プロローグ

「ルアーナ、お前を辺境の地ディンケルにけんすることになった」

 アルタミラはくしやく家の当主であるお父様のしつ室に久しぶりに呼ばれたのだが、いきなりそんなことを言われた。

 お父様のとなりにはお義母かあさまがいるが、私をとても冷たい視線で見下している。

 だけど、辺境の地に私を派遣? よくわからない。

「どういうことでしょうか?」

「言葉通りの意味だ。辺境の地に我が伯爵家からどうを派遣することになったので、お前を行かせることにした」

「……なぜ私なのでしょうか?」

 アルタミラ伯爵家は魔導士の一族なのだが、派遣ということは伯爵家の代表として辺境に行くということだろう。

 お父様達は私を「アルタミラ伯爵家の人間ではない」と言い続けていたはずなのに。

「お前が一番、この派遣に相応ふさわしいと思ってな」

 そう言ったお父様の顔は、とてもみにくゆがんだみをかべていた。

 何か裏があるらしいわね、そうじゃないと私にそんな大事な仕事を任せないはず。

「派遣って、いったい私は何をすれば……」

「うるさいわね! もうあなたに話すことはないわ! 早く私の前からせなさい!」

 お義母様がいきなり私にそうってくる。

 私がこんがい、お義母様の子どもじゃないから、家族の中でお義母様が一番私をきらっている。

「これであなたと一生顔を合わせないで済むんだから、せいせいするわ」

 お義母様の言葉に疑問がく。

 一生? 私はディンケルという辺境の地にずっと住むということ?

 わからないけど、またここで質問をするとお義母様におこられる。

「……かしこまりました。失礼します」

 私はこれ以上お義母様をげきしないようにそれだけ言って、部屋を出ようとする。

 ドアに手をかけたしゆんかん、後ろから声をかけられる。

「何をすればいいか、と聞いたな。お前は何もしなくていい。ただ、私達のいけにえとなってくれればいいのだ」

「そうね、あなたは死んでくれれば、それでいいわ」

「……」

 私はこんわくしながらも、最後に一礼してから何も言わずに部屋を出た。

 自分に用意されている部屋にもどるためにろうを歩きながら、さっきの言葉の真意を考える。

 生贄、死んでくれればいい?

 あの二人にそう言われたことに対しては、特にショックを受けているわけじゃない。

 仮にも両親だが、いつもそのくらいのことは言われてきた。

 お前を産ませたことは失敗だ、死ねばいいのに……そんなことは何回も言われている。

 だけど今回のは、本当に私が死ぬことが確定して喜んでいる、というように感じた。

 辺境のディンケルに派遣とは、何なのだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、目の前に二人の男女が現れた。

 どうやら私のことを待っていたようだ。

「よう、ルアーナ」

「ふふっ、そこないの妹が来たわね」

「グニラお義兄にい様、エルサお義姉ねえ様」

 この二人はお義母様──デレシア伯爵夫人のむすむすめ

 私よりもいくつか年上で、婚外子の私を見下している。

「何かようでしょうか?」

「別に、お前の顔が見られなくなるから、最後にお前のアホみたいな顔を拝みに来ただけだ」

「ほんと、じやな妹がこれからいなくなると考えると、本当にうれしいわね」

 二人も醜く顔を歪めながら笑ってそう言った。

 何のことか全くわからないので、私は何も反応ができない。

「私は辺境の地ディンケルに派遣されるようですが、それで一生会えなくなるのですか?」

「なんだ、お前知らないのか? ディンケルがどんな場所なのか」

「ああ、やっぱり無知で鹿な妹ね」

 二人はまた馬鹿にしたように言う。

 外のじようきようを知らないのは、家族のあなた達が私をずっとこのしきから出さずに何も情報をあたえてくれないからなんだけど。

 まあもう家族だなんて、私もあちらも思っていないけど。

「しょうがない、馬鹿なお前に教えてやろう。ディンケル辺境伯領というのは、魔物におそわれ続けている死地だ」

「襲われ続けている?」

「辺境のディンケルでずっと魔物のしんこうを止めているのだ。最近になって魔物の活動が活発になり、そのため魔導士の一族である我がアルタミラ伯爵家の中からも一人、派遣しないといけないことになったのだ」

「そんな死地に行くなんて、死ねと言われているようなもの。私もグニラお兄様も死にたくない。そこで……あなたに行ってもらうことになったのよ」

 ……なるほど。

 ディンケル辺境に派遣されると魔物と前線で戦い続けることになる、ということか。

 魔導士の一族と言っていたが、私はこの人達に魔法をいつさい教わってない。

 それなのに行け、というのか。

「お前が家に来た時は邪魔だと思ったが、まさかこんなところで役に立つとはな」

「本当に、出来損ないの妹だけど、私達のために生贄になって死んでくれるのは、本当に嬉しいわ」

 心底安心しているように、二人は私のことを妹ではなく、もはや人間としてもあつかっていないように平然と言い放つ。

 本当にこの人達は、救いようのない人間だ。

「じゃあな、もうお前と会うことはないだろうが」

「あなたは死ぬくらいでしか役に立てないんだから、せいぜい前線でも味方のたてになって死になさい」

 とても醜い笑みを浮かべて、私の反応をうかがってくる。

 私がこわがって青ざめた顔をするのを期待しているのだろう。

 しかし私はできるだけれいな笑みを作る。

「教えていただきありがとうございます、お義兄様、お義姉様。前線でがんります」

「……ふん、つまらないやつめ」

「あなたじゃどうせ、肉の盾にすらなれないわ」

 二人はそんな最低な捨て台詞ぜりふきながら、どこかへと去って行った。

 私は自分に用意されている屋根裏の部屋に戻った。

 私は婚外子で、平民の母親から生まれた。

 十歳のころに母親が病気でくなり、アルタミラ伯爵家にやってきた。

 だから私だけ本当の家族ではない、ということでとても嫌われていた。

 アルタミラ伯爵家の中で、一人だけかみ色が青色というのも嫌われる要素のひとつだった。

 家族全員が真反対の色、赤色の髪だったからだ。

 平民の子だから魔法の才能も一切ない、とののしられて、満足に食事もさせてもらえない日々。だから身体からだつきは十五歳にしてはかなり貧相だ。

 髪も手入れできないので、ごわごわしている。

 毎日を屋根裏のほとんど光もないこの部屋に押し込められて過ごしていた。

 自分でもよくえられたな、と思うほどだ。

 まあ、ちょっとした理由はあるんだけど。

 これから、私はアルタミラはくしやく家に生贄として捨てられる。

 だけど簡単に死ぬつもりは、一切ない。

 こんな家族から捨てられるなら、むしろありがたい。

 絶対に、生き延びてやるわ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る