第8話 虚ろな探偵

「ボス。こっちに戻っていたのか」

 研究所に顔を出すと、聖屋が声を掛けて来た。

「・・・ああ」

 この人とはあんまり話したことないから、何だか気まずいな・・・

 書類の山を崩しては積み、また崩す果てしない苦行の果て、仕事は奇跡的に片付いた。もう当分書類は見たくない・・・

 探偵も楽じゃない。関係者に「百眼」による刷り込みを行い、関係する書類を改竄した結果、表向き芦間の生き残りとして何とか今の立場になったんだから頑張らなきゃいけないってわかってるんだけど、きついもんはきついんだよ。

 

 でもまあ、切り替えよう。探偵の仕事は一段落ついた。だからこっちの仕事もしないと。名探偵の片方はケラが抹消した。残りはひとり。その暗殺を決行する前に、やっておかなきゃならないことはまだまだある。それに一度全員で集まる必要もあった。忙しい私が顔を出したのはその為だ。


「聖屋アメ、傷はもういいのか」

「問題ない。いつでも発進できる。ただ・・・」

「ああ、いたいた。患者、じゃなくて実験体が勝手に出て行ったらダメじゃないか。うん。だからオレは聖屋アメ『アオマント』を拘束しないといけないなぁ!」

 ハイテンションな声が響いた。うわ・・・あいつかぁ・・・

「だからヒフミ様許可を下さいよぉ! オレがここにいる組織の忠実な戦闘員の治療、いや改造する許可をねぇ!」

・・・うわぁ・・・なんか途中言い換えようとして、余計にダメな単語になってるのが・・・

「今すぐアメくんを引き渡して欲しいんですよねえ! もう全員治療しちゃってやることがないんだから、ここは頑張ってドンドン行かないと退屈で手が腐る」

 「何故俺が貴様ら兄妹のモルモットになるのだ、あり得ないだろう」

 延々とアレなことをしゃべり続ける鍵織ツナギに、さすがに頭を抱えながら聖屋が口を挟んだ。

「え? なんで?」

 自分の言ってることがおかしいって、この人心底わかってない。

「誰もかれもがよろこんで肉体や脳をいじらせるという、その根拠のない確信はどこから来るんだ・・・」

「そうじゃないのか?」

「違う。ボスからも言ってやってくれ」

 ここで私? 私に振らないでよ・・・

「その、鍵織さん。あまり勝手に人の手足を増やしたり変形させたり、触手や尻尾をおまけ感覚で追加するのは止めてください。いろいろ不都合が・・・」

「問題ですか?」

「大問題です」

「了解しました。被検体にはどういうことをするのか、しっかり提示しろと」

「はい。大体そういうことです」

「その後で切って弄れば問題ないということですね」

「違います」

 話通じてるようで通じないのがやっかいだ・・・でも一応私たち怪人の性能について把握し、治療も改造も自在に施せるのは、彼とその妹だけだから頼るしかない。このマッドな人にも最低限のブレーキはあると信じるしかないんだよな・・・


 鍵織ツナゲ、怪人「モザイクフウシャ」能力は生物の肉体の治療、改造、分析。兄。

 鍵織バララ、怪人「ヒャクメホウシ」能力は生物の記憶、思考の改造、操作。妹。

 旧き世界にて無敵の群を保有していた「白の国」その武の真髄たる合成兵士の技術の唯一の継承者、それが鍵織兄妹。

 このふたりがいなかったら「拾人形怪人団」は一瞬で瓦解する。それほど鍵織とその技術は組織の根幹に関わる必要不可欠な人材。怪人異能に関して世界最高峰の知識を技術を持っているのはわかるけど、如何せん兄妹揃ってマッドな情熱が強すぎる。

 兄は身体で妹は脳。弄りたい対象は微妙に違うけど。

 キャラ被りとか気にならないのか。

「まだ最後の仕上げが残ってるよ、聖屋くん。取り合えず目からドリルを」

「もういい」

「もう十分」

「・・・どうしても?」

「駄目」

 未練たっぷりな顔でこっちを見ても許可出来る訳ないでしょ。


「つ、疲れた…無駄に」

 何で書類地獄級激務の後、人体実験大好き変人の相手をしなきゃならないんだ。こんな所で神経使って、作戦成功確率がガクッと下がったらどう責任取るんだよ。

 曲者ぞろいの中でも特に好き勝手やってる鍵織兄妹。でもこの分野では間違いなくトップクラスの研究者だし、能力の応用範囲も高いんだよね。

 人格はふたりともあんなだけど。

 倫理観皆無な人間が組織の中核を担ってる怪人団。改めて不安になってきた・・・


「ヒフミさん。研究所に来てたんですね」

 ケラが声をかけてきた。そう言えば治療は全部終わったって言ってたな。もう動けるようになったんだ。「カオトバシ」は外傷の治療に加えて胞子の除去や、分裂しすぎた体の安定化とかが必要だったらしいからもっと時間がかかると思ってた。

「身体の再構成は終わったって聞いてたけど、その様子なら大丈夫そうね」

「はい。ご心配おかけしました。あなたの方は」

「無駄に増えた仕事を必死に終わらせてきたとこ」

「いい感じにテンパりつつ、計略諸々好調のようで良かったです」

 悪気なくこういうこと言う・・・

 ケラとヤマメさんは、一応怪人の中だと一番付き合いが長いんだけど、どれだけ一緒にいてイマイチ中身がわからないんだよね。単に私のコミュニケーション能力がダメダメなだけかもしれないけど。

「まあその様子だと、探偵の方の仕事は順調そうですね」

「何をもってそう判断したかは知らないけど・・・ん。どうにかして向こうの仕事を終わらせることができたし、そろそろ寄っておくべきかなって」

「そう言えば、例の彼についてはうまく探り出せましたか?」


 例の彼、芦間ムナ。

 自称私の弟。

 名探偵の眷属である探偵の中でも最強格の能力者。

 私の所属している第19探偵団に突然入団してきた男。

 あれよあれよという間に団のトップに上り詰めてしまった破格の探偵。

 芦間の件は記録と記憶から完全に抹消しているとはいっても、彼が芦間の姓を名乗り、あまつさえ私の弟だというなら、猶のこと放っておけない。でも私がいくら話をしてもその真意は未だ掴めないのが不気味だ。

 そしてその強さの正体もわからない。能力の底が見えない。

 私とは違う芦間の人間。数年前研究施設や蓄積した資料に壊滅的な被害を受けた芦間が、新しく私のような探偵を作り出すのはあり得ない。仮に真実芦間の家の人間なら、アレや私がしたことを無かったように振舞うはずがない。

 

「あの事件のことを何も言わないのも変ですしね」

 生き残った人間には全員「百眼」で記憶と思考の操作を施している。その網を潜り抜けて新しく弟が出て来た時点でおかしい。

 一応弄った中にあの位の歳の子がいなかったか、鍵織のふたりに確認はしたけど、イマイチ覚えてないそう。人間を実験対象としか見ていない連中に期待はしてなかったけど。


 だから私自身が一緒にいれば、何かわかると思ってたけど。

「ダメだった。私と顔を合わせても姉さん姉さんって言うだけで、家が潰れた時のことは何も言ってこない」

 おまけに、肝心なのはあの強さ。ムナの戦闘能力は全探偵の中でも最上位、家柄抜きにしても最年少で探偵団のトップに就いただけはある。任務やらを経てそれは嫌でも理解できた。

 一層まずいのは、その正体がわからないこと。

 どんなに強力な能力でも、性質がわかれば最悪でも逃げるくらいはできる。特に「タンテイクライ」は相手の力に干渉し減衰させる怪人。能力の把握で得られる優位性は他より目立って大きい。そして「カオトバシ」の形態変化しかり、複雑怪奇で強力な力相手でも得意の搦め手、不意打ち、泥仕合に持ち込めばいくらでも対応可能な怪人は存外多い。

 だけど、あのムナの強さは違う。小手先の策は通用しない。相手にならない。そしてその能力がわからないのは、難解だからではなく、逆に馬鹿らしいほど単純だからかもしれない。そうだったら最悪過ぎるからあまり悲観的にはなりたくないけど・・・

 つまり私にとって、芦間ムナはいきなり生えてきた弟を名乗る上、やたら強い正体不明の存在なわけ。

「滅茶苦茶怖い、それサイコなエイリアンみたいなもんじゃないですか」

「滅茶苦茶怖いよ。おまけに距離感バグってるのか、やたら馴れ馴れしいんだよ・・・」

 恐怖症のせいで唯でさえきついのに、そこをグイグイ詰めてくるのはどうにかして欲しい。

 それでなくてもあの陽キャっぷりは陰キャコミュ障に相性最悪なのに。

「・・・・・・・・・・・・」

「? どした?」

「いいえ全く何とも思ってませんから」

 あ、そう。

「まああんまりムナに拘泥するのもダメだろうし。このまま進んでうまく行けば、今度の作戦であれを排除できるはず」

 先送りでも今は標的に集中しておくべきだよね。

 標的、名探偵。

「次に狙うのは井草の残った方。それは変わらない」

 井草。名前のない閉鎖空間の主。閉鎖切断の女神。

 その神、その災害を降臨祭の日に討つ。



「神のような災害、怪人だっけ、あれらは名探偵をそう呼んでるらしい」

 青い部屋だった。

 窓もなく家具もなくただ青く染まった部屋の中。閉ざされた空間で蛇宮ヒルメと名探偵は向かい合っていた。

「まあそういう評価は正当だと思う、いや『理解出来る』」

「あ・・・あああ」

 ヒルメは何かを言おうと口を開くも、漏れ出るのは意味のない音だけだった。

 どんな探偵であれ、この空間では意識を保つのも困難。象の前に立つ蟻のよう、それほどの圧力をヒルメは四方から感じている。

 彼女の前、テーブルの向かい側に座る名探偵。白い服に黒い髪というのはわかる。顔もよく見える。

 

 それなのにまるで存在が理解出来ない。

 

 象の身体にくっついた蟻にはその大きさを認識出来ないように、兵器として最上級の探偵、蛇宮の一員であるヒルメを以てしても比較にならない程格が違う。それほど両者は隔たっている。

「あれが丙檻、それに井草矢森を倒したというのは、まあ理解出来る」

 先ほどから名探偵はヒルメに話しかけているが、端から返答は期待していない。これは単なる独白。蟻に語り掛ける象はいないから。井草の女神はひたすら淡々と閉じた言葉を閉じた部屋で語り続ける。

「敗北の原因は怠惰。彼らの自業自得。単純明快な話」

 自分と同じ名探偵を彼女はただそれだけで切り捨てた。

「だから私は同じ轍は踏まない」

 出来ることは何でもやる。

「取るに足りない三下だろうと、閉鎖切断の権能を駆使し名探偵らしく当たり前に勝利する」

 だから。

「だから蛇宮ヒルメ。あなたを器にする」

「・・・・・あ、器・・・・?」

 深海に沈んでいるような苦しさの中、ヒルメはそれだけ口にした。

 苦しい。そして気持ちがいい? 際限なく感じる苦痛と、神に選ばれたような高揚。その感情が塗りつぶす。空虚なヒルメを塗りつぶす。

 

「やはり似ている」


 その時初めて名探偵はヒルメを見た。


「似ている、私がこの世界で初めて出会った彼女と」

 カナメ・キリ。本人が知らぬ間に世界で初めて探偵殺しを試みた暗殺者。人間の品種改良の果て。

 あの時その殺意に触れたことで、名探偵は理解した。殺意の強さ、それが致命の毒だということを。

 その瞬間、井草の女神はこの世界の人間を決して侮らないと心に誓った。そのことの必要性に気付かせてくれた暗殺者に、彼女は心から感謝した。

 

 感謝と共に、暗殺者を自分の糧として吸収した。


 名探偵は間違えない。

 だから閉鎖切断の女神に油断はない。

 

 

「理解している。蛇宮ヒルメ。あなたはカナメ・キリの同類」

「カナメ・・・? 同類・・・?」


「キリの一族は教皇の加護を突破する、その目的で人間を改良し続けていた集団だった」

 名探偵は語る。ヒルメが知らない、理解しようもない言葉を当然のことのように語り、ひたすらに説く。

「私が降臨して、旧い神が排除された際、その一族は消え去った。少なくともまともな残党と呼べるものは存在しなかった」

 でも、わずかな者は残っていた。そして人がいるなら理念と技術は途絶えない。

「蛇宮はそれなのだと、こうしてあなたと接触して、改めて理解した」


 探偵の品種改良。

 蛇宮はそれだけを続けていた。名探偵とその眷属の探偵が生まれてすぐにその発想に至ったのも、基盤となるものがあったから。

 旧世界では支配する神の加護があった。カナメ・キリとはその加護をより十全に受けられるよう、何世代にも渡って人間の側を改良した果てに生まれた傑作だった。


 そして旧世界の神とその加護を受ける者の関係は、今の世界での探偵とは名探偵に選ばれた眷属のそれに類似している。ならカナメ・キリを生み出したのと同じ発想は探偵にも当てはまる。

 それが名探偵の恩寵を受ける探偵という能力の器にふさわしい資質を持つ人間を生み出すという試み。「キリの一族」の技術、その内失われた内容などをこの世界の法則で補った結果生み出した模造品。それが何世代もの間、蛇宮が行っていたこと。


「・・・・・・・・・・・・・・・」

 声が出なかった。ただ自明の理として自分の背景が、物語が暴かれていく。


「ただ模造した技術には限界があった。その最たるものはあなたの空虚さ」

 空虚、空っぽ。

「キリの一族には特定の人間の抹殺という目的があった。そのための改良、最適化だった」

 それは彼女が暗殺者から得た知識。カナメ・キリは聖なる教皇を刺す為だけに生まれた。

 だけど、蛇宮ヒルメはどうか。

「あなた、そして蛇宮にはそれがない。最良の探偵という目標はあったけれども何故それを目指すのか、動機が絶望的に欠落している」

 目標もないまま、蛇宮は最良の探偵を作り出すという目的だけを行動原理としていた。

「なぜなら探偵とは神の眷属に過ぎないのだから。それ以上の発展は望めない。存在しない」

「わた、私は・・・・」

 ただひたすら蛇宮の空虚さという事実が語られる。それが導き出すことはただひとつ。

 もしヒルメが成長しムナを超える探偵になっても、彼女以外の誰かがそこにいたっても、それだけのこと。

 

 蛇宮が積み重ねてきた業に意味はない。

 

 行く先がない。どこにも行けない。閉じている。

「あ・・・・」 

 ただ事実として、蛇宮ヒルメは絶望を突き付けられた。


 これが名探偵。可能性を潰す災害。


「だからあなたが私の糧になるのは必然」


 そう言って井草の女神は手を振ると、呆然としているヒルメや自身諸共、青い部屋を押し潰した。

「カナメ・キリのように、蛇宮ヒルメ。空っぽな業の中から生じた空っぽな探偵。あなたを取り込み、使うのがこの私。名探偵」

 壁も床も何もかもが閉ざされて一点に収束していく。それを見届けた井草は自分の中に加わったものを把握し、そのまま歩き出す。

 名探偵として秩序をもたらすため、探偵という名の災害が動き始めた。


 後に残るのは虚空のみ。





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