第3話 探偵殺し

 降臨祭。

 それは探偵の降臨を祝う祝祭。

 普段は城や神殿に引きこもっていたり、各地を放浪している探偵でも、この日は多くが下界に降り来る。自分たちの権威を見せつける為か、それとも単なる酔狂かはわからない。

 まあ、本当に好き勝手やってる連中の場合はそんなの気にしないそうだけど。少なくとも、この地域の支配者「井草」の2柱はそれなりに伝統を重んじるタイプで助かった。

 井草矢森、首吊り。

 井草の女神、閉鎖切断。

 両方がいっしょにいるなんて願ってもないチャンス、しかし相手は名探偵。単独でも有象無象と比較にならない危険性を持つ神。それを2体同時に相手取るなど普通は考えるのも愚かしい愚策だけど。

「普通じゃないのが怪人なんだよな・・・」

 まあ頭のねじが5,6本溶解してるくらいでないと、そもそもあんなトンデモ連中を倒そうなんて考えないよな。

 こっちの負担を考えてくれない連中ばっかなのが本当に迷惑だけど。トップもその周りも攻勢一辺倒。いろいろフォローしたり、ちまちま工作するのは僕ばっかりなんだよな。

「すみません。こちら当日の資材になります。区の担当の方にお取次ぎしていただきたいのですが・・・」

「お待ちください」

 無機質な機械音声の後、単調なメロディが流れる間に一応ガワの名前を確認しておく・・・結構待たせるな。

「・・・氏名及び網膜認証による本人確認に移行してよろしいでしょうか。よろしければ1を」

 言い終わる前にボタンを押す。ただでさえ数人分こなさなきゃいけないのに、こんなしょうもないことで時間を取られるわけにはいかないし。

 1人目の名前と認証を終えれば後は存外すんなりと終わった。まあ思わないよな。網膜や指紋その他全て、服装に至るまで精巧にコピーできる存在なんて。


 丙見ケラ、怪人「カオトバシ」偽装擬態


 用意していた荷物を無事中に入れた後は、今の顔を消去する。そのまま次の目的地に移動しながらストックの二つ目に変化する。最大6つの枠のうち、ひとつは万が一のために開けてあるからこれで残る顔は3つ。だらだら時間をかけてボロを出す前にさっさと終わらせよう・・・改めてうちの組織にはこういう地味な裏方仕事に向いてる人間が笑えるほど不足してるな。マッドな科学者はふたりもいるのに。

 まあいいや。今この時が今回の探偵殺しの鍵なのだから。


「じゃあ祭りの日のスケジュール。アキラとヒルメにはもう渡してるから。姉さんが最後だよ」

「はい。わかりました団長。あと仕事中は『姉さん』はやめて下さいね」

「わかった」

 多分わかってない爽やかスマイル。

 戦術指揮官諸々の担当として、私はで団長と顔を突き合わせて諸々の手続きの確認をする。

 芦間ムナ。

 いきなり湧いて出た弟。人懐っこい態度とは裏腹に過去も能力もこちらに明かしていない。少しでも探る為には話をしなきゃいけないとわかってるけど、でもな~苦手なんだよ、こういうの。

 

「ねぇ」

「っつ!?・・・何ですか?」

 

 盛大に噛んだ。人があれこれ考えてる時に急に話しかけるなって教わらなかったのか、探偵ってのは!? ・・・教えてもらってないだろうな、あの家なら。

「祭りの日、よかったら空いた時間に一緒に回らない?」

「すみませんがその日は多忙でして」

 即答した。

 いやここで好感度を稼いでおくべきとわかってるよ。そうしないとひょっとしたら、いや絶対に後々面倒なことになる。でもそれ以上に確信していることがある。


 芦間ムナと深く関わると悲惨なことになる。


 その直感はあの日初めて顔を合わせてから全く揺らがない。下手にしたらフラグが立つ、恋愛じゃない方のフラグが。

「それは残念だなー」

 そんな微妙にカワイイ口調で言うけど、表情が合ってないから怖い・・・何より目が笑ってない。私はそういうのが一番苦手なんだよ。


 あの子を思い出すから。

 

 大体、外面のいい陽キャなんて元々私の対極だろ。絡むなら同じ社交スキル強い連中相手にして欲しい・・・

「・・・では、私はこれで。失礼します」一礼して退室しようとして。

「あ、そうだ」

 右手を掴んでムナは私を引き留めた。


 手に。

 触れられた。


「例の3体、特に白いののことなんだけど」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「上の人たちは、少しでもあれの情報を欲しがってる。祭りが終わったら、改めて詳細な報告を出すように言われるかもしれない。一応文面とか考えておいて」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」






「けほっ・・・けほ」

 あの後部屋を出てから記憶は曖昧で。ただ途中でトイレに駆け込んで胃の中のモノ全部出したってことは覚えてるけど。

「・・・・・・はぁ失敗した」

 未だにアレの顔を見てると、汗が止まらなくなる。あの頃よりは進歩した、と思ってたけど。油断してた。


「探偵恐怖症」

 探偵、特にムナや一部の半分人外のように名探偵に近いほど、その人間に強い拒否反応を起こす。


 普段隠せる程度には抑えられてるけど、さっきみたいに人外度の高いのに触れられたら、発作的に拒絶してしまうんだから・・・気が休まらない、ここは本当に。咄嗟に自分の感覚を衰えさせたから、ムナにはせいぜい不審がられた程度で済んだ、と思いたい、そうでないと困るんだよ。

 この世界。神なる名探偵が統べる世界。改めて私と相性が最悪過ぎて笑えない。このままだといずれ磨り潰されるとわかる程。だから。

「・・・その前に、喰らい尽くさないとね・・・それで初めて私は」


 幸せになるんだ・・・・・・・・・・・


 ベッドに倒れ込んで意識を失う寸前。思い浮かんだのはそんな願いだった。




 怪人「カオトバシ」

 触れた人間の単なる完璧なコピーに姿を変える能力。

 相手の同意がなければ一回だけの使い切りだけど、ストックとして最大6人分の顔を保存可能。保存期間は最長12時間。応用として探偵に変化することで戦闘力もコピー可能。ただし自分より格上の模倣は不可能。例え格下であってもその探偵の権能は使えず、また変化の持続時間はせいぜい2分程度。

 補足。どんなに精密に人間を再現しても、中身の違いは特に近しい者に違和感を抱かせる。「カオトバシ」の擬態の本質は、単なる変装でなくそのわずかな違和感を感じさせないよう最小の規模で周囲の人間の精神を抑制することにある。


「・・・でもこれ、ガバガバ。だって騙せるのは周りの人間だけ。録画された映像にはそんな小細工は通じない」

 にもわざわざ取り付けるくらいだ。あの日。フル稼働で回った場所にも当然全て監視カメラが取り付けられていた。

「だから映像を見れば、明らかに不自然な動きがポロポロ目についたはずです」

 もしバレるとしたら「本物」に植え付けた記憶と、僕の振る舞いにズレがあった場合、というのが可能性では一番高かったけど・・・やっぱ全員3か月分記憶根こそぎにして監禁しておくべきだったか…いやそれも面倒だし・・・あのふたりに見つかって、何かされるようなことがあったら、あの人罪悪感で潰れるそうだし。メンタル管理は大事だ。それに。

「不安だったんだよな。監視カメラの映像に気付かれないままなんじゃないか。そうなったらせっかくの準備が無駄になるから」

「カオトバシ」姿を変える怪人の存在は、もちろん把握されている。それが擬態したと思しき人間が、祭り当日、演壇、門その他主賓の周りの設備に何か細工をしていた。そうなったらとるべき行動はひとつだよな。

。全く警戒せず、企みがうまく行ったとみせかけて、襲撃者を待ち受けて一網打尽」

 まあその過程で街の人間、それに来賓にも犠牲が出るだろうけど。

「問題ないよな。ひとつの街を丸ごと犠牲にしても、全世界を守れるんだから」

 探偵は間違えない。どこまでも正しいのが探偵だから正しい解答を下す。

「・・・別に糾弾するつもりはないけど。それに本当にここの人には感謝している。ちゃんとその正解にたどり着いてくれたから」

 既に鍵織の胞子で列車の人間は全て無力化していた。分離した状態でも悍ましかったけど、直接本人が出ると、凄まじい光景だな。

 その元凶、怪人「ヒャクメホウシ」の声が通信機から聞こえる。

「散布は終わりました、カオトバシ。運転手にはこのまま変わらず列車を運行させますので」

 頭にキノコを植え付けたまま運転させるのは不安だけど、まあすぐに問題じゃなくなるだろ。それにマッドな科学者でも自分も乗ってるんだから制御には慎重になるはず。

「え。あ、はい、まあいけると思いますよ?」

 疑問形で返すのは止めてくれ・・・

 そう思いながら先に進む。扉を開けて次の車両へ。戦闘形態。黒い無貌の

「首吊り。その象徴に違わず、徹底的に罪人を裁くなら、万全を期して襲撃に備えるはず。こういう足を使って、実際に自分が出向くほどに」

 この列車は他と違うみたいだけど、そっちの世界のに似せてるのか? 当然警備は完璧。まあそんな防壁にも主が狩りに行くっていう時は、蟻の穴程度のスキができるはずで。

「ここまでは、まあ予想通り」

 実際にはあの3対2で無事敗走するはずだった戦いに最強格が乱入してきたり、いろいろ不手際もあったけどこういう場面ではハッタリが大事だし黙っていよう。

「最優先だったのは、今の状況をつくることだった」

 この程度の相手なら、問題なく縊り殺せるという当たり前の認識で今この扉の先に待つ者と。

 丙見ケラが戦うことが。


 扉を開く。

 その車両では、神が待ち受けていた。


「おまえが犯人か?」

 名探偵「井草矢森」

 絞殺の探偵。


「ああ、僕たちが犯人で怪人だ」

 丙見ケラ

 怪人「カオトバシ」



「なら吊るさないとな、犯人」


 探偵殺し。


 かつて千の蟲の群を率いてこの探偵を討とうとした女王がいた。

 旧き世界で最強の武を誇っていた彼女の群は、瞬時に縊り殺された。


 かつて一の刃で万物を閉ざし切り刻む女神に抗った暗殺者がいた。

 旧き世界で聖なる加護を穢し尽くすはずだった彼女の毒は、瞬時に削り取られた。


 結果は同じ。だけど、その性質は異なる。女王が指揮したのは千の群、千の意思。どれだけ強固に統率されていても、数が多ければ意思が拡散する。だから初めから神のような災害に勝てる可能性はなかった。だけど暗殺者、もし旧世界に探偵の侵入を防ぐ可能性があったとすればカナメ・キリの戦いしかなかった。


 探偵を殺すのは、殺し尽くす意思。


 だからそれが起源。彼女カナメの絶対の殺意こそが最初の探偵殺し。紛れもない偉業。

 旧世界の末期に起きたそれがあったからこそ、この世界で、2番目の探偵殺しが成し遂げられたのだから。


 そして一度成功したなら、後はそれに続けばいい。



 白木国特別特急「ナタラ」車内、


 3番目の探偵殺し。

 開戦。

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