第12話 本作は芸能界を目指す物語です

 気分は007。体は子供、中身も子供。将来の夢はダニエル・クレイグ。こんにちは。日比谷教教祖。雨宮小春。小学三年生です。


 初恋の人、日比谷真紀奈と再会して英国エージェントとして沢山の美女とラブロマンスを繰り広げることを夢見て芸能界を目指す僕。

 そんな僕の同期生、小鳥遊夢が行方不明。

 原因と目される謎の新興宗教『頼ろう会』。本物の神様を信仰しているというその宗教と僕の戦いが始まる……



「小春、最近レッスンどう?」

「うん、ぼちぼち……」

「ところで昨日、なんか剣術道場の入門書みたいなのが家に来てたぞ?小春宛に……」

「お父さん、それは僕が今お世話になってる道場のやつだよ」

「ちょっと小春?いつの間に剣術なんて習い始めたの?」

「小学校の体育の必修なんだ」

「「へーーー……」」


 父と母は頭が弱かった。



 --彼岸神楽流。

 世界最強の武術一族、彼岸流から派生したという歴史の浅い剣術流派。その頂点に立つ彼岸神楽さんは浅野姉妹の後輩なんだって。


 今回『頼ろう会』教祖、骨原の頭髪が本物か偽物かを確かめるにあたって、僕と僕のボディガードとして彼岸神楽さんが潜入する。


 よく分からないけど骨原さんの髪の毛が復活するのは神の御業をおいて他にありえないらしい。骨原教祖の髪の毛が地毛なのか、ヅラなのか…そこが重要なポイントなんだって。



 ……さて。ここは彼岸神楽流総本山。



「彼岸神楽流は現在515名の門下を抱えております。我が流派は出来たばかりですが彼岸流の術理を汲んだ本格実践剣術です」

「……はぁ」


 なぜか道着に着替えさせられた僕は神楽師範と向かい合う。


「今回あなたと共に『頼ろう会』に潜入するにあたって、あなたの保護者としての立場を得る為にあなたには我が彼岸神楽流に入門して頂きました」

「はい」

「ので、あなたは門下生…門下生である以上修練は積んでもらいますよ?」


 なんてこった……


「これからは週七で道場に通うように…一日大体6時間稽古です」

「無理です」

「そんな気合いでどうします…それでも剣術の頂きを目指す者ですか?」

「目指してないです…」


 僕には役者になるって夢があるんだい。


「……僕、実は芸能養成所に通ってて…学校以外の時間は忙しいんです…」

「……なんと」

「ので、道場には通えないです」

「なりません」


 この人譲らない……


「うぅ…そんな事言ったって……ぐすんっ…ふぇぇぇっ」

「喝ッ!!!!」


 うわぁびっくりしたなぁ。思わず涙腺から絞り出した涙が巻き戻しみたいに引っ込んじゃったよ…


「男が簡単に泣くものではありません…みっともない。やはり修行が足りません」

「今のは嘘泣きなので…」

「師匠を騙そうとするとはなんて不届き者…剣をお取りなさい」


 なぜか脇に置かれていた真剣を手に取るようにと促され、僕の身の丈程もある大太刀を抱えるようにして持ち上げる。

 応じるように神楽師範も傍らの日本刀を取る。

 嫌な予感がした。

 具体的には養成所のセカンドステージで味わった予感である。


「--我が彼岸神楽流に入門したからにはそんな腑抜けでは許しません。あなたが剣の道より芸能を選ぶというのならば、私を認めさせることです…そうすれば週三のお稽古で勘弁してあげましょう…」

「……ええ」


 稽古には来いと……


 …まぁ今回双子探偵の仲介とはいえこんな面倒くさい事を頼んだのは僕だ。保護者としての理由付けとはいえ入門したからには稽古しないと他の門下生に対して示しもつかないんだろうけど……


 神楽師範が本身を抜く。

 当たり前だけど初めて見る日本刀の刀身は濡れてるみたいに妖しい輝きを放ってた。障子から差し込む陽光に当てられた刃は見ただけで切れ味を想像させる。


 先程までお母さん程の身長しか無かった神楽師範の輪郭がゆらゆら揺らめいて、その姿が大きく見える…


 …………これが剣豪…


 ……断っておくけど僕、別に剣術家になりたい訳じゃない。

 芸能界を目指すという僕のサクセスストーリーは探偵ものから更に変じ、今度は剣豪バトルものになりました。


「抜きなさい…」


 勝てる気がしないです。

 畳の上におしっこじょんじょろりんです。


「ひぇ…あの……ぼ、僕……」

「……そのような軟弱は許しません。怯えている様であなたの目は抜かりなくこの場を切り抜ける機会を虎視眈々と狙っている…流石は芸能人の卵ですね…ですが私には通じない」


 只者では無いらしい…初めて大根役者と言われた気がした。


「その歳で末恐ろしい事ですが…そうやってどんな場でも嘘で誤魔化し逃げるような人生を歩んではいけない……剣は人を映します。刀身に映るあなたを見ればあなたの心も見えますからね」


 すみませんまだ抜いてません。


 …流石に数多の試練を潜ってきたんだろう。若くして一流派の頂点に立つ彼女の前では僕の安い演技など紙切れの如く断ち切られると…

 養成所の教官からの受けはいい(特にジャック・ハンマー)はずの僕の演技が……


 ……さて、申し訳程度の芸能要素を挟み込んだところで。


「抜きなさい。雨宮小春……」

「はい……」


 どうやら逃げきれないらしい。僕は覚悟を固めて鞘から引き抜く……


「ふんっ!」

「……」

「ふんっっ!!」

「……」

「……」


 ……か、固い…



 --木刀にしてもらいました。


 お互い木刀の切っ先を向けて、その剣先同士の間が濃密な空気で圧縮されていく……

 この緊張感……


「……なにを笑っているんですか?」

「え?ごめんなさい……懐かしくて…」

「懐かしい?」

「はい……養成所ではこんな緊張感、毎日味わってました。暗闇からいつ来るかも分からない攻撃に、日々感覚を研ぎ澄ましてましたから……」

「……」

「あの日を思い出します」

「芸能の養成所ですよね?悪役レスラー養成所ではなく……」

「虎の穴違います」


 ……なんて。


 気の抜けた会話が弾んだその時、神楽師範が消えた。

 ハッとした未熟者が木刀を強く握るのをのんびり背後で待ってから、神楽師範はゆっっくりと木刀を僕の首にピタッと当てました。


 きっと、立ち合いなら死んでました。


 なぜ僕はこんな古の剣豪同士の戦いのような緊張感を味わってるんでしたっけ?


「懐かしいと嘯いた緊張感…あなたはそのただ中にありながら会話の方に意識を奪われ反応が遅れた…」

「…………」


 背後から浴びせられる声に脂汗が……


 ……ああ、この人ホンモノだ。養成所の教官より強い…


「ですが背後に回った私に気づいた点は評価します。なるほど……視野が広い。養成所での修練もあながち嘘ではないらしい」


 スっと収められる木刀が離れると共に僕の全身を凝り固める緊張がフッと足下に流れ落ちていく。僕はその場に膝を着いた。


「精進すればいずれは私の後継者になれるやもしれません。これからは週七で来てください」


 そして週七になった。


 *******************


 --梅雨が明けて本格的な夏が来て、子供達が待ちに待った夏休みがやって来た。


「--だから!僕はらっきょうが食べられないんですっ!!」


 養成所のレッスン室で声を震わせる小鹿のような少年を演じるのは通称、風見大和こと俺の名前は風見大和bot君。


 歳の割に屈強な彼からは想像できないような、不安に駆られる少年の演技。レストランで出てきたカレーの付け合せがらっきょうであるというシチュエーションの演技である。


「……悪くないわ、大和君。お残しを許さない厳格な父親とらっきょうアレルギーの狭間で怯える子供の感情が出てる…」


 俳優コースサードステージ、教官--黒蝶からの評価を受けて満足げに皆の前から退る俺の名前は風見大和bot君。


 ……しばらく見ないうちになんだか上達した気がする。


 彼はその強い自信と我からこのような気弱な人の演技が苦手なはずだった。

 彼はこの数ヶ月で彼は変幻自在の声と表情のコントロールを手に入れたみたいだった。



「--僕はらっきょうは食べられないんですぅ…」

「小春君!」


 俺の名前は風見大和bot君に続いて僕の演技指導。そこで鞭と共に飛んできたのは教官からのダメ出し。


「後半のしりすぼみはなんなの?」

「……いや…気弱な感じを……」

「ダメね。最初に教えたでしょ?演出の意図を汲むの。この場面はね?食べれないものを食べさせるようと強制する怖い父親に対してそれでも勇気を振り絞って反論する場面なの!気弱な少年がありったけの勇気を振り絞った一言よ!?勢い付き過ぎてもダメ!かと言って勢いが無さすぎるのもダメなの!!」


 みるみる上達していく同期生達と対象的に僕には変化がなかった。

 何度練習を重ねても同じ演技になる。指摘されても修正を重ねられない。


 レッスンの質が上がっていくに従って、当初は評価された演技もダメ出しを受けるようになってきた。


 まぁ……理由は何となく分かってはいたけど。


「なってないのよっ!!」


 ヒステリックに飛ぶ黒蝶の鞭!!…が、その先端は欠伸が出てくる程スローに迫ってくる。

 それを躱してついでに鞭の先にねるねるねるねをこびりつかせる事は造作もない。


「おいアイツ…」「演技はイマイチだけど教官の鞭を避けるぞ…」「只者じゃねぇ……」


 ざわざわ--




「--お前…最近レッスンをサボりすぎじゃないのか?」


 教官からの攻撃を躱し一目置かれる僕へ食堂でそう苦言を呈すのは俺の名前は風見大和bot君。

 なんだかんだで長い付き合いになってきた彼は僕の方を睨みつつ、積み重ねてきた自信を表に出し僕に言う。


「俺はお前より高みに立っている…」


 凄い自信だった。


「いや…最近ちょっと忙しくて……」


 そう、教官の鞭がハエの止まるスピードに感じる程度には僕は忙しく道場に通ってる。

 一度レッスンを理由にサボったら自宅マンションまで神楽師範がやってきて玄関ドアをぶった斬られた。


 ので、最近はレッスンよりも道場での稽古を優先してる。芸能界に入って日比谷真紀奈とうんたらかんたらは一体何処へ…?


 ……ていうか、僕はなんでこんなことを…?

 小鳥遊夢の為……?

 なぜ……?


「……そんな事ではデビューすら遥か先の夢物語だな。小春……お前には失望したぞ」

「あはは…ごめん」


 そうだ。このままじゃ取り残される。日比谷真紀奈が遠いままだ。

 やめようもう。双子探偵に言って依頼を取り消そう。いつまで経っても『頼ろう会』の勧誘来ないしもういいや。


 そもそも彼女の為にここまでする義理が--



「小春くーん?道場からお電話ですよー」


 その時…僕の耳にそんな受付のお姉さんの声が飛び込んできた。俺の名前は風見大和bot君が「道場?」と怪訝そうな顔をした。


 僕は携帯を持ってないので何かあったら養成所に連絡を下さいと、師範には伝えてた。


 養成所に来る連絡--それは恐らく僕らが待ち望んでたものだろう。

 僕は受付で固定電話の受話器を取る。


「…………もしもし?神楽師範?」

『小春…来ましたよ。『頼ろう会』の勧誘です』

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