再会

 「俺は……確かに死んだはずだ。なのに、なんで、生きているんだ?」


 確かに記憶に残る、自分が死ぬ光景。

 血を流していたはずなのに、自分の体を見ても怪我などはなく、いたって普通の状態だ。

 

 「そういえば、今は何日なんだ? もし、戻っているとしたら事故の日か、それとももっと前か?」


 枕元に置いてあったスマホを取って確認すると、俺の予想は外れていた。

 

 「一日経ってる……?」


 何度見てもスマホの日付は変わらないので、ネットで交通事故のニュースを調べると昨日の事故と思われるニュースを発見した。

 だが、事故の場所は一致していたのだが、その内容が違っていた。


 「運転手は重傷だが、命に別状はなく他に怪我人はなし。俺だけでなく、あの子も事故にあっていないのか。……うっ」


 事故の内容を確認していると突如強烈な痛みが頭を襲い、知らない記憶が流れ込んできた。


 「これは……記憶?」


 しばらくすると痛みは引いていき、残ったのは俺の知らない昨日一日の記憶。

 そして、一つの約束だった。


 「あの場所に行かないと……」


 鮮明には思い出せないが、誰かと今日事故の起きた場所で会うと約束をしていた。

 ただ、行かなければならないと心が強く訴えていた。

 状況を何も理解できないが、すぐに準備をしてあの場所へ向かった俺は、驚くべき人物と遭遇した。


 「やあ、約束通り来てくれたんだね」


 約束の場所にいた人物は制服を着ており、

艷やかな黒髪を後ろに束ねている綺麗な女性だった。

 当然その顔は忘れることはできない。なにせ彼女は――事故から助けた女性だったからだ。


 「やっぱり驚いてるね。多分、今の状況を何もわかってないよね」


 強い光を携えた黒い瞳で、彼女は俺を値踏みするように見つめてくる。

 彼女に見つめられると、なぜだか心を見透かされるような気分に陥るが、どこか懐かしい感覚がした。


 「ああ、君がここにいることも、俺がここに来たこともよく分かっていない。君はこの答えを知っているのか?」


 「うん、知ってるよ。どうして君と私がここに来たのか、どうして死んだはずの君が生きているのか、全部知ってる」


 彼女の言葉はあの瞬間を生きていないと出ない言葉だった。

 この世界での事故は運転手以外に怪我人はおらず、俺も死んでいない。

 だが、彼女は確かに俺が死んでいたことを知っている。


 「教えてくれ。一体、何が起きたんだ? 君ならわかるんだろ!」


 「齋藤風花さいとうふうか


 「えっ?」


 「齋藤風花。私の名前だよ。ずっと君って言われるのが嫌なんだよね。だから、名前で呼んでよ」


 彼女は優しい表情をしながら、花が咲いたような笑顔で俺にお願いをした。

 その笑顔はとても美しく、思わず数秒程見惚れてしまい、早く状況説明をして欲しかったはずだったのに、彼女の笑顔を見ているうちに焦っているのが馬鹿らしくなっていた。


 「わかったよ、斎藤さん。俺は時乃勇ときのゆうだ。好きに呼んでくれ」


 「違う」


 「ん?」


 「齋藤」


 確かに名字を呼んだのだが、なぜか斎藤さんは納得をしてくれなかった。

 名前を呼んでほしかったのかと思ったが、表情を見るに少し違うようだった。


 「何が違うんだ? 悪いが、俺にはよくわからないんだけど」


 「時乃くんが言っているのは、簡単な漢字の方の斎藤でしょ。でも、私の名字は難しい漢字の齋藤」


 説明をされたことで、ようやく理解ができた。

 まさか、呼んだだけで漢字が違うと言われるとは夢にも思っていなかったので、思わず笑ってしまった。


 「ああ、そういうことか。ごめん、それにしてもよくわかったね」


 「初めて合う人はみんなそう思ってるからね。時乃くんもそうだろうと思ったの」

 

 「慣れてたんだね。それで……そろそろ説明してくれるかな?」


 「もう少し雑談をしていたかったけれど、時乃くんがそろそろ我慢できそうにないみたいだからいいよ。教えてあげる」


 突如彼女が纏っていた緩やかな雰囲気は消え失せ、真剣な表情へと切り替わり、全てが話された。


 「私が過去に戻ってあなたを助けたの」


 「……そうだったのか」


 その言葉は予想していたことの答え合わせであった。


 「あまり驚いていないみたいね。もっと、わーとかええっ!っていうリアクションを期待していたんだけどね」


 彼女の言う通り、ここは本来もっと驚くべき場面なのだが、 この状況を説明するには過去に戻るしかないと思っていたので、あまり驚くことはなかった。

 ただ、俺以外にも力を持っている人間がいることには正直驚いた。


 「これでも結構驚いている方だ。必死に表情を変えないように努めているだけで、心のなかではそんな感じのリアクションをしてるよ」


 「そうなんだ。てっきり私が時乃くんと同じ力を使えて、驚いて声も出ないかと思ったよ」


 「……そんなことないよ」


 「誤魔化さなくていいよ。私は全部知ってるから」


 知っている。確かに彼女はそう言った。

 なぜ、彼女が知っているのかわからないが、俺と同じと言っていたのでハッタリではないだろう。

 つまり、今の俺がハリボテの存在だという事も知られている。


 「何が望みだ」


 「ん? 違う違う。秘密を暴露するとかカツアゲするとかそんなつもりはないんだって。ただ、私はお礼を言いたかっただけなの」


 「お礼?」


 「うん。私を助けてくれてありがとう」


 その言葉は、その表情は嘘偽りのない真実だった。

 今まで疑心暗鬼になっていたのが恥ずかしくなってきていた。


 「いや、俺は別にたいしたことは……」


 「でも! だからって死んじゃ駄目だよ! 助けてくれたことはすっっっごく嬉しかった。でも、時乃くんが死んだのを見たときのわたしの気持ちわかる?」


 「ごめん」


 齋藤さんはこちらに近づいて、泣きそうになりながら俺の行動を叱ってくるが、それに反論する気はなかった。

 なにせ、彼女の言葉はそれを経験した俺がよく分かっているからだ。


 「でも、君をあのまま死なせるわけにはいかなかった。どうにかする力があったのに、使わなかったら俺は、一生後悔してた」


 「うん、時乃くんはそういう人だよね。だからこそ、自分のことも大切にしてよね」



 彼女の言葉に少し違和感を感じた。

 記憶にはないが、どこかで彼女とあっていたようなそんな気がしたのだ。


 「斎藤さんは……何回やり直したんだ?」


 「っ! よくわかったね」


 「経験者の勘かな。なんとなく、そう思ったんだ」


 「うん。時乃くんの言う通り、私が過去に戻ったのは一回だけじゃない」


 「やっぱりか」


 「うん、私が過去に戻った回数はこれで三回目。これで最後だったから、すっごく緊張した」


 三回。

 それは、あまりにも少ない回数だ。 この世界には、修正力というものが確かに存在する。

 起こるはずだった予定を書き換えることは、そう簡単ではない。自分の起こす出来事を帰るのは容易いことだが、自分以外の誰か、それも関わる人数が多けれ多いほど変更するのが難しくなる。

 

 それに今回は彼女や俺ではなく、赤の他人の運転手によって起こされている。

 今までの経験から仮に俺と彼女が無事だったとしても、代わりに別の知らない誰かが事故に巻き込まれる可能性がとても高い。

 だが、この世界での事故は死傷者が出ていない。彼女は、たったの三回でそれを成し遂げたのだ。


 「こちらこそありがとう。大変だったね。お疲れ様」


 「……命の恩人に報いるためだからね。それくらい、なんてことないよ。こうして、また話すことができてよかったよ」


 「俺も、君が無事でよかった」


 あの瞬間のことは目を瞑れば簡単に浮かんでくる。

 彼女の目から光が消える、人が人でなくなる瞬間のことを。

 だから、こうして元気に生きている斎藤さんと会えたことは、喜ばしいことだ。

 

 「それでね、あなたに恩返しがしたいの」


 「恩返しなんて、俺もこうして命を救われているんだから、帳消しにしていいと思うけど」


 「それじゃ、私が納得できないの!」


 彼女にとって命を救われたことは、俺が思うよりも大きなことのようだ。

 俺としては今言った通りなかったことにしていいのだが、彼女に納得してもらうにはなにかお願いをするのが一番早いと結論づけた。


 「わかった。じゃあ、一つお願いしてもいいかな?」


 「うん。なんでもいいよ」


 あまり男性相手にそのようなことは言わないほうがいいのだが、あまり茶化さないほうがいい雰囲気なので、その言葉を飲み込んでお願いをする。


 「俺に普通の人の過ごし方を教えてほしい」


 「……普通の過ごし方」


 「何言っているのかわからないかも知れないけど。今言ったとおりだ。俺は、今まで力を使って失敗をなかったことにしてきた。でも今はもう、力は使うことができない。だから、俺に普通の人はどうするのかを教えてほしい」


 彼女を納得させるための理由だったが俺自身、彼女とここでもう会わなくなるのが寂しいと思ってしまったのだ。

 それに、彼女ならこんな変なお願いも引き受けてくれるとそう思えた。


 「ふふっ、時乃くんは面白いことを言うね。うん、いいよ。普通の先輩として、あなたに普通を教えてあげる」


 「よかった。ありがとう」


 「お礼を言うのは私の方だよ。それじゃあ、あなたが普通の人間として過ごせるようにビシバシ指導していくから覚悟してね」


 「ああ、よろしく頼む」


 俺たちは契約の証として、強く握手をした。

 この日、俺の運命は大きく変化したのだった。

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過去に戻って告白をしたい 健杜 @sougin

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