過去に戻って告白をしたい
健杜
普通になった日
容姿は黒目黒髪の普通の日本人だが、成績優秀、スポーツ万能。
何をやらせても、最高の結果を出す俺を周囲の人間は褒め称え、神童と呼ぶ人までいた。そんな俺のメッキが剥がれたのは、中学三年生の頃だった。
全教科満点だったテストの点数は平均以下に、完璧な対応をしていたこれまでとは打って変わり空気の読めない発言が増え、挙句の果てには高校受験も失敗してしまった。
だが、この結果は決して才能が枯れたわけではなく、当然の帰結。なるべくしてなった結果なのだ。
なぜなら俺、
「このノートも見飽きたな」
数々の賞が飾られた自分の部屋で机に向かい、何度も書き込んだノートを広げる。
このノートには、小学校一年生から中学校三年生までの俺の記録がまとめられており、大きな出来事や失敗、変えたい出来事が事細かに記してある。
パラパラとめくっていくが、前半のきらびやかな人生から一転、後半の思い出すのも苦痛な地獄の人生を読むのは辛かった。
「後二回だ。後二回力を使えば、俺はただの人間に成り下がる。だからこそ、絶対に次は失敗ができない」
二回――これは俺の過去に戻れる残数であり、一般人になるカウントダウン。
このことを知ったのは中学三年になってすぐのことだった。いつものように力を使い過去に戻る際に、「後三回だ」と頭の中に響いた。
その時は幻聴かと思い気にしなかったが、もう一度能力を使った時に再び、「後二回だ」と同じ声が聞こえ、この言葉が真実なんだと理解した。
当然、この事実は受け入れ難かった。気づいたときには過去に戻る力があり、多くの障害をその力でなんとかしてきた。
この力がなければこれまでの人生は存在せず、今後どのように生きていけばわからない。
二度と力が使えなくなると考えた俺はパニックになり、三日三晩熱を出し寝込んだ。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。ありえない、もう力が使えなくなるなんて。これは悪い夢だそうに違いない」
現実逃避をして楽になろうとするが、どうしても真実から目を背けることができなかった。
ようやく冷静になった頭で考えた結果、一つの答えを導き出した。
「この人生は捨てよう」
能力を使用せずに高校生になるまでを過ごし、その時に起こった出来事をノートに記録する。そして、その記憶を引き継いで中学三年やり直す計画だ。
そう決断した俺は力を使うのをやめ、普通の人間として生活するようになった。
やり直さない人生というのは大変なもので、一度の失敗で周りの人間が離れていく。
数多くやり直したということは、それだけ自分が他の人よりずれている人間だということにこの一年で気づいた。
何度か癖で使いそうになった場面もあったが、なんとかここまで使わずに来れた。
自分の人生は全て覚えている。ノートも繰り返し見返した。だったらもういいはずだ。
過去に戻って、彼女に告白をする。
「人生を変えるラストチャンスだ!」
目を瞑り、意識を集中させて久しぶりに能力を発動した。
その際にあの声が頭の中に響き渡る。
「後一回だ」
過去に戻る感覚と共に、俺の意識は沈み……目覚まし時計の音で目を覚ました。
「戻ったのか?」
ベッドの上で目を覚ました俺は、久しぶりに能力を使用した余韻に浸りながら、思考をはっきりさせ、慌てて近くにあったスマホを手に取って日付を確認する。
「よし、ちゃんと始業式の前日に戻ってるな。忘れないうちにノートに書くか」
ベッドから飛び降りた俺は、ノートに前の人生の記録をノートに書き込む。
これさえあれば、この人生は上手くいく。
「あの辛い生活にはもう懲り懲りだ」
周囲の下を見るような視線。目の上のたんこぶだった存在が、自分より下に落ちたことの愉悦の笑み。
今まで称賛のみを浴びていた俺にとっては、拷問だった。
だがそんな中でも、本当に優しい人間は存在した。
「櫻井さん……」
同じクラスの
惚れる理由はそれだけで十分だった。
今回の人生では、成功した俺で自信を持って彼女に告白をしようと考えていた。
「全部うまくいって、最高の人生にするんだ!」
力は後二度しか使えない。やり直せるのは二回のみ。
ミスは許されず、これまでの経験を全て費やして新たな人生に挑む覚悟をした俺は過去に戻り、そして一年近くが経った。
些細なミスはあったが、今までの経験を生かしてなんとか順調に進んでいた――今この瞬間までは。
「ごめんなさい。あなたとは付き合えないわ」
「えっ」
卒業式の日に呼び出した櫻井夢に振られてしまったのだ。
しかも、その時に言われたセリフがなんとも辛い言葉だった。
「私もあなたのことが好きだったのだけれど、もうすでに付き合っている人がいるの。もう少し早かったら、あなたと付き合っていたかも知れないわ」
「そうだったんだ」
「ええ、だからごめんなさい」
本来なら、そう言われてもどうしようもないことだったが、俺にはどうにかできる力が存在した。存在してしまったのだ。
「この力を使えば、彼女と付き合うことができる」
それはとても魅力的なことで、力を使用したくなるが感情的に使っていいものではない。
「後一回だもんな。こんなことで使うわけにはいかない。でもな……」
力はもう、一回しか使用できないが、人生はまだまだ続く。
本当にやり直したいときのために取っておくべきなのではないか、そう理性は訴えかけるが、感情は納得することができなかった。
「家に帰って、一旦頭を冷やすか」
家に帰りノートで情報を整理し、冷静に考える時間が今の俺には必要だった。
だが、その時間は俺には与えられなかった。
「えっ?」
鈍い音とともに、目の前に何かが目の前に降ってきた。
それがなにか認識するのと、激しい衝突音が周囲に響くのは同時だった。
「嘘……だろ。知らない、俺は知らないぞ」
目の前にあるのは、人間らしき物体。少し先には、壁にぶつかった車。
俺の脳は混乱状態になりながらも、冷静に現状を分析して答えを導き出した。
「――交通事故」
目の前の女子中学生と思わしき人物から血が流れ出し、その血に靴が浸される。
もう助かることはない、助けることはできない。
そう理解しながら、目から光が消えていく名も知らぬ女性を見つめる。
いや、目を離すことができなかったのだ。
「うっぷ」
衝撃的な光景に、胃の中のものが逆流して口から溢れ出す。
何度も過去に戻ってきた俺だが、人が死ぬのを見るのは初めてだった。
彼女の周囲には荷物が散らばっており、中には卒業証書も存在していた。
「俺なら……変えられる」
その今まで体験したことのない感覚により、冷静な状況判断はできなくなった俺は気づけば能力を発動していた。
『おわりだ』
「はっ」
一年振りに聞いた、能力の残り使用回数を伝える言葉によって俺は目を覚ます。
無我夢中で能力を発動した俺が戻ったのは、数分前に通った道だった。
冷静に考えればもう少し前に戻ったり、一日前に戻るなどのやりようがあったのだろうが、あの時の俺には無理だった。
能力はもう使用することができず、先程の女性が事故に合うのは数分後だった。
「嘘だろ、なんで戻った。どうすれば助けられるんだ」
考える時間が欲しかったが、それを状況が許さない。
今この瞬間に動かなければ、事故現場に間に合うことはない。それだけは理解できた。
「ぁああ! くそったれ!」
走り出した俺の頭に浮かぶのは、どうするという言葉だけだった。
「どうすればいいんだ。力はもう使えない。もう戻ることはできない。こんなはずじゃなかったのに」
具体的な解決策も思いつかないまま駆け出した俺は、事故にあった女性を見つけた。
「すみません!」
大声で呼びかけた俺に彼女が気づいたのと同時に、事故を起こした車が視界に入った。
車はまっすぐに彼女に向かっており、そのことに彼女は気づいていない。
時間に間に合ったが、どうにかする時間は残されていなかった。
判断は一瞬、 ここまで走ってきた体に鞭打って全力で彼女の元へ走る。
「あああああああ!!!!」
持っていた荷物を投げ捨て、未来を変えるために地を蹴り一歩でも早く進む。
「ひっ……」
全力で走ってくる俺に恐怖で足が竦んだ彼女は、されるがままに俺に突き飛ばされた。
突然突き飛ばされた彼女は非難の目を俺に向けるが、すぐにその目は大きく開かれる。
その意味を俺は理解していた。
次の瞬間、強い衝撃とともに俺は宙を舞う。
天地が逆さまになり永遠に浮いているさえ錯覚するが、すぐに重力に引かれて地面へと落下する。
うめき声を漏らし、全身に熱を感じながら俺は転がる。
「ぁあ……」
全身に力は入らず、言葉にならない声しか口からは出ない。
散々好き勝手に生きた結果がこれだ。罰が下ったのだろう。
もう死ぬと理解した俺の目に、走り寄ってくる彼女の姿が映った。
「よかった」
だけど、最後にこの力を誰かのために使えてよかった。
思わずこぼれた言葉を最後に、俺の意識は暗転する。
もうやり直すことのできない俺の意識は……自分の部屋で覚醒した。
「生き……てる……?」
問の答えはなく、俺の間抜けな声が部屋に響くだけだった。
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