第14話 毛根死滅剣

「一皮剥けましたね。小春…いい顔になりました」


 一皮どころか全身の皮が剥けて人体模型になった雨宮小春です。

 どうして生皮剥がされたかというと我が師、彼岸神楽により彼岸神楽流奥義を伝承された代償である。

 小春は死に際の集中力を手に入れた。今なら夜叉猿にも勝てる。


 消えた同期生、小鳥遊夢を取り返す為に『頼ろう会』への潜入を敢行するのは日比谷教、教祖雨宮小春。


 ミッションは教祖骨原の髪の毛が地毛なのかヅラなのかを確かめる!!



 --本日日曜日。『頼ろう会』体験入信の日。

『頼ろう会』本部は真っ白な教会みたいな建物。インスタ映えしそうである。


 そんなどことなく胡散臭い本部の前には驚いた事に朝っぱらから大勢の人が集まっていた。

 もしかしてこれ全部『頼ろう会』体験入信…


「やば〜、映える〜」「日本にこんなオシャレな建物があったなんて♪」「素敵…♡」


 違った。インスタ映えだった。


「『頼ろう会』体験入信の受付を開始します。順番に中へどうぞ」


 インスタグラマーが跋扈する正面玄関から紫色の服を着た信者さんが受付しろやと呼びかけた。

 それと同時にインスタグラマー達が実にグラマーな歩き方でグラマーに散っていく…

 残されたのは僕と神楽師範だけだった。

 順番もクソもなかった。


「……小春、最終確認です。私達の目的は教祖の髪の毛を引っ張る事。ヅラならインチキ宗教、もし地毛なら私達が神を斬る…いいですね?」

「はい」


 超本格スパイアクション!開幕!!


 *******************


 --教会みたいだなって思った建物。中に入ったら本当に教会みたいだった。

 受付を終えた僕らが通されたのは礼拝堂みたいな厳かな空間……


 ちなみに受付の時僕の家に勧誘に来たおばちゃんか居たけど今の僕は人体模型あるいは超大型巨人だったので気づかれなかった。


「ベルトルト」

「違います。師範」

「前を……来ましたよ」


 神楽師範が目配せする先で--その男がやって来た。


 2人ほどの信者を引き連れたそのロン毛の男はホームページで目に焼き付けたその顔で間違いない。

 あれが教祖、骨原……


 その時僕と神楽師範の目の色が変わった。


 肌をヒリヒリとなぞる緊張感…その原因は間違いなく骨原が全身から漂わせる謎の紫色のオーラである。


 嫌な予感がした……


「教祖、今回は2名のみです」


 顔を俯かせた女性信者が耳打ちする。耳元で言う必要があるのかってくらい声が大きくて丸聞こえである。

 それに「うむ」と重々しく頷く骨原が広大な礼拝堂にぽつんと座る僕ら2人に視線を寄越す。


「ようこそ、私が『頼ろう会』教祖。この教団のカリスマ…骨原です」


 オズムンド・サドラーだった。


「本日は我が『頼ろう会』体験入信にお越し頂き感謝つかまつる」

「どうも、彼岸神楽流総師範、彼岸神楽です」

「雨宮小春です……」

「よろしい……君達は我が『頼ろう会』の教義はご存知かな?」

「はい」

「はいそこの超大型巨人」

「神様に頼れば大体なんとかなるです」


 教えでもなんでもないクソみたいな教義に「左様」とカリスマが頷く。なぜか湧き出るオーラが増している。

 もうすごい増してる……部屋を埋め尽くさんばかりだ。モントゥトゥユピーを彷彿とさせる…


「オーラの……底が見えねェ!!!」

「落ち着いて下さい師範」


「その通り…悩み多きこの世界。皆が求める救いがここにあるのです。神様に頼れば救われる。神様に頼ればなんとかなる」


 噴き出すオーラがロン毛を逆立たせる。これは……ヅラには見えない……まさか本当にこの街には神が……?


「悩める子羊よ……悩みを言いなさい。君達の悩みも神様が解消してくれるはずです」


 まさか振られるとは思ってなかった。面食らう僕だけどすぐに気持ちを立て直す。ここに来た目的を忘れてはいけない……


 これはあれでしょ?悩みを言えば神様が何とかしてくれるって流れだよね?そういうパフォーマンスだよね?

 ならば……小鳥遊夢をこの場に連れてきてくれって言えば出てくるかもしれない。

 あるいはその発言への反応で『頼ろう会』がクロかシロか分かる--


「僕の皮膚を元に戻してください」


 しかし剥き出しの筋肉のヒリヒリ感には勝てなかった。


 すると教祖骨原。「よかろうです」と僕の願いを拾い上げてくれた。


「……この流れ…校内保守警備同好会の報告資料にあったのと同じ流れ……」


 隣で僕の皮を剥いだ張本人が呟いた。


「さぁ祈るのです!神様に!!皮膚を元に戻してください!!」

「「戻してください!!」」


 突然天に手をかざして叫び出す教祖に続いて2人の信者もそれに習う。


「神様助けて!!」

「「助けて!!」」

「アーメンっ!!」

「「アーメンっ!!」」


 ……なんだこれ。


 なんて思って錯乱された教祖様を眺めていたらその時!


 --メリメリメリッメリッ


「っ!?」

「こ、これは……」


 全身のむず痒さと共に僕の剥き出しのキンニ君の上から肌色の皮膚が……


 骨原も信者も誰も僕には触れていない。のに、僕の体に突然起こった異変は奥義伝承と引き換えに失った皮膚を再生させていく。

 これには僕も師範もびっくり。さながら巨人化するみたいに僕の体が再構築されていく。雷は落ちなかった。


 もはや髪の毛を確認するまでもない……この教団の神とやらは本物……


 目の前で神の奇跡を見せつけた教祖骨原は得意げな顔で「どうだ?」と言わんばかりに見つめている。

 皮膚に守られすっかり剥き出しの筋肉のヒリヒリから開放された僕は正直、目の前の奇跡に完全に呑まれていた……


 ……しかし。


「……なるほど。『頼ろう会』同好会の神は復活した……ということで間違いないようですね。となれば、消えた信者達もその神とやらに吸収された。高校時代のように…」


 ただ1人、師範のみ油断なく教祖を睨みつけたままゆっくり隠し持っていた小太刀を抜いた。

 神楽師範の言葉に骨原、ギョッとして思わず髪の毛が身構える。髪の毛が身構えるとはつまり髪の毛がザワザワしたという事である。


「き、貴様……なぜ高校時代の話を…まさかっ!?」

「私は彼岸神楽…校内保守警備同好会代表にして彼岸神楽流総師範です」

「こっ…!校内保守警備同好会だと!?」


 かつての因縁の名を告げられてさかなクン並にギョッとするサドラーの髪の毛。思わず身構える教祖を前に最早容赦と常識の概念を捨てた神楽師範が切っ先を向けた。


「私達は小鳥遊夢を取り返しに来た…答えろ。彼女は今どこにいる?」


 会ったこともない小学生の為に銃刀法違反を犯す師範……

 初対面の入信希望者に刃物を向けられるカルト教団のカリスマ……

 そしてヤバめのカルト教団でカリスマに刃物を向けるヤバめの師匠を眺める僕……


「…ふっ」

「ふ?」

「お味噌汁にフノリ入れますか?師範…」

「ふははははははははっ!!校内保守警備同好会とはなっ!!」


 その時、この極限状態の中、信者2人が怯える前で髪の毛を紫オーラで逆立たせる骨原氏はすぐにカリスマに相応しい落ち着きを取り戻していた。

 なんなら笑ってた。これがカリスマ……


「何がおかしい。骨原…」

「そうか…そうですか。哀れな子羊よ……君達はあの校内保守警備同好会の怨霊…まさか高校生活を終えてまでこの私を追いかけてくるとは……あの浅野姉妹の怨念が……」

「仰々しい台詞を吐いてないで小鳥遊さんを返してください!!」


 果敢に挑むは日比谷教教祖。

 そんな僕にカリスマの眼力が飛ぶ。


「小鳥遊夢……ああ哀れなる子羊よ」

「なんでもいいけどその喋り方やめろ貴様。斬り殺しますよ?」

「彼女の無垢なる魂は神様へ献上された……あの子は神の救済により心の安らぎを手に入れたのです……」

「黙りなさい。この教団の神が実在する以上あなたに用はない…その神とやらに会わせなさい…」


 もう、今にも斬りかかりそうな勢いの神楽師範。しかしいけない!こんな所で傷害事件なんて。僕の将来に響く。


「早まらないでください師範…今攻撃したら小鳥遊さんを連れ戻す手立てが……」

「分かってます。小春はもっと下がってなさい」


 教祖骨原、ゆっくりと壇上から下りて僕らの方へ…両手を広げたポーズはカリスマである。


「もちろん……すぐにでも会わせてあげますとも……あなた方には対価を支払って貰わなくては……」

「……対価」

「そう……そこの少年の皮膚を元に戻した…神の御業の対価をね……」

「…………なるほど。体験入信などと宣いながら、端からそういうつもりですか?」

「ふははは。知りなさい、校内保守警備同好会の亡霊よ…この街の人々は神様を信じる事が史上の幸せだと!!」


 その時!カリスマ骨原の髪の毛がまるで生きているようにザワザワし始めた。毛の一本いっぽんが意志を持った生き物のように毛先を僕ら2人に向けている。


 今となってはどうでもいい事だけど、この太さと艶……地毛である。間違いない。神経通ってるもん。


 髪の毛に神経……?サニー?これが神の力……?


「…………彼岸神楽流」

「師範!!」


 神楽師範が構えを取り僕の前に立つ。

 対峙する骨原はまたしてもカリスマに相応しい高笑いを上げる。頭の毛は増量中。ゲゲゲの鬼太郎の夜叉みたい……


「ではあなたを神への贄にしましょう!!さぁ!その身を神に捧げるのです!!てぇやぁぁぁぁっ!!」


 カリスマがあまりカリスマっぽくない雄叫びと共に髪の毛を広範囲に広げ神楽師範に迫る!

 艶々の剛毛が網のように……僕らの逃げ場を封じつつ漆黒の高波となり襲いかかる…教祖骨原の言う神とはグルメ細胞の悪魔の事かもしれない。


 皮膚生えてきたし大概の事では驚かないと思ってたけどこうも目の前で奇想天外な事が起これば僕だって驚く。

 何も出来ずポカンと口を半開きにする僕とは対称的に--


 師匠は冷静に敵を見ていた--


「奥義--その77!!」


 毛先の一本いっぽんまで手入れの行き届いた見事な髪の毛…がいよいよ師範に触れるかと言う時、師範が--




「きっ……」

「消えた!?」


 僕と骨原。2人の教団のカリスマがギョッと目を剥いた。

 しかし、僕はその瞬間移動の如きスピードを辛うじて目で捉えていた…


 それは芸能養成所と道場の稽古の賜物だろうか。

 ……本当に何をしてるんだろうか僕は…



 --次の瞬間。

 カリスマ骨原の頭頂部に銀閃が走る。

 それはカリスマをカリスマたらしめる見事な頭頂部の曲線を綺麗になぞるように…疾風のように駆け抜けていた。


 そして神楽師範が骨原の背後に姿を現した時……



 --バッサァァァッ


 骨原氏の頭頂部が光る。

 それはまさに落ち武者Style……側頭部の剛毛を残したまま無惨にも一本ラインを引くように頭頂部のみの毛髪が頭皮から引き剥がされカリスマの足下へ散らばる…

 いや、輝かしい頭頂部を手に入れたその頭はもはやカリスマではなかった。


「……奥義、毛根死滅剣」

「ばっ……馬鹿な……っ!!」


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