煙を食う話

 一人暮らしの学生ってさ、大体二種類に分かれないか。めちゃくちゃ飯に凝るやつと、もうどうでもよくなってカロリー取れてりゃ問題ないだろって開き直るやつ。どっちでもないよってやつも、意外と話聞くと偏食まっしぐらしてたりしてさ。結構好き放題してると思うんだよな。


 俺はどうでもいいほう。最低限米炊けて塩あれば延々それだけ食べ続けられる。コンビニ飯でも似たようなもんよ。鮭おにぎり。あとなんか甘くないお茶。コンビニ飯だとカロリー書いてあるから楽ではあるな。最低限これだけ食えばいいの目安が立てやすい。

 俺が言えた義理じゃないけど、お前いつ見てもコンビニでなんかしら買ってるよな。あれか、コンビニを冷蔵庫代わりにしてるタイプの若者か。家近いんだもんな、じゃあそういうのもありだと思うけど。俺はほら、コンビニここも近いけどスーパーも一応近いから。そっちだと惣菜半額になるし。削るなら優先して食費から手ぇ付けるからね、俺。安い惣菜なら何でもいいし。


 この時期、苦手なんだよな。そもそも暑いのが駄目なんだけど、そこに雨降ると湿気るだろ。そうするともう駄目。食欲とかそういうのをぶっちぎって何もかも面倒になる。元からそんなに食事に興味がないってのもあるけど……でも食べないと調子は崩すからさ。生き物だからカロリー取らないと動けなくなるんだよな。一年の頃飯おろそかにし過ぎて貧血起こして駅でぶっ倒れて、危うく一人暮らし取り消されそうになったんだよ。

 その点仏さんはいいよな、線香の煙食べるんだろあの人たち。昔墓参り行ったとき、坊主が経上げた後に説法してくれたから覚えてる。煙吸ってるだけで腹いっぱいになれるのってめちゃくちゃ便利じゃん。死人が腹減るのかって言ったらそれもそうだけど。でも何かっていうと食いもん供えるしな。やっぱ死んでも食うのかね。


 で、今日はな、先輩から聞いた話。先輩ってこないだの人よ、鷲田さん。出先で貰ってきたっていうから、また仲介だよね。俺としては話聞くだけで煙草貰えるんだからいいけど、あの人も物好きだよなあ。

 一番の物好き、お前だとは思うけどね。俺なんかの話聞くために煙草出してさ、難儀なことしてんね、本当。


 色んなところに灰皿が置いてある家だったんだって。


 いや訳あり物件とか幽霊屋敷とかそういうんじゃない。そういうのはほら、うちの領分じゃないから。普通に住人もいるし、凄惨なやべえ過去とか悲惨なだるい因縁とかそういうのもないはず。少なくともあのあたりって治安もいいはずだしね。市内の住宅地だし。金あんのは確かだよ。あそこに一軒家持ってるっていうのは、先祖代々引き継ぎかシンプル金持ちの移住組ぐらいだから。地価がね、すごいからあの辺。

 だからまあ、デカい家ではあったよ。塀があって庭があって蔵とか裏庭があって、みたいな。蔵はね、この辺なら結構みんなあるけど。二つあるのは最近だとすごい。俺の実家はひとつしか残ってないし。昔はもっとあったらしいけどなくなっちゃった。


 で、内容としては事前に連絡された本とか雑貨の引き取りだったんだよね。依頼主が家主の息子さんで、家主父親がそこそこ年だってんでプレ終活始めるからいい感じの業者探したらうちに来たんだって。こういう業者って最近だと押し買いとかそういう詐欺いのもあるから、地元の友人とか色んな人に聞いて弊社うちに任せようって話になったんだと。老舗だからね、木槻屋。地域密着型だもの……あ、名前言ってなかった? そう木槻屋。年寄りはきっきゃさんとか言うんだよね。社長の名字が木槻。簡単だろ。


 でね、普通に先輩訪問して仕事してたんだけど、息子さんが作業中に具合悪くしちゃったんだって。

 立ち眩みっていうかね、大したことはなかったけどめちゃくちゃ先輩慌てた。そりゃそうだ。いきなり大人がしゃがみこんだらびっくりする。具合悪いか機嫌悪いかの二択だもんねそんなの。後者だと怖い。いい大人でそれやるやつは基本まっとうじゃないから。


 救急車とか呼びますか、って聞いた。

 そしたら息子さん、煙草吸っていいですか、って言うんだって。


 普通ね、具合悪くしてるやつに煙草吸わせたら駄目だよな。酸欠とか色々あるから。そもそもが軽めの毒みたいなもんだし……そうね、それ言い出すとコーヒーも酒も全部そうなっちゃうからな。程度の問題って話よ。だから用量用法を守って適切にって話でさ。それが自分の判断でできるだろうってことで大人は吸えるし飲めるわけよ、毒を。俺はそう思ってる。


 でもね、息子さんは煙草吸えば治るっていうわけだからね。先輩一応びっくりした。病人自身の指示だけど、常識的に考えたらビビる。怪我人に手貸したら包丁寄越してください腹刺すんでって言われたくらいに怖い。


 だから先輩、何でですかって聞いたんだよね。本当に大丈夫なんですか、それで悪化したら自分のせいになりませんよねみたいに。後半黙っとけばいいのにね。分かるけど。


 息子さん、大丈夫ですってきっぱり言った。じゃあまあ、いいかって諦めた。


 そんで先輩と息子さん、休憩がてら煙草吸いながら話したんだって。別にね、仕事自体は物の確認と引き取りだったからそんなに手間でもないし、仕事相手とコミュニケーション取っとくのは大事なことだし。

 で、黙っててもよかったんだけど、気になったんだろうね。どういう仕組みなんですかって聞いたんだって。俺の話もついでにして、そういうわけ分からんことやってるやつがいますよみたいな話をね。先輩にだけは言われたくないよな色んな人に広めてんだからさ。


 そしたら息子さん、ちょっと笑ってね。別に大した話でも何でもないけど脅かしたまんまじゃ申し訳ないって、煙草咥えながら話してくれた。


 煙草吸うと腹が膨れるんだって。

 比喩っていうか、両方ね。物理的にも膨らむし、満腹感? みたいなやつもちゃんとある。どういう仕組みか分かんないけど煙草吸っとけば腹も減らないし、少なくとも健康診断で引っかからない程度の体重は維持できてる。ただちょっと持ちが悪いから、二時間に一辺ぐらいは吸う必要があるんだって。それを忘れると、やっぱりばったり倒れる。普通に飯食うよりは燃費が悪いかもしれないね。

 息子さんがぶっ倒れたの、そういう訳だってことだよ。その日ばたばたしてて、朝から吸えてなかったんだって。断って吸えばいいだろってのはその通りなんだけど、言い出せなかったんだって。業者さんが来てるのにこっちだけ吸うのも失礼かって迷ったと。灰皿めっちゃ置いといてるのにね、そういうとこ気が小さいんだなって思ったって。最近だと吸わない人も多いから、聞きそびれて吸い損ねてばったり。結果としてはそっちの方がびっくりするよな。

 先輩、あんまりにも怪訝そうな顔したんだろうね。息子さん笑って、服まくってくれたって。そしたらまあ、ぷわって。風船とかあのー……蟻いるじゃん。蜜貯めて体にくっつけてるやつ。あんな感じだったって。人の皮膚って伸びると透けるんだなって、ちょっとげんなりしながら言ってた。俺もカエルの喉みたいなの想像して嫌になった。


 生まれつきじゃないんだって。そういう体になって、かれこれ十年ぐらい。俗い仙人みたいだよね、そういうの。

 きっかけみたいなのはあるんですかってね、先輩も聞いたって。そしたらまあ、あるにはあるけど詳細はちょっとみたいな濁し方をされたから、それ以上はやめたって。ぎりぎりだもんな。食生活人に話すのもそこそこ勇気要るって人もいるだろうし。

 俺はどうでもいいよ。けどお前はあれだろ、そういうの知られるの嫌がるタイプじゃん。いいよ別に無理に聞く気もない……聞いても忘れるだろうしな。あんまり大事なことじゃないし。その場しのぎの雑談でちょっと楽しめればいいな、ってくらいの認識だしなあ。俺は全部そんな感じだよ。そうでもしないと暇が潰れなくってやってられない。


 まあ、そうだな。煙草のみとしてはちょっと嬉しいよな。

 憧れる、っていうとずれる気もするけど……便利能力だとは思うよ。煙草代食費に還元できるなら、結構お得だと思うんだよね。煙のカロリーっていうのもあれだよな、物理とかそういうのに反しまくってそうで面白い。でも仙人だって霧と霞食って生きてるっていうし、めちゃくちゃ偏食の人だっているっていうしさ。案外できるんじゃないかなって気はする。試す気には今んとこならないけど。だってきっかけとか何にもないから、ただただ肺やられるだけだし。それはそれでまあ、太く短く終われそうでいいけどな。輝くためには燃えないと。煙草だって火つけないとただの紙巻いた筒だよ。


 個人的な予想だとさ、メントール系低カロリーっぽい。あとほら、美味そうな煙ってあるじゃん? あれどんな味するんだろうなってのはね、気になるよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る