元嫁からの手紙・後編



 翌日、もう一通手紙が届いた。



【拝啓・春乃宮満重様。

 突然のお手紙失礼いたします。


 私はオフィーリア・ソル・セレインと申します。

 信じられないかもしれませんが、ネトランドという異世界に住む人間です。

 その証明としていささか弱いものの、聖王協会の押印を最後のさせていただいております】


 え、嘘? まじで異世界人?

 でも紙質も、この最後に押されたちょっと光り輝いてる紋章みたいなやつも、とてもじゃないが現代のもののは思えない……。


【私は、恐れ多くも聖女という役目をいただいております。

 そう、貴方の妻であるココア・ウェールレーギア様を異世界に呼び出してしまったのは私です。

 きっと貴方は、私を恨んでいることでしょう】


 いえ、むしろ大感謝してますが?

 ていうか妻じゃねえ。


【あなたの話はよく聞いています。

 不慮の事故で誤解が生じ、心ならずも引き裂かれてしまった二人。

 お互いに愛し合いながらも十年という長い歳月触れ合えなかった。

 けれどようやく分かり合え、再び愛を交わそうという瞬間に、私の召喚術がココアを呼び出してしまった。

 愛する女性を貴方から奪い、ココアから貴方を奪ってしまった。

 なんとお詫びすればいいのか。

 ココアには相応のお金を渡しましたが、金銭では心の傷は癒えない。

 貴方に対しては、何もできない。

 己の未熟さが恥ずかしいです】


 恥ずかしいのはどう考えても元嫁だよ。

 あいつ適当なこと言って聖女から金せしめてやがる。

 クソだなあいつ。


【前回ココアが送ってしまった手紙なのですが、あれは夢魔の幻惑魔術によって錯乱状態になったまま書かれたものです。

 前後不覚になったままでも貴方への手紙だけは忘れていなかった。

 愛ですね。

 支離滅裂な内容で心配するかもしれないと思い、こうして筆をとらせていただきました。

 今は私の聖術で解呪し、安静にしています。

 しばらく眠れば回復するのでご安心ください。

 

 ではこれにて失礼いたします。

 私は聖女として必ず貴方の妻を守り、無事に元の世界へ戻してみせます。

 だからどうか、もう少しだけお待ちください。


 敬具】



 異世界にも、いい子はいるんだな。

 俺は少しあったかい気持ちになった。








【拝啓・春乃宮満重様。

 お久しぶりです、前回は見苦しい手紙を送ってしまい誠にごめんなさい】


 まともに謝ることもできないのかよ。


【幻惑魔術は無事解呪できました。

 あと、無事にデス・クラッシャーの問題も解決されました。

 決闘には敗北したんですけどね(笑

 

 ですが私は綺麗なままなので安心してください。

 というのも、敗北してデス・クラッシャーの手が私に延びようとした時のこと。

 私とあなたを引き裂いた貧乳ロリ金髪ほわほわクソ聖女がヤツの前に出ました。

 そして言うのです。


『どうか、代わりに私を抱いてください。精一杯ご奉仕しますので、ココアさんを許してください』


 とかなんとか。

 はー、クソビッチ! 貞淑を旨とする私には考えられません。

 まさか自分から男に媚びを売り! しかも人類の敵に抱かれにいこうとするなんて!

 やだやだ、こういう女ほんと嫌い!

 満重さんは、こんなクソ女に騙されちゃダメですよ♡】


 聖女さん!?

 どう考えてもお前が「夫がいる」とか言ったせいで、身代わりになろうとしてんじゃねえか!?

 それをビッチ呼ばわりとかクソ過ぎる! 元嫁がヘドロよりもクソだ!


【まあ、デス・クラッシャーもクソ聖女は好みじゃなかったのか。


『その高潔な魂、我の獣欲で怪我していいモノではない。麗しき聖女よ、貴女の行末に幸あれ……』

 

 とか言って抱かずに消えていきましたけど。

 ぷぷー、ざまぁ。

 あんたみたいなクソ聖女抱く価値ないってさ】

 

 いや逆だろ。

 元嫁は、デス・クラッシャーさんにとって穢していい程度の価値しかないってことだよ。

 でもよかった、聖女さんが無事で。


【まあ、クソビッチ聖女のことはどうでもいいです。

 ようやく紅蓮魔城ダイングライフへの道が開けました。

 ですがまだ四大幹部が残っており、それらをすべて倒さなくては魔王の下には辿り着けません。

 軽装勇者チャッラは転職して強奪勇者チャッラに。

 筋肉戦士ネトゴリーも新たな必殺技“剛ストレート”をマスターし、私達は確実に強くなっています。

 私が愛しているのは貴方だけですが、今や私達には特別な絆があります。

 私達ならきっと紅蓮魔王フティウ・ワーキを倒せる。

 もしも……元の世界に戻ることができたなら。

 今は復縁よりなにより、懐かしい桜をあなたと見たい。

 

 実はこの前、夢に見たんです。

 小学校の頃、あなたのお嫁さんになると言っていた頃のことを】


 あ、それ夢じゃなくて幻惑魔術ですね。


【途端に恥ずかしくなりました。

 小さな私にとって、あなたに貰ったものはなんでも宝物でした。

 小学生の頃、縁日で買ってもらった玩具の指輪。

 中学生の頃、初めて一緒に言った水族館のチケット。

 高校生の頃、クリスマスに私がマフラーを、あなたが手袋をプレゼントし合った。

 大学生になって、同棲して、二人で選んだマグカップ。

 並んだ歯ブラシ、お揃いのエプロン。


 ……そして、プロポーズしてくれて。

 あなたが沢山の愛情をこめて贈ってくれた、結婚指輪。


 ううん、もっと前。

 まだ子供だった時に意味も分からず交わした、けっこんするって約束だって。

 全部全部大切だったのに、今はどこにも見当たらない。

 異世界だからじゃありません。

 浮気をして、あなたを蔑ろにして、自ら捨ててしまったのです。


 もう一度、改めて思い知りました。

 大切なモノは失ってはじめて気づく。

 異世界に行って、死ぬかもしれない目に遭って、ようやく私は後悔しました。


 ああ、このまま死んだら。

 私は満重さんにとって、ただのクズ女で終わってしまうんだと。


 ふふ、我ながら遅すぎましたね。

 あの玩具の指輪の輝きを忘れずにいられたなら、きっと私は今も妻だったのに】


 ……ここあ。

 お前は俺にとって大切な幼馴染で、大好きな恋人で、愛しい妻だったんだ。

 今はもう紬しか愛していないけれど。

 かつて愛していた事実は変わらない。

 なんで、俺達はこうなってしまったんだろうなぁ。


【私は最後の戦いに挑もうと思います

 もう、祈ってほしいとは言いません。

 ただ、また手紙を送ります。そうしたら受け取ってもらえますか?

 そして、許されるなら。

 もう一度だけ春の花を、あなたと一緒に見たいです。


 かつて、あなたの幼馴染だった、ただのここあより】


「………………違うよ、もう愛しい妻ではないけど。お前はちゃんと、俺の幼馴染だ」


 俺はそっと手紙を自分の机にしまい込んだ。




 ◆




 次の日曜日、また手紙が届いた。

 異世界からの、俺の長馴染からの手紙だ。

 俺はそっと優しく、その文面に触れる。



【んほおおおおおおおおおおおおおおおおおお♡

 わだじわぁ! 紅蓮魔王フティウ・ワーキざまのぉ! 不貞浮気妻でぇええええず♡

 ほんとはチャッラともネトゴリーともスイミともヤッてましたあああああああ♡

 ごめんね満重ざぁああああああん♡】

 

 知ってたわ!?

 なんで俺達がこうなったかって、そもそも元嫁が流されやすい浮気性だからだよ!?

 ていうか文面でんほぉはおかしいよね!?

 俺は取っておいた前回の分と合わせて手紙をびりびりに破いて捨てた。





 ◆




 翌週も手紙が届いた。

 が、俺は読まずに捨てた。開いてる暇がなかったからだ。


「う、うう……あな、た。お腹が……」

「紬、すぐ病院に連れてくからな!」

「ママ、ママ大丈夫!?」


 紬の陣痛が始まった。

 俺は前もって準備を整えていたため、スムーズに病院まで行けた。

 そうして手順に従い、紬は分娩室に。

 産まれるまでは俺達家族は外で待たないといけない。望愛も、ママを待つと言って一緒についてきた。

 傍にいられないのが辛い。でも、紬が頑張っているんだ。俺達は強い焦燥を感じながらもただひたすら待つ。

 

 いったいどれだけの時間が経ったのか。

 廊下に、医者と看護師がやって来た。

 そして医者は、ゆったりとした笑顔で言う。


「無事に出産を終えました。元気な男の子ですよ」

「い、やっったああああああああああああああああああ!」


 俺は喜びのあまり病院ということも忘れて叫んだ。

 そのまますぐに愛しい紬の下に走る。


「あ、あなた……生まれましたよ、わたしたちの、子供が」

「うん、うん! よく頑張ったなぁ、紬ぃ!」

「すぐにDNA鑑定しましょうね、あなたが安心できるように」

「馬鹿、そんなもんいるか。この子は、俺と君の子で、望愛の弟だ」


 望愛が生まれた時も紬はそう言った。

 ここあの不倫のせいで女性不信だった俺が少しでも心安らかにあれるよう、自ら証明をし続けてくれる。

 そんな彼女を信じられない訳がない。

 違う。紬になら、俺は騙されたってかまわない。そう思えるほど愛するようになった。


 俺は愛しい妻の心に、ただただ喜びの涙を流し続けた。




 なのでそのまま元嫁は異世界不貞妻でいてください。

 頑張れ紅蓮魔王フティウ・ワーキ。

 俺は貴方を心から応援している。




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