆は、恐怖は、安堵は」
「ない。名探偵たるもの、そのような脆弱なもの初めから持ち合わせていない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何もない。この世界に留まれないなら、次の世界で、井草矢森は犯人を探し出し、罪人を縛り吊るす。それだけだ。それ以上に存在理由はないのだから」
その言葉を最後に、名探偵の身体が掠れて消える。
「井草矢森」拘束絞殺首吊りの名探偵は、自分が侵攻し支配してきたこの世界に対して、どこまでも他人事のような態度を崩さないまま、崩れ去った。
「あ、あ、ぐへ」
変な声出た。い、今危うく逝きかけた・・・気が抜けるとダメだな。いや機能をほとんど向こうに置いてきたせいで、立ってるのもキツい。早く戻らないと・・・
井草矢森。
最後まで外側からの視点で。「プレイヤー」というか、名探偵とはそういうものだとわかっていても、あんな最後を見せられると・・・何故か虚しくなるな。
「お疲れ様です、ケラさん」
鍵織がやって来た。列車に近づくため、駅の職員の黒い制服に帽子を被っていた。普段は長髪白衣だから微妙に違和感・・・
「名探偵『井草矢森』討伐、この鍵織バララが見届けさせていただきました。ではこれで」
・・・ええ。
「あの、もうちょっとこう労いというか」
「すみませんが、国の連中がわらわらと集まってくる前に、あそこにある名探偵の残骸という極上の検体を全て回収しなければならないので。そしてその後のワクワクドキドキトキメキバラバラ解体分析研究タイムに一刻も早く突入したいのであなたにかまう時間が惜しいです、率直に言って」
「率直すぎる」そしてアレな本音が挟み込まれてる。
「それにケラさんはヒフミ様の言葉以外はどうでもいいのでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「とにかく、これで目標の半分は達成完了ですね、まあ私と兄上にとって優先事項は研究材料の獲得、作戦だのなんだのは些事ですが」
「後半言う必要なかったよな!?」
半分、半分。
残る井草はひとり。
切断閉鎖遮断、名もなき井草の女神。その災害を堕とす。
名探偵「井草矢森」抹消完了。
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