第15話 神ではなく髪です

「--彼岸神楽流奥義、その77…毛根死滅剣!!」

「うごっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 絶叫と共に頭頂部の黒々とした毛髪を毛根ごと死滅させられた教祖骨原が崩れ落ちた。

 それに従い指向性を持って僕らに迫っていた髪の毛がへなへなと夏の熱気にやられた葉野菜の如く沈静化していく……


『頼ろう会』本部--教団のカリスマ骨原対彼岸神楽流総師範、彼岸神楽。

 神の力を前に彼岸神楽流の絶技が光る!!


 そして僕の名前は雨宮小春。

 日比谷教のカリスマ……日比谷真紀奈に再会する為に役者を志していたらいつの間にかカルト教団と戦っていた小学3年生、夏…


 小鳥遊夢を取り戻す戦いはここに決した--


 ……はずだった。


 *******************


 私の名前は浅野詩音。

 浅野探偵事務所の探偵です。


 今回私達が受けた依頼は「消えた小鳥遊夢さんの捜索、保護」そして恐らく犯人は『頼ろう会』という宗教団体……


 --あの忌まわしき同好会。『頼ろう会』

 そう、この街の土地神に魅入られた教祖、骨原先輩によって設立されたこの組織は神の力を使って奇跡を起こし、その見返りとして同好会員を神の贄としてた。


 私達が『校内保守警備同好会』だった時に潰したあの同好会が…再びこの街に影を落としている。



「--プロはいいわよ♡オトコが逞しいもの♡うふっ♡」


 喫茶店の角のスペースで私と妹、美夜と向かい合うのはサングラスの黒が地肌の黒と同化して分からなくなった野球界の超新星。


「久しぶりね♡詩音ちゅわん♡美夜ちゅわん♡卒業式以来よね?よくあたしの連絡先が分かったわね……」

「久しぶり、剛田君…」

「いつ見ても恐ろしい野郎だよ。お前は…夏だってのに寒気がする」


 --剛田剛ごうだつよし

 私達の高校時代の同級生。元野球部。現在はプロ野球チーム『慢心まんしん』所属の投手。この歳でもう年間一億とか稼ぐんだって。

 彼を語る上で忘れてはいけないのはまず「オカマ」であること。

 校内の治安維持を担っていた私達校内保守警備同好会が過去何度彼を男子生徒への性的暴行で拘束したか……

 なんか高一の時に色々あったらしい。


 そして……


「話は美夜ちゅわんからメールで確認してるわァ……『頼ろう会』…あの時の神様が復活したかもしれないって話しよね?」

「そう…」

「あの日のあの……土地神がな…」


 --高校二年のあの日……夏の終わりの余韻を残す夕焼けの屋上…


 青白い燐光と共に現れた少女のような姿の土地神様は願いの代償として目の前で次々に沢山の人を吸収していった。

 その恐るべき邪神--遥か昔からこの土地で神として祀られてきた禁忌の存在……


 その『頼ろう会』のルーツはあの日、取り込んだ剛田君に逆に取り込まれて消滅した…はず。


 剛田剛……この男の最も特筆すべき点はその「戦闘力」である。

 かの「魔人」宇佐川結愛うさがわゆあにも匹敵するという絶大な超常的能力…彼を怪物たらしめるその力。それは土地神様を吸収したことによって得た神通力だと彼は言う。


 美夜は剛田君のグラサン越しに彼の瞳の中を覗き込む…正確にはその奥に眠る“彼女”を…


「剛田……お前の中の邪神が勝手に悪さしてる…ってことはまさか……ないよな?」

「あたしがあたしの意思でやってる……とは思われてないあたり、あたしと美夜ちゅわん達との信頼関係が感じられるわね♡」

「くだらねー事言ってんじゃねー…そうならそうでてめぇをぶちのめすだけだ」

「剛田君。小学生の女の子が消えてるの……『頼ろう会』が噛んでるって確証はまだない…けど……」

「残念だけど、その読みはハズレよ」


 が、剛田君はその身に宿した土地神ではなく、剛田剛として強く私達の予感を否定する。


「彼女は今完全にあたしと同化してる。もちろん、肉体の主導権はあたし…もう神様としての意思は残ってないわぁ」

「あのクソ神様が一人歩きする可能性はないと…?」

「信じていいんだな?カマ野郎」

「なんならその事件解決にあたしが協力しましょうか?」


 剛田君は高校時代から問題の多い人だったけど、最低限のラインは弁えてる。私達はそれを信じてる。


 …………じゃあ今『頼ろう会』が祭り上げてる神様は実在しない存在。

 今骨原先輩の頭を覆ってるのはヅラ…


 その真偽……『頼ろう会』の正体は神楽さんと雨宮少年が解き明かす……

 それに賭けるしかない……


 *******************


「吐け。消えた信者はどうした?」


『頼ろう会』本部--


 頭頂部の髪の毛を失ったカリスマ、いや元カリスマ骨原が小太刀の切っ先を突きつける神楽師範に完全に白旗を挙げていた。

 その後ろで事態を見守る僕……


 落ち武者Styleを手に入れたかつてのカリスマには先程までの覇気はなく、今や戦から落ち延びた敗走の兵……つまり落ち武者。


「わ、私をどうするつもりだ……」

「側頭部の髪の毛も失いたくなければ、この教団の真実を話せ。さもなくば、お前は落ち武者からオバQになる」


 なんて恐ろしい事を……とても人が口にできる事では無い。


 あ、ちなみに連れてた信者2人は骨原が落ち武者になった時点でさっさと逃げ出しました。


「骨原、どうやってあの髪の毛を手に入れた……自在に動かせる髪の毛…ただの髪の毛ではないんだろう?そして先程までの異様な気配……貴様何者だ……」

「私は……髪の毛が欲しかっただけなんだ……」


 教団の落ち武者がそう切り出した一言はこの狂気の教団の真実の扉を開ける合図だった。



 --場所は変わり、教団本部地下室。


 芸能養成所のレッスン室を彷彿とさせる漆黒の空間……岩肌剥き出しの、岩盤そのまま掘り抜きましたというような空間で僕らを待ち受けていたのはとても信じられない光景だった。


「……し、師範!!」

「これは……っ!!」



 --そこに広がっていたのは髪の毛である。


 正確には、空間の壁一面を多い尽くす毛髪のような“ナニカ”…

 さらに恐ろしい事に、蜘蛛の巣のように壁面に張り付き覆い尽くすその髪の毛の中には無数の人間が絡みつき壁に磔にされていたではないか。


 漆黒のみが支配する空間でなぜそのようなおぞましい光景が目に入ったかと言うと、真に恐ろしい事実が僕らの視界を照らしていたから……


「師範……この人達……」

「街で行方不明になっていた人達と見て間違いないでしょう……しかも……みんな髪の毛がない……」


 捕まっている人達の頭が煌々と輝いていた。


「これはなんですか、落ち武者さん!」

「小僧……落ち武者言うな……いいだろう。無知なる子羊である君らに今から説明してやる…」


 何故か敗北したくせに偉そうな元カリスマが誰よりも輝きを放つ落ち武者Styleで目の前の地獄を解説する。




「--あの日、私は死に場所を探していた…」

「「あの日?」」

「校内保守警備同好会と剛田剛という男によって『頼ろう会』を…髪の毛を奪われた私は「外を歩くと日光を反射して眩しい」というご近所さんからの通報を受け住み場所まで奪われ……失意のどん底に居た…」


 可哀想に……


「神様を失った私にもう髪の毛を手に入れる術はなく……」

「ヅラでいいのでは?」

「師範、しっ!話を切ってはいけません」

「死に場所を求めて私はあるアトラクションに参加したのだ……」

「アトラクション……?」

「死に場所求めてアトラクション?デ〇ズニーか?」

「『リアルガチ地獄巡り』だ…」


『リアルガチ地獄巡り』とはこの街にあるちょっとした名物観光スポットである。

 なんか大型商業施設の地下階を建設中に地獄まで掘ってしまってそのまま地獄巡りツアーにしてしまったらしい。

 地獄は近かった。


「私は『リアルガチ地獄巡り』に参加した…そうあれは…第七階層、大焦熱地獄に落ちた時だ」

「落ちたんですか?地獄に?」

「なんか罪人はツアー中に地獄に引きづり込まれるって噂ですよ?師範行ったことないんですか?」

「小春は行ったんですか?逆に…」

「私はこの方に出会ったのである」


 この方とは今壁に張り付いてる髪の毛みたいな奴のことである。


「……まさか、地獄から拾ってきたんですか?これ……」

「この方は大焦熱地獄の獄炎で毛髪が燃え尽き死滅した亡者達の怨念……」

「ハゲの怨念の集合体!?」

「が……私は地獄に落ちた時既にハゲていた…つまり大焦熱地獄の業火でも私にダメージを与える事は出来なかったのだ。つまり地獄でも私は死にきれなかった」

「え?地獄の炎って毛髪にしかダメージがいかないんですか?」

「てか死にきれなかったって地獄落ちてんだから死んだんじゃないんですか?」

「私は地獄から生還した…」


 骨原はどうやらカリスマを名乗るだけの格はあるようである。中々居ない。霊毛ちゃんちゃんこも無しに地獄から生還するやつ…


「その時私には亡者の怨念が宿っていたのだっ!!」


 と、骨原は自身に残された側頭部のロン毛を指さし昂った様子で僕らに…正確には僕らの頭に怨嗟の籠った視線を向ける。


「私の頭には地獄で髪の毛を失った亡者達の怨念が宿っていた!!」

「ハゲの怨念でどうして髪の毛が生えるのですか?」

「違う!!これは植毛だっ!!」

「「なんだって!?」」

「怨念パワーと私自身の怨念……地獄のパワーが重なり合い私の身に神にも等しい…いや!髪にも等しい力が宿っていたんだっ!!怨念達が告げる……「許すな」と…黒々と髪の毛を生えさせるこの咎人達を許すなとなぁっ!!」

「じゃあ……あなたの髪の毛はまさか…っ!」


 僕の視線がハゲの怨念に囚われたハゲた信者達に向く。

 神楽師範の瞳にそれこそ髪の毛を燃え尽きさせる地獄の業火にも勝る怒りの炎が宿る。


「……お前は…自分がハゲてるという理由だけで他人から髪の毛を奪って植毛していたのですか?『頼ろう会』はあなたの植毛の生贄にする髪の毛を確保する為の……」

「あの、僕の皮膚を再生させたあれはなんなんですか?」

「怨念に宿った地獄パワーだ」


 ああなるほど……


 要約すると--

 地獄でハゲの怨念に取り憑かれた骨原は髪の毛のある人に復讐する為に『頼ろう会』で信者を集めて信者から髪の毛をむしり取ってたと……?


 ????


「そんな事の為に……罪もない人々から髪の毛を奪ったのかお前はっ!!」

「罪もない!?」


 怒りに震える神楽師範に対して骨原、くわっ!と目を見開いて牙を剥く。彼の感情に呼応するように残された側頭部のロン毛がザワザワしだした。


「お前らに分かるか!?私が今まで受けてきた屈辱がっ!!ただ髪の毛が無いというだけで…あだ名は「太陽」!眩しいという理由でマンションから追放され!!常に付きまとうのは好奇の眼差し!!」


 それはまぁ……うん…可哀想に……


「私をハゲだと虐げたのは貴様らだろうがぁぁぁぁっ!!」

「彼らがお前に何かしたか!?信者達からしたらとばっちりもいいとこだぞ!?」


 確かに。


「今すぐこの人達を解放するんだっ!そして奪い取った髪の毛を戻せ!!」


 神楽師範が構えた。膨れ上がる闘気を前に骨原は先程の髪の毛を死滅させられた恐怖が過ぎったのか怯んだように後ずさる…


 …けど。


「ふは……はははははははっ!!」

「……?」

「師範……様子が……」


 狂気に顔をしかめ笑う骨原の髪の毛がザワザワと僕らを嘲笑するように蠢く。同時に、先程とは比べ物にならない禍々しいオーラが彼の体から噴き出した。


「なるものか……折角手に入れた髪の毛だぞ?“我々”はコイツらの髪の毛を糧とし続けるのだ」

「我々……既に地獄の亡者達に意識を…小春下がりなさい!」

「師範……この信者達の中に小鳥遊さんが居るはずです……っ!」

「……ならば探すのです!」


 ……ん?ということは小鳥遊さんは髪の毛を失っているということか?

 どうやら小鳥遊夢の芸能界への道は絶望的に閉ざされたようだ。


『渡すものか……誰にも……この髪の毛は我々のモノだ……っ!!』


 膨れ上がる邪気と共に骨原が…正確には骨原のロン毛が肥大化していく。迎え撃つ構えの神楽師範にその場を任せて僕は囚われた信者達の下へ走る!


 ここに小鳥遊夢が居なければ僕らのやってる事は完全に無駄骨になるんだけど…

 しかし半分は小学生の少女の頭が輝いてる姿を見たくないという思いも……


「……うぅ」


 居た。


 無情な事に小鳥遊夢、他の信者と共にしっかり黒く禍々しい髪の毛に囚われていた。もちろん、毛は無い。


 ……ああ、あんなに誇らしげに生えていたツインテールが…………


「小鳥遊さん!しっかりして!!起きるんだよ!!」

「…………ぅ」


 くそっ!この髪の毛……全然取れない!がっちりと小鳥遊さんを捕まえたままピクリとも動かない。

 なぜかは分からないけど髪の毛を失っただけで意識まで朦朧としている小鳥遊さんに僕は張り手を食らわした。

 ペチィィィン!!と気持ちいい音がして小鳥遊さんの顔が弾ける。


「……ぅ…………?あれ?」

「良かった……」


 何とか目を覚ましたようだ。


「小鳥遊さんしっかりするんだよ!助けに来たからね!」


 ……思ったんだけどそんなに親しい訳でもないのになぜ助けに来たんだ?


「……雨宮……くん?あれ?私……お家に帰ったらお母さんと教祖様が居て……ぅっ!」

「小鳥遊さん!?」

「おぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!げぇぇぇぇぇぇっ!!」


 吐いた。


「お、お母さんは…?はぁ……」

「大丈夫だからゲロの放出口をこっちに向けないで?全員助ける。君達は……」


 ……いや待て。

 言えるか?「君、その歳でハゲたよ」って?


 ……………………言えない…



「ぐはぁぁぁぁぁっ!!!!」


 これどう説明したもんかと悩んでたら神楽師範に叩きのめされた骨原さんが頭を輝かせながら吹き飛んできた。

 その頭に怨念は一本も残ってなかった。


「カリスマ……?あ、あれ?なんだか頭が…」

「小鳥遊さん、君のお母さんはインチキ宗教にハマってたんだよ。騙されてたんだ!」

「それは……薄々気づいてましたが……」


「あぁ!あぁっ!!私の髪の毛がっ!!」

「……奥義、毛根死滅剣……怨念とやらも髪の毛と共に消し飛びましたね。終わりです。骨原、信者を解放しなさい。あなたにはもう髪の毛は残されていない……」


 地獄の怨念を相手に驚異的な戦闘力を見せつける師範。もはや落ち武者ですらなくなったたただのハゲは地べたを這いずりながらもそれでも、まだ執念の炎を瞳に宿してた。


「ふふ…ははははっ!」

「…………骨原」

「髪の毛なら……まだあるさ……」


 --その目がこちらに向いた時、全身の毛が逆立つ。

 その目は今まで僕が見たことの無い--とてつもない悪意に彩られた目。


 初めて出会った本物の『狂気』の目--


「ここにっ!!」


 骨原は自ら、信者達を絡めとるハゲの怨念の中に飛び込んだ!


「……え?」

「っ!小春!!」


 咄嗟に師範が僕を後ろに引っ張った。

 同時に壁一面を覆い尽くしていた怨念の集合体が突如、その質量を増加させ激しく暴れ出す。

 増毛していく怨念の束はそのまま部屋一面を埋め尽くさんばかりに巨大化していき、地獄から引きづった執念を吐き散らす。


 怨念は骨原も、部屋も……そして信者達も全てを呑み込んで……


「ひぃっ!?ひぃぃっ!!」

「たっ……小鳥遊さんっ!!」

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