続くものの話
雨降ったあとだとさ、煙の感じがちょっと違わないか。少し重たいっていうか、いつもみたいにすぐ消えないで、肌にまとわりつく感じがする。
今日はずっと降るかと思ったら、仕事終わる頃には上がったからよかったよ。まだ夏ってわけでもないから、止んでも気温で蒸すみたいなのがないからまだ楽だ。冷えはするけどな。お前よく今日来たね……あ、アメリカンドッグ買ってら。この時期にあったかいもんって選択肢が意外とないよな。冬だとおでんとか肉まんとか、それっぽいやつがあるのに。
そろそろ梅雨になるからな。この辺、夏と冬以外は存在感薄いくせにそういうのはきちっとあるのが半端だよな。北海道って梅雨ないんだろ? あっちは冬がえげつないのは知ってるけど、じとじと降らないってのは結構いいと思う。梅雨っていうかこう、大人しい雨が苦手なんだよ。傘さすのが苦手だから。夕立ちとか台風とかはかえって好きだな。派手でこう、思い切りがいいから。びしゃびしゃになっても諦めがつく。最初からどうしようもないことだとさ、笑って済ませられるだろ。
今日はね、俺が直に聞いた話。っていうか、お客さんから声掛けられた。そういう仕事で行ったんじゃなかったんだけどな……普通に現場仕事でさ、運搬の手伝い。そこそこ量が多かったから、重いもん人並みに持てるやつなら誰でも良かったんだよ。先輩と一緒に行って、俺が車に運び込んでる間にそういう話したらしくて
ええとね。
開かずの部屋があるってお客さんで、絶対に入らないでくださいって言うんで何ですかそれって聞いたら「
毎回これ言ってる気もするけど、別に普通の家だかんね。旧家ってわけでもなくて、古くて広くてずっと
俺んちもそうだけど、田舎だと広い家も蔵も裏庭も別に珍しかないんだよ。土地の割に人は少ないし、蔵でもないと色々やってらんないし。どいつもこいつも長くいるから、物も増えるし捨てるのもあれだからじゃあしまっておかないとなってだけの話。俺んところでも知らん人の読めない日記とか出てくる程度だもん。多分先祖だとは思うんだけどさ、心当たりありそうなやつがみんな死んでるからもう何にも分かんない。
で、お客さんとこの話だけどね。開かずの部屋ってのも便宜上なんだよね。そもそも全開だったし。和室なんだけど、襖ぱーんって開いちゃってる。文机があって、座椅子があって、端っこにラジオが置かれてて。壁がぐるっと本棚。全然普通の部屋なんだよね。だからこう、一般的な開かずの部屋ってイメージとはだいぶかけ離れてた。
毎朝依頼人さん──そこん家の長男さんね、その人が部屋のカーテン開けてるから明るいし、ちゃんと掃除もしてるから埃だって目立たない。襖が全開になってるから風通しもいいしね。下手な一人暮らしの部屋よか片付いてるから、開かずの部屋だなんてのが悪ふざけにしか思えなかった。
そんでまあ、入るとどうなるかっていうと、刺される。
入ってしばらくすると後ろで物音がして、振り返ると襖が閉まってる。誰か閉めたのかな、って考えてるうちに肩なり背なりを叩かれて、そっちを向くと知らんやつがいる。
そいつが何でか刃物持ってて、ぶっすりやられる。
あっ刺された死んだ! って思いながら、そのままぶっ倒れる。気が遠くなる。目の前が真っ暗。この辺の順序はね、いつも同じなんだって。そういうとこムラが出ないのすごいと思う。お化け屋敷だって人によるだろうにさ。
で、死んではないんだよ。部屋の外でぶっ倒れてて、刺された場所にぶわっとデカいアザができてる。話を聞くと大体同じことを言う。長男さんが後片付けをする。全部おしまい。始まりから終わりまでもう起こることもやることも決まってる。
これでね、本当に刺されてたら洒落にならないけどね。アザ、痛くないけどなかなか治らないんだって。長い人だと三年ぐらい。説明面倒そうだよな。
そもそも何で開かずの部屋なのに開けてるのかっていうのも、聞いたら理由があった。最初の頃は閉めてたんだって。きちんと文字通りの開かずの部屋だった。最初の二人くらいが刺されたあたりで、閉め切って釘とかつっかい棒とか打って入れなくしたんだって。危ないから。でもそうやってもどうしてか襖が開いてたりこじ開けて入るやつが出るようになって、これ閉めてた方が危ないんじゃないかなって話が出てきて、全開にしたと。そうしたらまあ、誘い込まれるみたいなやつはなくなったって。自分から入るようなやつはしょうがない。今んとこ刺されるだけで死んではないから、聞かないやつは放っておいてるって。そういうやつは釘打っててもやるだろうしな。
刺してくるやつの正体なんて分かるわけないじゃん。
目撃証言はあるよ。聞くとね、みんなアロハで目つきの悪い兄ちゃんだって答えるんだって。ふっるいVシネに出てくるような、明らかにカタギじゃない感じのぎんぎらのアロハ。そういうやつが刃物持って、何も言わずにぶっすりやってくる。
あと傍の灰皿に吸い殻が残ってるのもお決まりなんだって。一本、ぎりぎりまで吸ったらしい短いやつがくの字になってる。刺したあとで吸ってんのかね、やっぱ。
それがずっと。戦後から、つうか開かずの部屋になってからずっと同じことをやってるんだって。
まあ、人じゃないよね。人でもできるけどね、代替わりして似た容姿と似た服装にして人刺しに来させるって方が嫌じゃん。検知できる仕組みも生身だと分かんないし。幽霊だとなんでできるんだってのはそれみんな知らないと思う。高速移動と謎ワープと同じくらい分かんないよね、その手の犠牲者サーチ能力みたいなの。
そうやって人は同じだけど、煙草は結構変わってるんだって。そこもなんか、中途半端に生々しいっていうかお化けっぽくないのが嫌だよな。そこはこう、一貫して世の流行りとか関係ない感じで同じの吸っててほしい。廃盤とか……そうすると羨ましい方が勝つな。親父しんせい吸ってたんだけど、俺が吸えるようになる前に廃止になったのがちょっと悔しかったんだよな。親父? 今何吸ってんだろ。今度帰ったら聞いてみるかね。
話はね、そこでおしまい。そういう話聞いて入ってみるかって考えるほど馬鹿じゃないからね、俺。仕事中だったし。長男さんに煙草も頂いたし。これ銘柄お化けとかぶったことってありますかって聞こうとしたけどやめたりはしたよ。いや、これは普通の雑談。やめといてよかったやつかね? お前の顔見るとどうもそうっぽいけど。よかったよ思いとどまって。
感想っつうか、お化けのやってることについてはちょっと考えた。一つのことをこつこつ続けてんの、すごいよなとは思う。俺はさ、報酬があるからやってるわけで……そういうのなしで同じことを反復できんの、動機っていうかモチベーションがどうなってんだろうなと思う。
執着つうか、こだわるのにも適性とかあるんだなって思うよ。俺はほら、煙草なら何でも吸うけどその辺フレーバーとかで決め打ちで吸ってる人もいるわけだからさ。そういう人から見たら俺なんかすごい雑なやつに見えるんだろうなって。実際雑だけど。いいんだよ細かいこと覚えててもどうにもできないんだから。最低限火が点いて煙が吐けていい感じの匂いがすれば、もうそれで満足。志が低いよそんなもん。生活全般そんな感じ。
煙草自体を止める気があるかっつったら、まあ、今んとこはないけどね。意外と金やらなんやらでさぱっとやめるかもしれないけど……諦めるにしても最後の方だな。でもそんなの余程のどん詰まりだろうから、状況的には生きてけるかどうかも危ういと思うな。
そうね、そうなったら墓前に供えといてくれると嬉しいね。お前の好きな銘柄で良いからさ、線香代わりだよ。
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