第1章 辺境伯に自分を売る①

 数日後、私は辺境ディンケルの地に着いた。

 多少は準備期間があると思っていたのだけど、私はお父様に命じられた日の翌朝、もう馬車に乗せられていた。

 さすがに王都からはきよがあって、とうちやくまでは結構日数がかかった。

 その間、最初はアルタミラ伯爵家の馬車で移動していたんだけど、ふるくさい荷馬車に乗っていたので、本当に身体が痛すぎた。

 あの人達は私に全く費用をかけたくないらしい。

 だけどちゆうでディンケル辺境伯家の馬車に乗りえてからはとても快適だった。

 私がアルタミラ伯爵家の代表としてけんされていると思っているからか、とてもていちように扱ってくれる。

 魔導士一族の伯爵家が戦場に派遣する人がいけにえなんて、だれも思わない。

 ディンケル辺境に着くと、まず私はディンケル辺境伯クロヴィス様にあいさつすることになった。

 とても広い城のような屋敷に入ると、しつさんにクロヴィス様のもとへ案内される。

「ルアーナ様、こちらです」

「は、はい」

 大きなとびらの前に立ち、一度深呼吸をする。

 きんちようするけど、私の人生はここで決まると言っても過言ではない。

 私はクロヴィス様に、自分を売り込むのだから。

 扉が開かれると、目の前にはしつ室にしてはごうな玉座の間のような部屋。

 正面に大きな机があり、そこに男性が座っている。

 銀髪に整った綺麗な顔立ち、とてもするどい視線で私をジッと見ていた。

 この人がクロヴィス・エタン・ディンケル様。

 確かねんれいは私の父親といつしよくらいのはずだけど、おそろしく顔立ちが整っていてあつかんもあり、とても若く見える。

「クロヴィス様、アルタミラ伯爵家から派遣されてきた方をお連れいたしました」

 私を連れてきてくれた執事さんがそう言ったしゆんかん、クロヴィス様がまゆひそめた。

「何? どういうことだ?」

 私の身体を上から下まで見て、子どもだと思ったようだ。

 十五歳なのでそこまで子どもではないのだが、見た目はもう少し幼く見えるだろう。

「アルタミラ伯爵家からは魔導士が来るはずだが? このせ細った子がその魔導士だと?」

「私は伯爵家からの通達のとおりにお連れしたのですが……」

「はぁ……どうやらアルタミラ家は皇室ばつということで、調子に乗っているようだな」

 クロヴィス様は大きくため息をついた後、私をジロッとにらんでくる。

「お前、名前は? としはいくつだ」

「ルアーナ・チル・アルタミラと申します。十五歳です」

「なに、十五だと?」

 身長も低く顔も童顔なので、やはり十五歳には見えなかったようだ。

 となりに立っている執事さんもおどろいているようなふんがある。

「アルタミラ家の子は男が一人、女が一人でどちらも十八をえていたはずだ」

「私はこんがいで、五年前からアルタミラ伯爵家で暮らしております。その事実はあまり知られていないかもしれません」

 あの人達のことだ、私の存在をほかの貴族にかくしていてもおかしくはない。

「婚外子だと? 隠していた子どもを、自分達が戦場に行きたくないから送ってきたのか。チッ、クソだな」

 さらにいらちが増した様子のクロヴィス様、やはり威圧感がすごくて少し怖い。

 だけどおじいているひまはない、私はこの人に自分を売り込みに来たのだから。

「さて、どうするか……」

 クロヴィス様が、私のしよぐうか、それともアルタミラ伯爵家に対してどうするかについて考え始めたようだ。

 このままだったら私はすぐにここを追い出されるかもしれない。

 話をするなら、今だろう。

「クロヴィス様、発言の許可をお願いいたします」

「……ああ、なんだ?」

「ありがとうございます。私はどうとしてはまだまだ未熟ですが、魔法は使えます。必ず戦場で役に立ちます」

「ほう、魔導士として未熟だと自覚しながらも? 魔法を使えるだけで戦えると思っているのか?」

 クロヴィス様は私のことを見下ろすように睨んでくる。

 言葉がまりそうになりながらも、私は話を続ける。

「き、希少魔法を使えます。四大魔法じゃないものです」

 私は伯爵家では全く魔法を教わらなかったけど、伯爵家に来る前にとくしゆな魔法を発現させていた。

 私を産んでくれた実母は魔法に少しくわしく、私が目覚めさせたのが四大魔法ではないということを教えてくれた。

 そして他人にあまり言わないようにした方がいい、と言い聞かせた。

 四大魔法とは、地・水・火・風の四つの魔法のことだ。

 希少魔法はその名の通り、四大魔法に属さない全く別の魔法で、使える人が非常に少ない。

 貴族の中にもほとんどいなくて、実母が言うには私の希少魔法はその中でも特殊で、ねたまれてめんどうなことが起こる可能性が高い。

 だから他人には教えないようにと言われていたので、私はアルタミラ伯爵家の誰にも言ってはなかった。

 あの人達は家族じゃなかったから。

 クロヴィス様も他人だけど、ここで私はけに出た。

 そうしないと、私はこのまま追い出されて野垂れ死ぬかもしれないから。

「希少魔法? なるほど、悪くはないがせんとうに役に立たない魔法だったら意味はないぞ」

「っ……」

 そう、それが私にはわからない。

 希少魔法はめずらしいだけで、強いわけではないこともあるらしい。

 私の希少魔法がどれだけ使えるものなのか、私にもわからない。

「お前が使えるという希少魔法はなんだ?」

「それは──」

 答えようとした時、扉からノックの音がひびいてきた。

 ビックリしてしまい、一瞬だけ言葉が出なかった。

へんきようはく様、そく様をお連れしました」

 部屋の外からそんな声が響き、クロヴィス様が「ああ」と思い出したように声を出す。

「そういえば呼んだんだったな。入れ」

 クロヴィス様は扉の方に声をかけた。

 まだ私としやべっているんだけど……それだけ重要な人が来るのか、私が全く重要だと思われていないのか。

 扉が開いて入ってきたのは、男性だった。

 身長が高くスラッとしていて、顔立ちも整っているがどこかまだ子どもっぽく見える。

 青年という感じなのだが、どこかで見覚えが……あっ!

 私は正面に座るクロヴィス様を見てから、もう一度入ってきた男性を見る。

 クロヴィス様を少し幼くした顔立ち、かみの色も銀で全く同じだ。

 つまりこの人は……。

「ジーク、よく来たな。前線はどうだ?」

「いつも通りですよ、父上。何人かがをして、何人かが死んで、魔物のしんこうを止めているだけです」

 クロヴィス様を父上と呼んだこの人は、やはりクロヴィス様の御子息のようね。

 喋りながら私の隣に来た、ジークという男性。

 身長はやはり高く、私と頭二つ分くらいちがう。

 一瞬だけ私のことを見下ろしてから、クロヴィス様の方を見る。

「で、父上。このガキはなんですか?」

「っ、ガ、ガキって……」

 まさかそんな失礼なことを言われるなんて思わず、ショックを受けてしまう。

「その子はアルタミラはくしやく家から来た子だ」

「はっ? 魔導士が来るはずじゃなかったんですか? なんでこんなガキが?」

 に、二回も言われた……。

 この人、本当にクロヴィス様の子息?

 容姿は似ているのに、雰囲気は全然似ていない。

 クロヴィス様はおごそかで威圧感のある雰囲気なのに、この人からは口調のせいもあるのか軽い印象を受ける。

「その子は希少魔法を使えるとのことだ、魔導士としてはまだ未熟のようだがな」

「はっ、希少魔法なんてただ珍しいだけで、役に立たないことの方が多いでしょ」

「ずっとガキと言っているがジーク、お前と同い年だぞ」

「はっ!? 十五歳!? こんなガキが!?」

 とても驚いた様子で、私を見下ろしてくる。

 この人も私と同じ十五歳なのね、容姿だけを見ると私よりも年上みたい。

 精神年齢はとても幼そうだけど!

「本当にお前、十五歳なのか? うそついてるだけじゃねえの?」

 えんりよに、そして敬語も取って私にそう聞いてきた。

 なんだか、少しムカッとするわね。

「本当よ。証明することはできないけど」

「へー、お前みたいなチビがね」

「あなたも十五歳なの? 見た目は年相応かもしれないけど、言動がまるで子どもね」

「はっ? なんだと?」

 上から見下ろして睨んでくるけど、私も負けじと睨み返す。

 私はあのクソみたいな家で五年間もえたのよ、こんなやつの視線なんかに負けないわ。

「ふん、生意気な女だな」

「生意気で結構よ」

「ふっ、仲良くなりそうで何よりだ」

「「なりません!」」

 クロヴィス様の言葉を否定したら、私と同じ言葉をかぶせてきた。

 また同時におたがいをにらむ。

「それで、ルアーナ。お前の希少魔法について教えてもらっていいか?」

 あ、そうだ、まだクロヴィス様の質問に答えていなかった。

 ジークとかいう変な男性が来たせいで。

「はい、私の希少魔法は、光です」

「っ……光、だと?」

 私の言葉を聞いたしゆんかん、クロヴィス様の目がするどく光った。あつかんも増した気がする。

 私には光魔法が強いかどうか、全くわからない。

 というか正直、弱いかもしれないと思っている。

 屋根裏部屋のくらやみを照らすのにはとても役立ったのだけど、それ以外の使い道がわからない。

「それは本当に光魔法か? 違うものではないのか?」

「えっ? いや、多分そうだと思うのですが……」

「なぜ自分の魔法が光だと?」

「私は屋根裏……あの、暗い部屋で過ごすことが多かったのですが、その時に自分の魔法で光を出していました」

「火ではなく、光か?」

「はい、光の球です」

 なぜ疑われるのだろうか?

 ここまで言われると、私も自分の魔法が光なのか不安になってくる。

 くなった母が「光魔法は希少だからね、かくしておいて」って言ったから、そう信じていたけど……。

 クロヴィス様は険しい顔で私を睨んでくるが、嘘はついていないので視線はらさない。

 しばらくしてクロヴィス様が表情をゆるめて、「ふむ」とうなずいてから喋る。

「そうか、それが本当だったら、ルアーナ。お前は使えるかもしれない」

「っ、本当ですか?」

「ああ、すぐに前線へ行ってもらう……と言いたいところだが、まずはお前の魔法をしっかり調べよう。訓練場に向かおうか」

 クロヴィス様が立ち上がりながら、ジークに声をかける。

「ジーク、お前も来い」

「えっ、俺もですか? なんで俺がこんな奴のために……」

「いいから、来るんだ」

「……はいはい、わかりましたよ」

 ジークは頭をかいて、ため息をつきながらりようしようした。

 クロヴィス様にこんな態度を取っていいのかと思ったけど、彼は息子だからだいじようなのよね。

 態度や言葉は乱暴だけどお互いへのしんらいが見えるから、その関係性が少しうらやましい。

 私はアルタミラ伯爵家ではずっと重苦しいふんで、ふざけたりじようだんを言ったりしたことは一度もなかった。

 家族と会話することもなかったし、使用人達も私をアルタミラ伯爵家の一員と認めていなかったから、ずっと下に見られていた。

「おい、お前。名前は、ルアーナだったか?」

「えっ、あ、うん」

「早く行くぞ」

 ジークはそう声をかけてから、私の前を歩いて部屋を出た。

 私もあわててついていき、ジークのとなりに立って歩く。

 クロヴィス様もジークも身長が高いので、私は早歩きをしてついていく。

「お前、さっきの話ってなんだ?」

「えっ、何の話?」

「屋根裏がどうこう、って話だよ」

 ああ、私が光魔法の説明をした時の話ね。

 さっきは言いかけてやめたけど、別に言ってもいいわよね。

「私がいつも光がほとんど当たらない屋根裏部屋で過ごしていたって話よ」

「はっ? どういうことだよ、伯爵家なら部屋は余るほどあるだろ」

 そういえばジークには私がこんがいだって言ってなかったわね。

「私は婚外子だったから、アルタミラ伯爵家の家族と思われてなかったのよ。部屋は当然余っていたけど、使わせてもらったことはないの」

「……そうかよ」

 ジークはそう言ってだまって歩き始めた。

 私も別に不幸まんをしたいわけじゃないから、いつしよに黙って早歩きをした。

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